【台本】海と祭りとよもやまばなし
《作》 U木野
あらすじ
ホテルのレストランでの人々
登場人物
中谷まどか(なかたに・まどか)
貝凪町商工会職員。53歳。女性。
鍬木野智徳(くわきの・とものり)
鍬木野財団。地域支援・施設管理部所属。24歳。男性。
用語解説
本文
――千葉県 貝凪町
――午後2時
――ホテル『アルヒアンゲロス 千葉』 2階 レストラン
鍬木野智徳
「お待たせいたしました」
中谷まどか
「いえ、めっそうも……あれ? 栄徳さんが来るはずじゃ……?」
鍬木野智徳
「申し訳ございません。栄徳は現在所用で日本を離れておりまして……代わりに、私がお話をうかがう事となりました」
中谷まどか
「なるほど」
鍬木野智徳
「今回の件に関して栄徳からは、私に全て任せると言付かっております。なので、安心して注意深く、お話しください。皆さん――商工会が考えたそのプロジェクトについて。そしてそれに伴う、我々鍬木野財団への要求について」
中谷まどか
「はい。――我々貝凪町商工会は、再来年の八月に国内外からゲストを招き、音楽フェスティバルを開く予定です」
鍬木野智徳
「再来年。そんな先の話ですか?」
中谷まどか
「はい。ゲストの皆様のスケジュールの都合がありますし、今からオファーする場合、それくらいの時期じゃないといけないかな、と」
鍬木野智徳
「……なるほど。判りました。それで?」
中谷まどか
「そのフェスの開催場所として、鍬木野ビーチを使いたく、使用許可を頂きに参りました」
鍬木野智徳
「八月の、何日ですか?」
中谷まどか
「まだ詳しくは決まっていませんが、中旬から下旬のあたりの連続した三日間を予定しております」
鍬木野智徳
「中旬から下旬の三日間、ですか。判りました。では、後ほど空き日を確認し、商工会の方へお伝えいたします」
中谷まどか
「ということは、許可していただけると?」
鍬木野智徳
「はい。ただし、何が起きようと借りたら元の形で返してください。もし、イベント後のビーチが現状回復されていなかった場合、高額な罰金を請求いたしますので。そのおつもりで」
中谷まどか
「承知いたしました」
鍬木野智徳
「そうだ。もし必要でしたら、私のほうから国や県への支援を訴えますが、どうなさいますか?」
中谷まどか
「いえ、それは流石に自分たちでやりま……現在、会長が支援金のために観光庁に提出する書類を作っているのですが、そのチェックをお願いしてもらうわけには?」
鍬木野智徳
「では三日後の午後二時に、うちでそういうことに強い者を商工会に向かわせます」
中谷まどか
「あとクラウドなんちゃらをやりたいらしく、それについて教えてもらうわけには――」
鍬木野智徳
「クラウドファンディングですね。もちろんお任せください」
中谷まどか
「ありがとうございます」
鍬木野智徳
「では、これにて――」
中谷まどか
「ちょっと待った!」
鍬木野智徳
「なんですか?」
中谷まどか
「せっかく久しぶりに会ったんだからさ、ちょっと話しましょうよ」
鍬木野智徳
「……いや、旧友みたいな口ぶりで言われましても。私と中谷さんって別に友達じゃないですよね」
中谷まどか
「あら、そんな寂しいこと言うのね。昔は私のこと『おもしれー女』って言ってたくせに」
鍬木野智徳
「それは忘れてください」
中谷まどか
「そうね。私だけじゃなかったもんね。女性を見るなり、だったもんね」
鍬木野智徳
「忘れてくださいって」
中谷まどか
「そのせいか、おばあちゃんから幼稚園児にまで、満遍なくモテモテだったもんね」
鍬木野智徳
「だから」
中谷まどか
「でも、本命のアキちゃん――」
鍬木野智徳
「っ!」
中谷まどか
「っ、ごめん」
鍬木野智徳
「……いえ、お気遣いなく」
中谷まどか
「でもさ、友達じゃなくても、友達のお母さん、ではあるでしょ、トモちゃん」
鍬木野智徳
「この親子は……」
中谷まどか
「親子?」
鍬木野智徳
「あなたたち親子だけですよ。私のことをいまだに、そんな呼び方するの」
中谷まどか
「いまだにってことは、今でもトキくんと会ってるのかしら?」
鍬木野智徳
「月一くらいで」
中谷まどか
「元気?」
鍬木野智徳
「なんで私に聞くんですか。本人に直接聞いてくださいよ。すぐそこの建設会社で働いてるんですよね?」
中谷まどか
「建設じゃなくて解体工事会社ね。……息子の会社に元気かどうか確認するためにお邪魔する母親ってどう思う?」
鍬木野智徳
「別にいいんじゃないですか? それに、会って話すのが難しかったら電話でもしたらどうですか?」
