【台本】夜が更ける前に
《作》 U木野
※注意※
この話は『貝凪町の人々 no.1~no.5』までの重大なネタバレを含みます。
なので、上記の5作品を読み終えてから読んで頂けると幸いです。
あらすじ
再び会う人々
登場人物
烏丸聖子(からすま・せいこ)
事件を追う記者。女性。28歳。
白鷺桔平(しらさぎ・きっぺい)
事件の目撃者。男性。25歳。
本文
――千葉県 貝凪町
――午後9時
――とある家屋の玄関
烏丸聖子
「こんばんは。先ほどご連絡させていただきました烏丸です」
白鷺桔平
「お待ちしておりました。どうぞ、お入りください」
烏丸聖子
「失礼します」
――リビングダイニング
――電灯は点いておらず、そこかしこに間接照明が置いてある。
――部屋の隅に、大き目のボストンバッグ。中心に2人掛けのテーブルセットがある。
――白鷺、烏丸を席に案内する。
白鷺桔平
「暗いので、足元にお気をつけ下さい」
烏丸聖子
「はい」
白鷺桔平
「すみません。変ですよね、間接照明しか明かりがない家って」
烏丸聖子
「あ、いえ。珍しいとは思いますが、変とは……」
白鷺桔平
「そう言っていただけると気が楽です。――どうぞ、そちらにお掛けください」
烏丸聖子
「失礼します」
白鷺桔平
「飲み物はお茶とコーヒーがありますが、どちらになさいますか?」
烏丸聖子
「いえ、お気になさらず」
白鷺桔平
「何も出さない方が気になってしまうので、どちらか選んでいただけると助かります」
烏丸聖子
「では、コーヒーでお願いします」
白鷺桔平
「承知いたしました」
――白鷺、部屋の隅に置いたボストンバッグから缶コーヒーを2本取り出し、一本をテーブルの上、烏丸の手元に置く。
白鷺桔平
「どうぞ」
烏丸聖子
「常温の缶コーヒー……」
白鷺桔平
「お気に召しませんか?」
烏丸聖子
「いえ、初めてのパターンで少し驚いただけです」
「それよりも――先ほどから気になっていたのですが……白鷺さん、私たちどこかで会ったことありますか?」
白鷺桔平
「あ、はい、数日前に深夜のコンビニで」
烏丸聖子
「深夜のコンビニ? ……ああ! あの時の! くじのときの店員さん!」
白鷺桔平
「はい」
烏丸聖子
「目の色や格好が違うから全然判らなかった!」
白鷺桔平
「銀髪なので、他の人より覚えてもらえると自負していたんですが」
烏丸聖子
「確かにこの町を訪れて、髪が銀色の人は白鷺さんくらいしか見ていませんが……都心では結構見るので」
白鷺桔平
「数少ない個性だったのですが……」
烏丸聖子
「……でも、どうして、そんなホストみたいな格好を? そのゴールドの目、カラコンですよね」
白鷺桔平
「ああ。これは……仕事の衣装なんです」
烏丸聖子
「コンビニの?」
白鷺桔平
「いえ、あれは副業で、本業は――退魔師って知ってますか?」
烏丸聖子
「……怪異に関するトラブルシューターですよね」
白鷺桔平
「聞いておいてなんですが、何故知っているんですか?」
烏丸聖子
「オカルトや都市伝説を専門に扱っていますので」
白鷺桔平
「あ、なるほど、そういうことでしたか。これはその退魔師としての衣装です」
「どういうわけか私たち退魔師は、実用性のある作業着よりも、こんな風に――少しうさんくさい格好をしている方が、お客様から信用され、ありがたがられるので」
烏丸聖子
「なるほど」
白鷺桔平
「ところで、駆くんに失礼はありませんでしたか?」
烏丸聖子
「駆くん?」
白鷺桔平
「根津駆。烏丸さんに私を紹介した」
烏丸聖子
「もしかして、ラットさんですか?」
白鷺桔平
「ラット? ……あ、本名じゃなくてハンドルネームで会ってたんでしたっけ?」
烏丸聖子
「はい。ラットさんはいい人でしたよ。特に失礼なことをされた覚えもありません」
白鷺桔平
「そうですか。安心しました。というか私がやってしまいましたか……できれば、彼の本名は忘れてください」
