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【台本】夜が明ける前に

《作》 U木野

あらすじ

深夜のコンビニでの人々

登場人物

烏丸聖子(からすま・せいこ)
貝凪町の24時間営業のコンビニ【スマイルマート】を訪れたお客さん。女性。28歳。

白鷺桔平(しらさぎ・きっぺい)
貝凪町の24時間営業のコンビニ【スマイルマート】のバイト店員さん。男性。25歳。

本文

――千葉県 貝凪町かいなぎちょう
――深夜3時
――スマイルマート

烏丸聖子
「『そらのステンノ』のプレミアムくじ、もう一度お願いします」

白鷺桔平
「かしこまりました。700円になります」

烏丸聖子
「はい」

――烏丸、ポリエステル製のマジックテープ財布から、700円丁度を取り出し、つり銭皿に載せる。

白鷺桔平
「頂戴いたします。では、どうぞ」

烏丸聖子
「来い来い……来い」

――烏丸、くじを引く。開く。書いてある文字を見てガッツポーズをとる。

烏丸聖子
「よしっ! お願いします」

白鷺桔平
「F賞の缶バッジですね。少々お待ちください」

――白鷺、背中側にあるプレミアムくじの賞品郡の中から、烏丸が引いた賞品――『空のステンノ プレミアムくじ』のF賞として設定された――缶バッジをひとつとり、烏丸に手渡す。