中谷まどか
「そうは言うけどね、電話かけた時、同棲している彼女とラブラブタイムだったらどうする? 私恨まれちゃうわよ」
鍬木野智徳
「時貞くんはそんなことで恨むような奴じゃありませんよ。それくらい判っているでしょ。親子なんですから」
中谷まどか
「違う違う、あの子じゃなくて、その彼女さんによ。風の噂では、随分エキセントリックな子と付き合っているらしいから」
鍬木野智徳
「それは……確かに」
中谷まどか
「面識あるの?」
鍬木野智徳
「大学の時のサークルの先輩で、うちが管理する植物園の職員です。――というか、彼女を時貞くんに紹介したの私なんで」
中谷まどか
「あの子を私から奪ったのは……お前か!」
鍬木野智徳
「昔からやってますけど、その病んママムーブ。流行りませんよ」
中谷まどか
「きっといつか時代が私にアジャストしてくれるわ。それで、トモちゃんから見て、彼女はどんな子なの?」
鍬木野智徳
「えっと……パッと見、凛々しくて賢そうに見えるんですけど……少し馬鹿というか」
中谷まどか
「馬鹿?」
鍬木野智徳
「少年漫画の主人公みたいな人で……正義感が強く、決めたら一直線に突き進むっていうか」
中谷まどか
「いいことじゃない。私好きよ、そういう子」
鍬木野智徳
「いや、でも、その方向が、少しズレてるんですよね……」
中谷まどか
「方向?」
鍬木野智徳
「殺人事件が起きたら、警察を呼ばず自らで犯人を捕まえようとすると言いますか……。電車内で痴漢を見つけたら、その痴漢の身ぐるみを剥ぎ取ると言いますか……」
中谷まどか
「どうでもいいけど、例えが物騒ね」
鍬木野智徳
「残念ながら、どちらも例えじゃないんですよね」
中谷まどか
「え、本当にあったことなの?」
鍬木野智徳
「はい」
中谷まどか
「危なっかしい子ね」
鍬木野智徳
「ですね。最近も、町の治安を守るためにパトロールしているらしいです。ピザカッター片手に」
中谷まどか
「……ちょっと待って」
鍬木野智徳
「はい」
中谷まどか
「トモちゃんが彼女を紹介したって言ってたわよね」
鍬木野智徳
「……はい」
中谷まどか
「なんでそんな危ない子を、トキくんに紹介したの?」
鍬木野智徳
「それは、その……慣れているかな、と」
中谷まどか
「慣れている? その子に? 初対面なのに?」
鍬木野智徳
「いえ、そういうタイプに」
中谷まどか
「そんな危なっかしいタイプの子が他にもいるの?」
鍬木野智徳
「いや、子っていうか、親なんですけど」
中谷まどか
「それは……もしかして、私のこと?」
鍬木野智徳
「はい」
中谷まどか
「今までそんな風に見てたの?」
鍬木野智徳
「違うんですか?」
中谷まどか
「……違わない、わね! さすが人を見る目があるわね! これはこの先、鍬木野グループも安泰ね!」
鍬木野智徳
「……では、私はこれで。あ、お代はこちらが持つので、好きなもの頼んでいいですからね」
中谷まどか
「何その言い方。人をケチみたいに。私持ちでも好きなもの頼むわよ」
鍬木野智徳
「ではお代は別で」
中谷まどか
「冗談じゃないですか御曹司さま」
鍬木野智徳
「……その御曹司っていうのもやめてください。うちは御曹司ばかりなんで」
中谷まどか
「判ったわ、トモちゃん」
鍬木野智徳
「……まぁ、御曹司よりはそっちで」
中谷まどか
「冗談ですよ鍬木野智徳プレーンオムレツチーズケーキ鮭茶漬けスパークリングワインカヌレ」
鍬木野智徳
「は? 何ですか?」
中谷まどか
「ごめんなさい、我慢していたんだけど、食欲が口からあふれ出ちゃった」
鍬木野智徳
「そんなことあるんですか!? あと、多分ですけど、中谷さんバイキングの盛り付け下手でしょう」
中谷まどか
「失礼な! 何を根拠に言っているのだね、君ぃ! 謝罪を求む」
鍬木野智徳
「……申し訳ございませんでした。では、今度こそ失礼いたします」
中谷まどか
「この度はありが――あ、そうだこれ」
――まどか。バッグからポップなイラストが描かれた透明なビニールパックを取り出す。
――ビニールパックの中には、いくつかのお菓子が入っている。
鍬木野智徳
「子供用のお菓子セットですか? 私もう24なんですけど」
中谷まどか
「まだ24、でしょ」
鍬木野智徳
「……」
中谷まどか
「ハッピーハロウィン!」
鍬木野智徳
「いつの話をして――まったく……この人は」
中谷まどか
「この人は?」
鍬木野智徳
「……おもしれー女」
【終】
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