烏丸聖子
「それは……はい」
白鷺桔平
「忘れなさそう」
烏丸聖子
「それよりも、早速白鷺さんが事件を目撃した時のことをお聞かせいただけますか?」
白鷺桔平
「あ、はい。私がその現場を見たのは、4日前の午後11時半ごろ。スマイルマートへバイトに行く道中のことでした」
烏丸聖子
「場所は?」
白鷺桔平
「公園の遊歩道です。ほら、普段は昼間にジャグリングとかが見られる」
烏丸聖子
「そこで、女子高生が殺されるのを見た、と」
白鷺桔平
「はい」
烏丸聖子
「その時、犯行を止めようとしたりとかは?」
白鷺桔平
「……すみません」
烏丸聖子
「いえ、責めているわけではなく――犯人を目撃した瞬間の行動が知りたくて」
白鷺桔平
「みっともない話ですが、私は、すぐにその場から逃げました」
烏丸聖子
「……疑うわけではありませんが、本当に現場を、犯人や被害者を目撃しましたか?」
白鷺桔平
「それは本当に見ました。翌日のニュースで報道された被害者は、間違いなくあの時に見た女の子でしたから」
烏丸聖子
「……犯人について、他に何か覚えていることはありますか?」
白鷺桔平
「あります」
烏丸聖子
「なんですか?」
白鷺桔平
「犯人は男でした」
烏丸聖子
「男……服装や背丈、大体の年齢などは判りますか?」
白鷺桔平
「身体は大きく、筋肉質に見えました。髪は短く、服は暗くてよく見えませんでしたが、多分作業着だったような……。年齢はおそらく40代後半から50台前半くらいだったと思います」
烏丸聖子
「…………凶器は見えましたか?」
白鷺桔平
「見ました。多分あれは、サバイバルナイフだったと思います」
烏丸聖子
「サバイバルナイフ……」
白鷺桔平
「そうだ……思い出した。あの時、犯人はそれを左手に持っていました。ということは、犯人は左利き……?」
烏丸聖子
「……本当ですか?」
白鷺桔平
「どういう意味ですか?」
烏丸聖子
「いえ、何でもありません。他に覚えていることはありませんか?」
白鷺桔平
「え、他に……ですか。すみません、一瞬のことだったので……これ以上のことは」
烏丸聖子
「そうですか。ありがとうございます。これ、少ないですが取材料です」
白鷺桔平
「お役に立てましたか?」
烏丸聖子
「勿論です。おかげで、事件の真相に大きく近づけました」
白鷺桔平
「本当ですか?」
烏丸聖子
「はい」
白鷺桔平
「……本当に?」
烏丸聖子
「え? ええ。はい」
白鷺桔平
「烏丸さんって――嘘つきですね」
烏丸聖子
「どういうことですか」
白鷺桔平
「途中から気づいていましたよね。本当は、私が事件を目撃していないって」
烏丸聖子
「……嘘をついていたんですか?」
白鷺桔平
「ええ。嘘をついていました。私は一度も事件を目撃なんてしてませんし、犯人の情報だって全て嘘っぱちです」
烏丸聖子
「どうしてそんなことを?」
白鷺桔平
「待っていたんです。烏丸さんのツッコミを」
烏丸聖子
「は?」
白鷺桔平
「こう、クイック気味に『ウソついとるやないかーい!』とツッコんでもらおうかと思っていたんです」
烏丸聖子
「言うわけありませんよね?」
白鷺桔平
「『犯人も凶器も全然違うやないかーい!』って」
烏丸聖子
「いやいやいや」
白鷺桔平
「『お前ホンマは見てへんやろー!』って」
烏丸聖子
「何故ずっと関西弁? あと、それって、犯人を知っている人しかできないツッコミですよね」
白鷺桔平
「ええ。ですから、烏丸さんにツッコんでもらおうかと」
烏丸聖子
「は?」
白鷺桔平
「だって、知ってますよね、犯人」
烏丸聖子
「……何を言っているんですか?」
白鷺桔平
「というか――あなたが犯人ですよね。烏丸聖子さん」
烏丸聖子
「馬鹿なことを言わないで下さい。私が犯人なわけないじゃないですか」
白鷺桔平