白鷺桔平
「どうぞ」

烏丸聖子
「また、ここで開けても?」

白鷺桔平
「どうぞ」

――烏丸、包装を開き、中の缶バッジの絵柄を確認する。

烏丸聖子
「……イケメンか」

白鷺桔平
「……」

烏丸聖子
「もう一度いいですか」

白鷺桔平
「700円になります」

烏丸聖子
「1000円からお願いします」

白鷺桔平
「お預かりいたします。――300円のお返しです」

烏丸聖子
「どうも」

白鷺桔平
「――では、1枚お引きください」

――烏丸、深呼吸し、抽選箱に手を突っ込む。

烏丸聖子
「来い来い来い……来い!」

――烏丸、くじを引く。開く。小さくため息をつく。

烏丸聖子
「もう一度いいですか?」

白鷺桔平
「いや、その前にそれを」

烏丸聖子
「あ、はい」

――白鷺、烏丸からくじを受け取る。

白鷺桔平
「C賞のデフォルメフィギュアですね。おめでとうございます」

――白鷺、身体を少しずらし、件のくじのC賞の賞品を烏丸に提示する。

白鷺桔平
「こちらの3賞品の中からご選択できますが、どれになさいますか?」

烏丸聖子
「おすすめで」

白鷺桔平
「いや、そういうの無いので」

烏丸聖子
「じゃあ、あの赤いやつで」

白鷺桔平
「こちらですね。はい」

烏丸聖子
「どうも。じゃあ、もう1回。1000円で」

白鷺桔平
「お預かりいたします。少々お待ちください。――300円のお返しになります」

烏丸聖子
「どうも。さぁ、来い来い来い!」

白鷺桔平
「では、どうぞ」

烏丸聖子
「いきます!」

白鷺桔平
「はい」

――烏丸、再び深呼吸し、ゆっくり抽選箱に右手を入れる。

烏丸聖子
「感じろ! 波動を感じるのだ!」

――数秒間の無言の時間

烏丸聖子
「ここだ! きええええいっ!」

――烏丸、くじを引く。

烏丸聖子
「今回は……よし、F賞! お願いします!」

白鷺桔平
「はい。F賞ですね。――どうぞ」

烏丸聖子
「開けても?」

白鷺桔平
「もちろんです」

――烏丸、包装を開き再び肩を落とす。

烏丸聖子
「――また、イケメンか」

白鷺桔平
「……」

烏丸聖子
「気を取り直してもう1回! はい、700円!」

白鷺桔平
「頂戴いたします――はい、どうぞ」

――烏丸、深呼吸。

烏丸聖子
「ハァッ!」

――烏丸、素早くくじを引き、開く。

烏丸聖子
「おおっし! よろしくお願いします!」

白鷺桔平
「F賞、ですね。――どうぞ」

――烏丸、白鷺の手から奪うように賞品を受け取ると、貪るように開き、

烏丸聖子
「またまたイケメン!」

白鷺桔平
「……」

――烏丸、財布を開いて、舌打ち。

烏丸聖子
「これがラストか……!」

白鷺桔平
「……」

烏丸聖子
「1000円からお願いします!」

白鷺桔平
「お預かりいたします――300円のお返しです」

烏丸聖子
「どうもっ!」

白鷺桔平
「では、どうぞ」

――烏丸、深呼吸。

烏丸聖子
「てぇぇぇいっ!」

――烏丸、素早くくじを引き、開く。

烏丸聖子
「よし。よしよしよし! ここまではオーケー! ――お願いします!」

白鷺桔平
「えっと、F賞ですね――」

烏丸聖子
「ストップ!」

白鷺桔平
「ん?」

烏丸聖子
「缶バッジを掴んだその手を離してください」

白鷺桔平
「え、あ、はあ」

烏丸聖子
「それ、私が選んでいいですか?」

白鷺桔平
「えっと……それは、どうなんでしょう。箱からとれるのは、店員だけという決まりになっていて」

烏丸聖子
「別に直接とるわけじゃないですし、手前から何番目、みたいな感じでやるだけなので」

白鷺桔平
「それなら、いい……のか? まあいいや、いいですよ。どれにします?」

烏丸聖子
「えっと……手前から7番目。あ、違う違う。こちらから見てです」

白鷺桔平
「いち、にい、さん――これですか?」

烏丸聖子
「間違った8番目だ!」

白鷺桔平
「これ?」

烏丸聖子
「そうです。それです。お願いします」

白鷺桔平
「はい――どうぞ」

烏丸聖子
「ありがとうございます」

――烏丸、バッジを受け取ると、左の手のひらに載せ、右の人差し指と中指でその中心を3度叩き目を細めて笑う。

烏丸聖子
「うん、これっぽい。これっぽいです」

白鷺桔平
「そうですか。おめでとうございます」

烏丸聖子
「ありがとうございます。これでようやく帰れます」

――烏丸、嬉しそうに包装を開く。

烏丸聖子
「これじゃねえわ!」

――烏丸、勢いをつけてバッジをレジカウンターに力強く置く。

烏丸聖子
「何だこのくじ! 欲しいもの全然出ないじゃんか!」

白鷺桔平
「そんなこと言われましても」

烏丸聖子
「入ってます? あのポスターに写ってる商品、全部用意してます?」

白鷺桔平
「昨日仕入れたばかりなので、おそらく全部揃っているかと」

烏丸聖子
「本当に? F賞の――あの魚のゾンビの擬人化みたいなキャラクターの缶バッジもきちんと入っていますか?」

白鷺桔平
「そこに写っている以上、入ってると思いますよ」

烏丸聖子
「じゃあ見てください」

――烏丸、今まで当たった缶バッジをレジカウンターに広げる。

烏丸聖子
「今ので缶バッジ17個目ですよ」

白鷺桔平
「そうですね」

烏丸聖子
「くじの回数だけで言うと30回も引いているんですよ。21000円ですよ」

白鷺桔平
「そうですね」

烏丸聖子
「財布の中身は空っぽよ!」

白鷺桔平
「そうですか」

烏丸聖子
「……これだけ引いているのに、出ないってありますか?」

白鷺桔平
「F賞の絵柄は全部で10種類ですし、可能性としてはなくもないかと」

烏丸聖子
「正論禁止!」

白鷺桔平
「お客様はモンスターですか?」

烏丸聖子
「私が欲しいのはアイツなの! あの子だけなの! 魚のミイラの擬人化くんだけなの!」

白鷺桔平
「はあ」

烏丸聖子
「それなのに何なのよ、この缶バッジ……イケメンか渋おじかカワイ子ちゃんかカッコいいババアしか出ないじゃんか……!」

白鷺桔平
「最高じゃないですか」

烏丸聖子
「え? もしかしてルッキズムの化身ですか?」

白鷺桔平
「……ご来店、ありがとうございましたー」

烏丸聖子
「帰らぬ!」

白鷺桔平
「そうごねられましても……これ以上お客様にレジを独占されると、他のお客様のご迷惑になりますので」

烏丸聖子
「え、どこにいるんですか? 他のお客様」

――烏丸の言うとおり、現在のスマイルマートに客は烏丸しかいない。
――白鷺、ため息をつくと、声を低くして喋りだす。

白鷺桔平
「……実は私、見えるんですよ。今ここにはレジを今か今かと待っているお客霊たちが」

烏丸聖子
「なんですかお客霊って。それに、霊見てる暇があるなら、缶バッジの絵柄を透視しなさいよ」

白鷺桔平
「……しくったな。人間観察のためと思ったけど……深夜のコンビニバイトなんてやるもんじゃなかった。そうだ、明日にはトぼう」

烏丸聖子
「あれ、私、いつの間にか人の心の声が聞こえるようになっているみたい」

――白鷺、ため息をこぼす。

白鷺桔平
「店員の立場でこんなことを言うのはマズいとは思うのですが」

烏丸聖子
「ん?」

白鷺桔平
「後日、フリマアプリで探してみてはどうですか?」

烏丸聖子
「フリマアプリ?」

白鷺桔平
「はい。マルガリなどで『空のステンノ プレミアムくじ F賞』と検索したら、その、お客様が欲しているキャラクターの缶バッジも見つかるかと。ちょっと割高になるかもしれませんが……いや、でもこのキャラ、多分そんなに人気のないキャラなので、むしろ通常の価格より安く買えるかもしれませんよ」

烏丸聖子
「はっはっは」

白鷺桔平
「ん?」

烏丸聖子
「21000円も使ったのに、フリマアプリで中古のバッジを買うと思いますか?」

白鷺桔平
「…………確かに」

烏丸聖子
「というわけで、最後まで付き合ってもらいますよ」

白鷺桔平
「……もう財布は空なんですよね?」

烏丸聖子
「この財布はね。実は私は財布ふたつ持ちなのです」

――烏丸、鞄からもうひとつの財布――革製の高級ブランドものの長財布を取り出す。

烏丸聖子
「ここには、30万近く入っています。さぁ、第二章の開幕だ!」

白鷺桔平
「……まぁ、いいんですけどね」

烏丸聖子
「1000円からお願いしまーす」

白鷺桔平
「お預かりいたします。――300円のお返しです」

烏丸聖子
「どうも」

白鷺桔平
「どうぞ」

――烏丸、深呼吸。

烏丸聖子
「きええええええええええええええええい!」

 

【終】

 

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