【台本】10人目の被害者
《作》 U木野
あらすじ
夜道での人々
登場人物
淵上伶児(ふちがみ・れいじ)
殺人鬼。23歳。男性。
烏丸聖子(からすま・せいこ)
フリーライターさん。28歳。女性。
本文
――千葉県 貝凪町
――午後10時
――市街地
――夜道を歩く烏丸の正面に、淵上が立っている。
淵上伶児
「こんばんは、おねーさん」
――烏丸、淵上の言葉を無視して、彼を追い抜く。
――淵上、小走りで烏丸に追いつき、その斜め前を陣取ると、後ろ歩きで烏丸に向かってなおも話しかける。
淵上伶児
「無視なんてつれないなあ。ちょっと話そうよ」
烏丸聖子
「すみません、急いでいるので」
淵上伶児
「もしかしてナンパだと思われてる? 違う違う」
烏丸聖子
「……」
淵上伶児
「って、わけでもないんだけどね。おねーさんの顔、結構タイプだし」
烏丸聖子
「……」
――烏丸、歩みを早める。
――淵上もそれに合わせて歩幅を変える。
淵上伶児
「っと、気分悪くさせちゃったかな? ごめんね。でもさ、よく見てよ俺の顔」
烏丸聖子
「……」
淵上伶児
「結構イケてると思わない? 実際モテんだよ?」
烏丸聖子
「……」
淵上伶児
「おねーさーん、会話しよーよー。せめて足、止めてくんない?」
烏丸聖子
「……」
――烏丸、さらに足を早め、淵上を追い抜く。
淵上伶児
「――ちょっ! 早めるんじゃなく、止めるんだって――マジか……」
――追い抜かれた淵上は、立ち止まり、深いため息を吐く。
淵上伶児
「おねーさんさぁ、記者なんだってね」
烏丸聖子
「っ!?」
――淵上の言葉に、烏丸は足を止め、振り返る。
淵上伶児
「確か名前は……烏丸聖子。聖子ちゃんだ」
烏丸聖子
「どうしてそれを……」
淵上伶児
「どうしてって……そんな深い事情はないよ。聖子ちゃん、町の人たちに取材して回ってるでしょ? その中に俺の知り合いがいたってだけの話」
烏丸聖子
「……そうですか。失礼します」
――烏丸、正面を向いて歩き出す。
淵上伶児
「おいおい、せっかく足を止めて話してくれたと思ったら、また無視して歩き出すって……なにそれツンデレ? 都会人の弊害かなぁ」
烏丸聖子
「……」
淵上伶児
「おーい、足を止めてよー。俺、聖子ちゃんが欲しがっている特上のネタ握ってるよー」
烏丸聖子
「……」
淵上伶児
「この町で起こっている連続殺人事件。その犯人の正体――とかね」
――烏丸、足を止めて再度振り返る。
淵上伶児
「お?」
烏丸聖子
「……本当ですか?」
淵上伶児
「現金な人だねえ。でも好きだよ、そういうの」
烏丸聖子
「質問に答えてください」
淵上伶児
「本当だよ。神に誓ってもいい」
烏丸聖子
「……誰ですか?」
淵上伶児
「さっき無視されたし、タダでは教えてあげない。そうだね――3万。3万くれたら教えたげる」
烏丸聖子
「……3万払えば、本当に教えていただけるんですか?」
淵上伶児
「だから本当だって。どうする?」
――烏丸、数秒悩んだ末、淵上に歩み寄り、財布から取り出した3万円を突き出す。
淵上伶児
「うげ、しわっしわ。記者なんて金がつきまとう仕事でしょ? こういうときのために、事前に銀行でピン札と交換してもらったりとかさ……まぁいいや。金は金だ。ありがたく――」
――烏丸、3万円を引っ込める。
烏丸聖子
「本当の本当に教えてくれるんですよね」
淵上伶児
「もちろん」
――烏丸、3万円を渡しながら一歩下がる。
淵上伶児
「ごっつあんです」
烏丸聖子
「早速教えてください。殺人犯は――」
淵上伶児
「俺だよ」
烏丸聖子
「え?」
淵上伶児
「だから、俺。淵上伶児」
烏丸聖子
「は?」
淵上伶児
「あ、漢字が判らない? えっとね、深淵の淵に特上の上に……にんべんに令和の令を合体させた伶に、時代の寵児の児と書いて、淵上伶児」