「どうしてですか?」
烏丸聖子
「どうしてって……私はこの事件を追っている側ですよ? ここに取材にきたのだって、犯人の手がかりを求めてのことですし」
白鷺桔平
「本当に犯人の手がかりを求めてきたのですか? 事件を目撃したとされる私の真偽を探りにきたわけではなく?」
烏丸聖子
「的外れな深読みです。そもそも、この一連の事件のはじまりから――6件目の被害者の左手が発見されたときまで、私は東京にいたんですよ。そんな人間がどうやって事件を起こすんですか?」
白鷺桔平
「確かにそれは烏丸さんの犯行ではありませんし、一切関わってはいないでしょう」
烏丸聖子
「……ずっと何を言ってるんですか?」
白鷺桔平
「この一連の連続殺人事件は、前半と後半で犯人が違う、と言っているんです」
烏丸聖子
「……」
白鷺桔平
「前半――1件目から9件目は、烏丸さんとは無関係の人間の犯行で」
烏丸聖子
「……」
白鷺桔平
「後半――10件目から19件目が、烏丸さんの犯行、ですよね?」
烏丸聖子
「(ため息)今日はありがとうございました」
白鷺桔平
「はい?」
烏丸聖子
「探偵気取りの妄想をいつまでも聞いているほど暇ではありませんし、その上、犯人扱いされるなんて、甚だ不愉快なので。おいとまさせていただきます」
白鷺桔平
「……」
烏丸聖子
「あ、その取材料はそのまま差し上げます。なので、もう二度と私に関わらないで下さいね」
――烏丸、席を立って、家を出ようと玄関の扉を開く。
――扉を開けた先にあったのは、この家に入った時に見た景色。振り返ったら見える、玄関から家の奥へと続く景色だった。
烏丸聖子
「……なにこれ?」
白鷺桔平
「すみません。事前に結界を張らせていただきました。無理に破るか、私が解除しない限り、烏丸さんはこの家を出ることができません」
烏丸聖子
「……監禁するつもりですか?」
白鷺桔平
「いいえ。疑いが晴れれば、すぐにでも解放します。なので、席にお戻りください」
――烏丸、扉を閉めて、席に戻る。
烏丸聖子
「どうすれば私の疑いは晴れるんですか?」
白鷺桔平
「私と話していただき、質問に正直に答えていただき、私が犯人ではない、と判断できれば」
烏丸聖子
「魔女狩りじゃないですか」
白鷺桔平
「先々月、ひとりの退魔師が、自身が所属していた大手退魔師事務所から、とある呪具を窃盗しました」
烏丸聖子
「急に始まったよ」
白鷺桔平
「その退魔師が盗んだのは、餓者餓者と呼ばれる妖刀です」
烏丸聖子
「妖刀」
白鷺桔平
「妖刀には、そうですね……俗な言い方をしますと『魔力』のようなものが纏われています」
烏丸聖子
「魔力ですか。それは、妖刀ごとに違うんですか?」
白鷺桔平
「勘がいいですね。その通り。一本たりとも同じ魔力が纏われた妖刀はありません。そして、妖刀が斬った後、対象の切り口には、その妖刀の魔力の残滓がこびりつく」
烏丸聖子
「……」
白鷺桔平
「故に、妖刀で行われた殺傷は、足がつきやすいんです。見る人が見れば、すぐに妖刀の仕業かどうか、妖刀の仕業であれば、どの妖刀なのか、すぐに判ってしまう」
烏丸聖子
「……へぇ」
白鷺桔平
「10件目の事件が起きた際、私は陰陽寮と警察からの要請を受け、この事件を調査することになりました」
烏丸聖子
「10件目で? 調査するにしては、だいぶ遅くないですか?」
白鷺桔平
「仰るとおりです。その頃になるまで、例の退魔師事務所が、妖刀が盗まれていることに気付かず、陰陽寮への報告が遅れた、というのが原因だそうです。……本当のことは判りませんが」
烏丸聖子
「……」
白鷺桔平
「ともあれ、私は魔力の匂いを嗅ぎ分けられる友人の手を借りて、調査をはじめました。それで判ったのは、この町で行われた連続殺人事件は、全て盗まれた妖刀餓者餓者によって行われた犯行だということ」
烏丸聖子