「年は23。誕生日はニーチェ先輩と同じ10月15日のてんびん座。血液型はA型で、好きな食べ物はしいたけの肉詰め。他には……何が聞きたい?」
烏丸聖子
「……冗談はやめてください」
淵上伶児
「冗談って、そんなに軽薄に見える? さすがに金もらっているのに、冗談なんか言わないよ」
「――それとも、もしかして想定してなかったの?」
「追っている殺人事件の犯人が、接触してくるかもしれない、って」
烏丸聖子
「……本当にあなたが?」
淵上伶児
「うん」
烏丸聖子
「なら……凶器は?」
淵上伶児
「ああ。確かにそれを見せるのが一番信じてもらえるか。――来い、餓者餓者」
――淵上、手を開いて右腕を横に広げる。すると一瞬のうちにその手に、一本の料理包丁が握られた。
烏丸聖子
「なんですか、それ……」
淵上伶児
「何も無いところからいきなり包丁が現れたこと? それとも、包丁の名前? まぁ、どっちにしろ同じ答えになるから、確認はしないでおくね。この包丁の名前は餓者餓者。今みたいに、どこに置いていても、持ち主の呼びかけによっていつでも現れる――妖刀だよ」
烏丸聖子
「妖刀?」
淵上伶児
「うん。流れで言いたいことは判ってる。確かに、今のこの状態は刀って言うより、よくある料理包丁だよねー」
烏丸聖子
「……」
淵上伶児
「ちょっと見てて」
烏丸聖子
「っ!?」
――淵上、餓者餓者の刃先を自分の左の手の平にゆっくり突き立てる。
――ずぶりと、刃が手の平に呑み込まれてゆく。血は出ていない。
――深く突き刺すが、刃先が手の甲を貫通して出てくる様子もない。
――つばまで突き刺した淵上は、覚えたての手品を披露する少年のような自慢顔で、刺したそれをゆっくり引き抜く。
――刃渡り20センチほどの包丁だったものは、刃渡り70センチほどの刀剣に姿を変えた。
淵上伶児
「はい、刀に進化しましたー。これで妖刀だって信じてくれた?」
烏丸聖子
「それは……どういう仕組みなんですか?」
淵上伶児
「さぁ? 俺がこいつを作ったわけじゃないし、詳しいことは判らないよ。でも、仕組みが判らなくても使うことはできるでしょ?」
「今見せた通り、こいつは、持ち主の手の平に刃を突き立てて、奥まで差し込み、引き抜くことで、この形態に変わるんだ」
――淵上、刀になった餓者餓者の刃先を自分の左の手の平にゆっくり突き立て、深く差し込む。
淵上伶児
「んで、元の包丁に戻すには、さっきと同じように刀形態のこれを手の平に突き立てて、奥まで差し込んで引き抜けばいい。――面白いよね」
――淵上、餓者餓者を引き抜く。刀の形をしていた餓者餓者は、さきほどの包丁の形に戻る。
烏丸聖子
「今までの殺害は、全てそれで」
淵上伶児
「うん」
――烏丸、少し考え込んだ後、質問を続ける。
烏丸聖子
「……4人目以降、腕や足などの身体の一部は見つかっているものの、他の部分が発見されていません。それは一体――」
淵上伶児
「ああ。4人目を殺す少し前に、つりぼり――いや、絶対に見つからない隠し場所を見つけてね。そこに隠した」
烏丸聖子
「……それなら、どうして被害者の身体の一部を残すような真似を?」
淵上伶児
「うん? んー……どうして。確かにそうだね。……どうしてだろう? ――自己顕示欲? いや、だとしたらそもそも隠す必要ないもんな。――証拠隠滅? いやいや、だったら全部隠してるって。あー、んー……どうしてだ? 今まで特に考えなしでやっていたけど、考えてみると我ながら不可解だな。もしかしたら、こいつのせいかもね」
烏丸聖子
「……その刀には、意思があるんですか?」
淵上伶児
「八百万の神って言葉があるとおり、どんな物にも神が宿り、意思が備わっている。お喋りとかはできないけどね」
烏丸聖子
「……」
淵上伶児
「自己を顕示したいこいつと、証拠を隠滅したい俺。ふたつの意思が混ざったことで、身体の一部だけ残して後は隠す、という折衷案になったんだろうな。うん」