「では、犯人は私ではなく、その妖刀を盗んだ退魔師なのでは?」
白鷺桔平
「前半は、そうです」
烏丸聖子
「……前半」
白鷺桔平
「烏丸さんの仰るとおり、1件目から9件目は、餓者餓者を盗んだ退魔師の仕業でした。ですが、10件目以降は確実に違います。何故か判りますか?」
烏丸聖子
「……遺体の状態、とか?」
白鷺桔平
「それもあります。1件目から3件目は、多くとも2つの傷しかついておらず、ご遺体は割合綺麗な状態だったという話ですし」
「続く4件目から9件目は、身体の一部を残して、消失。残った部位は、前回までと同様に、切り口以外綺麗な状態だったそうです」
烏丸聖子
「……」
白鷺桔平
「それに引き換え、10件目以降のご遺体には無数の刀傷がついていました。この変化は、犯人が変わった証拠になりうるもの、ですが、確証にはなりません」
烏丸聖子
「そうですね、でも他の理由は――」
白鷺桔平
「思い浮かびませんか?」
烏丸聖子
「……すみません」
白鷺桔平
「答えは、10件目の被害者です」
烏丸聖子
「? その人が、どうしたんですか?」
白鷺桔平
「その人が――9件目までの加害者。件の退魔師だったんです」
烏丸聖子
「……なるほど」
――白鷺、スーツの内ポケットから一枚の写真をとりだし、烏丸の前に置く。
白鷺桔平
「――この写真の男に見覚えは?」
烏丸聖子
「これが、その退魔師ですか?」
白鷺桔平
「はい、よく判りましたね」
烏丸聖子
「さすがに流れで判りますよ」
白鷺桔平
「淵上伶児。見ての通り金髪と赤い目が特徴的な青年で、スーツの上下からバッグや小物に至るまで、全てべネデットという高級ブランドで揃える――個人的には少々鼻につく感じはしますが、優秀な退魔師だったそうです」
烏丸聖子
「残念ながら見覚えがありませんね」
白鷺桔平
「そうですか……私の推理はこうです」
烏丸聖子
「え、推理ショーを始めるんですか?」
白鷺桔平
「昔から妖刀には、所有者に無差別な殺意を植え付け、それを増幅させる力があると伝えられています。故に二ヶ月前、妖刀を盗み、その所有者となってしまった淵上伶児は、増幅していく殺意を抑えきれず、この町で犯行に及んだ」
烏丸聖子
「刀が殺意を植えつけ、それが増幅されるって……普通に考えて、そんなことありますか?」
白鷺桔平
「オカルト記事を扱う烏丸さんなら判りますよね。妖刀を含めた呪具を『普通』にあてはめることはできない、と。その証拠に、過去には、虫一匹殺せないような村娘が、とある呪具に魅入られ、その村の住民311名をみなごろしにしたという記録もあります」
烏丸聖子
「……ですね」
白鷺桔平
「淵上伶児の凶行はこの先も続くはずでした。しかし、10人目の標的として選んだ相手が悪かった」
烏丸聖子
「……」
白鷺桔平
「その相手は、何らかの力を使って淵上伶児を制圧し、その命と餓者餓者を奪ったんです」
烏丸聖子
「え、ちょっと待ってください」
白鷺桔平
「何ですか?」
烏丸聖子
「こっちの台詞です。何ですか、何らかの力で制圧って。ズッコケましたよ」
白鷺桔平
「仕方ないじゃないですか。それに関しては思いつかなかったんですから」
烏丸聖子
「思いつかなかったって……そんな曖昧だとしまらないんですけど」
白鷺桔平
「大丈夫です。まだしめるつもりはないので」
烏丸聖子
「……結界解いてもらえませんか?」
白鷺桔平
「まだ私が推理している途中です」
烏丸聖子
「……判りました」
「それで、その10人目の被害者になるはずだった人間が、退魔師から奪った餓者餓者を使って、町の人たちを次々と殺害したと。それが私だと。そう言いたいんですね?」
白鷺桔平
「そんな矢継ぎ早に……私なりに組み立てがあったんですけど」
烏丸聖子
「待っていられません。で、どうなんですか?」
白鷺桔平
「……はい。そういうことです」