烏丸聖子
「……被害者の9人にはこれといった共通点は見られませんでした。……彼らを殺害した動機は何ですか」
淵上伶児
「思ったよりグイグイ来るね。俺のことが怖くないの?」
烏丸聖子
「……記者ですから」
淵上伶児
「立派だねえ。そういうの好きだよ」
「――時に聖子ちゃん、退魔師っていう、怪異に関連するトラブルを解決する仕事があるんだけど……知ってるかな?」
烏丸聖子
「はい。過去、それに関する記事も書いたことあるので」
淵上伶児
「さすがオカルト系記者。説明の手間が省けて助かる」
烏丸聖子
「ですが、それと被害者に何の関係――」
淵上伶児
「聖子ちゃんって理系? いや、理系でも過程を大事にするか。せっかく関心したのに……。記者ってのは、人の話を遮らず聞くのも仕事でしょ? きちんと仕事しようぜ?」
烏丸聖子
「……すみません」
淵上伶児
「えっと、どこまで話したっけ? あ、そだそだ。退魔師だ。俺、その退魔師だったんだよね」
烏丸聖子
「……」
淵上伶児
「だった、というか、今も、なんだけど。……知ってのとおり退魔師は、新規参入よりも、世襲が多い業界。俺も代々退魔師の一族でさ、じい様やパパのように当たり前に退魔師になって、当たり前に退魔師として仕事してたの」
烏丸聖子
「……」
淵上伶児
「運がいいことに、俺の退魔師としての才能はなかなかのものでさ。その証拠に、仕事をはじめてたったの1年で陰陽寮からの要請を受けて、新宿の大手退魔事務所に加わった。いわゆるスカウトってやつ。こういうパターン、珍しいんだよ」
烏丸聖子
「……」
淵上伶児
「新宿は怪異の坩堝。毎日毎時間毎分毎秒、何らかの怪異事件が起きた。俺たちは、それらを解決してきた」
烏丸聖子
「……」
淵上伶児
「そう、解決してきたんだ。怪異から人々を護ってきたんだ。幼稚な言い方をすると、ヒーローだった。なのに、どうしてかな」
「町の連中は俺たちのことを、邪魔者みたいな目で見てきた」
烏丸聖子
「……」
淵上伶児
「確かに、事件の現場近くを通行止めしたり、怪異が出た店を一旦休業させたりしたよ? でも、それは怪異トラブルを解決するために必要なことだ。町や彼らのためにやったことだ。だから、そんな目で見られる筋合いはない」
烏丸聖子
「……」
淵上伶児
「なかには、表立って文句を言ってきたり、喧嘩を売ってくるやつもいた」
「町を救えば救うだけ、町の人間から冷たい目を、敵意を向けられる。そんな日が何日も何日も続いて――俺はある日、キレちゃった」
烏丸聖子
「キレちゃった?」
淵上伶児
「因縁つけてきたイキり連中をさ、その時持っていた毒鼓のレプリカで、『えいっ』てね」
烏丸聖子
「毒鼓?」
淵上伶児
「呪具の一種で、その音を聞いた奴は全員死ぬっていう鼓」
烏丸聖子
「殺したんですか」
淵上伶児
「レプリカにそこまでの力はないよ。ちょっと気絶させたくらい。その上で、顔面ボコボコにしてやった。我ながら卑怯だと思うけど、この場合は仕方ないよね? あっちから喧嘩売ってきたんだから。しかも集団で」
烏丸聖子
「……」
淵上伶児
「うわ、冷たい目。聖子ちゃんもそっち側? まあいいや。正直、同僚からは賞賛されると思ってたんだけど、残念ながら非難されちゃってさ、最終的に、なんと解雇」
烏丸聖子
「……」
淵上伶児
「ひどいよね。だから餞別として、事務所が保管している呪具の中からこいつ。この妖刀餓者餓者をいただいたんだ」
烏丸聖子
「……」
淵上伶児
「……」
烏丸聖子
「……」
淵上伶児
「……ん?」
烏丸聖子
「……え?」
淵上伶児
「もの欲しそうな顔してるけど、どうしたの?」
烏丸聖子
「いえ、動機は……?」
淵上伶児
「動機?」
烏丸聖子
「9人を殺害した動機の話はどこに?」
淵上伶児
「あ? あーあー。そうかそうか。その話だったか」
「ごめんごめん。でも、流れ的に大体判らない? 考えてみて」
――烏丸、数秒ほど考え込むが、答えは見つからない。
烏丸聖子
「……すみません。判りません」
淵上伶児
「あらら。記者なのに」
烏丸聖子
「っ、彼らは退魔師でもなければ、新宿で暮らしていたという記録もありません。今の話を聞いても、殺される道理がありません」
淵上伶児
「……ああ、なるほど。そうかそうか。そう考えるのが妥当か」
烏丸聖子
「え?」
淵上伶児
「別に俺に復讐心みたいなものはないよ。新宿のイキり連中はあの時きっちりボコボコにしたし、事務所からはこいつを頂いたからね。一切恨みなし」
烏丸聖子
「では……何故?」
淵上伶児
「え? 何故って……ここまで言っても判らない? 流れ的にわかるもんでしょ?」
烏丸聖子
「……」
淵上伶児
「あらら、思った以上にポンコツなんだね聖子ちゃん」
「俺が9人を手にかけた理由は――」
「こいつを――せっかく手に入れた妖刀餓者餓者を、使いたかったからだよ?」
烏丸聖子
「え?」
淵上伶児
「いや、だから、こいつを使いたかったから。だから使っても捕まりにくそうな、犯行が目立ちにくそうな町で使ったの」
烏丸聖子
「……それだけ……ですか? そんなことのために無関係な9人の命を?」
淵上伶児
「いやいや」
「いやいやいやいや」
「その言い方だと、関係があったら、復讐心があったら、人を殺してもいい、みたいに聞こえるよ? 違うよね。例えどんな理由があろうと、人が人を殺しちゃいけない」
烏丸聖子
「それが判っているのに、なんで!?」
淵上伶児
「学生時代、試験勉強しなきゃいけないのに部屋の掃除をやった経験ない? 他にはダイエットしてるのに、お菓子食べちゃったりとか。ソシャゲでこれから当分ガチャはしないと決めても翌日回してたりとか」
烏丸聖子
「それとこれとは全然――!」
淵上伶児
「一緒だよ? いや、それ以上の誘惑がコイツにはある。妖刀とはよく言ったもんだ。聖子ちゃんも持ってみると俺の言っていることがきっと判るよ。ま、渡さないけどね」
烏丸聖子
「……狂ってる」
淵上伶児
「記者ともあろうものが嘆かわしいね。そういう風に人を型にはめるのは、ただの思考の放棄だよ。……ま、どうでもいいか。聞きたいことはもうほとんど聞けたよね? じゃあ、そろそろお別れだ」
――淵上、餓者餓者の刃先を自分の左の手の平に深く突き立て、引き抜き、餓者餓者の形状を包丁から刀へと変える。
烏丸聖子
「私も、殺すんですか?」
淵上伶児
「そんなの……流れで判るでしょ。じゃなきゃ、こんなに自分のことをペラペラ語るわけがない」
烏丸聖子
「っ!」
――烏丸、背を向けて走り出す。
淵上伶児
「あれ? どこ行くの、聖子ちゃん」
烏丸聖子
「誰かっ! 誰かいませんか! 助けてください!」
淵上伶児
「うんうん。やっぱり、さっきの立派な発言は必死で見栄を張ってたんだね。――好きだよ、そういうの」
烏丸聖子
「お願いします! 誰かっ! 誰か!」
淵上伶児
「古風だねえ。健気だねえ。でも、無駄だよ。すでにここら辺には人避けの結界を貼っている。だから、結界の外から人が入ってくることは期待できないし」
――烏丸、助けを求めるのは諦め、角を利用して淵上を撒こうとするが、角を曲がる度に、その正面に淵上が立っている。
烏丸聖子
「――なんでっ、また!?」
淵上伶児
「結界の内にいる聖子ちゃんが外に出ることもできない。いくら逃げても、グルグルとこの場を彷徨うだけ。言ったよね。俺、退魔師としてはそこそこの才能を持っている、って」
烏丸聖子
「そんな……」
淵上伶児
「話せて楽しかったよ。じゃあね。ポンコツ記者さん」
【終】
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