烏丸聖子
「では、答え合わせをしますね。残念でした、違います。はい、結界解いてください」
白鷺桔平
「待ってください。話はまだあります、まだあるんですって。今のだと、私が烏丸さんを犯人だと疑う理由がないじゃないですか」
烏丸聖子
「……じゃあ、その理由というのは、なんですか?」
白鷺桔平
「烏丸さん、ふたつ財布を持っていましたよね。マジックテープの三つ折財布と、ブランド物の長財布」
烏丸聖子
「それが?」
白鷺桔平
「私がレジでお金を受け取ったとき、ひとつ目の三つ折り財布から出てきたのは、全てしわや折り目がついたお札でした」
烏丸聖子
「そうですね」
白鷺桔平
「対して、ブランドものの長財布から出てきたお札は、全てしわや折り目のない綺麗なピン札」
烏丸聖子
「……だから?」
白鷺桔平
「ふたつの財布、テイストが違いすぎませんか?」
烏丸聖子
「それは……」
白鷺桔平
「さらに、その長財布のブランドはべネデット! 淵上伶児が好んで使うブランドです。聞くところによると、彼は月に一度、持っているお札を銀行でピン札に替えていたそうです」
烏丸聖子
「……淵上伶児を殺した際、彼の財布を私が盗んだと、そう言いたいんですか?」
白鷺桔平
「はい」
烏丸聖子
「あれは仕事用――取材料用の財布です。なので、ピン札しか入っていないのは当たり前。ブランドものなのは、その方が信用を得やすいから。ブランドが同一だったのはただの偶然。そんなことで犯人にされたら、たまったものじゃありません」
白鷺桔平
「そうですか……安心してください。私が烏丸さんを疑った理由は、それだけではありません」
烏丸聖子
「あ?」
白鷺桔平
「最初にコンビニで会ったときに言いましたよね。霊が見えるって」
「あれ、ウソじゃないんですよ。昔から退魔師として育てられたため、そういうのが見えてしまうんです」
烏丸聖子
「……」
白鷺桔平
「なので、今も見えています。烏丸さんの後ろに、テレビで報道された、10件目以降の被害者たちの霊が。みんな、烏丸さんのことを恨みの籠もった目で見てますよ。あ、でも淵上伶児だけはダブルピースしてますね」
烏丸聖子
「……くだらない。そんな妄言が証拠になると?」
白鷺桔平
「そうですね。確かめてもらいましょう」
烏丸聖子
「確かめる?」
白鷺桔平
「今から約20分後、ここに警察と、私と同じように霊が見える退魔師3人が来る手はずになっています」
烏丸聖子
「……」
白鷺桔平
「なので烏丸さんには、財布を含めたそのショルダーバッグの提出をお願いします。私の言葉が妄言ならば、烏丸さんが犯人でないのなら、できますよね?」
烏丸聖子
「……」
白鷺桔平
「……」
烏丸聖子
「(ため息)白鷺さん、話が長いです。もっと短くまとめられたでしょう」
白鷺桔平
「すみません。こういうことに慣れていなので。赤点ですかね?」
烏丸聖子
「及第点です――おいで、餓者餓者」
――横に伸ばした烏丸の右手に、どこからともなく現れた一振りの包丁(妖刀餓者餓者)が握られる。
――彼女はそれを自らの左の手の平に深く突き刺し、一気に引き抜く。
――引き抜いた包丁が、刀に変わる。
――刃先でフローリング床の溝をなぞりながら、烏丸は言葉を続ける。
烏丸聖子
「白鷺さんの推理通り、私が10件目から19件目における事件の加害者。いわゆる――令和の切り裂きジャックです」
白鷺桔平
「……ようやく、認めて下さいましたね」
烏丸聖子
「さすがに警察に調べられたら、隠し通せる気がしませんし――あと霊が見えるは反則です。確証にもほどがある」
白鷺桔平
「……それで、認めた上でそんな物騒なもの出して、どういうつもりですか?」
烏丸聖子
「判りますよね? 流れ的に」
白鷺桔平
「私が20件目の被害者になる、とか?」
烏丸聖子
「正解」
白鷺桔平
「自首するという選択肢もありますよ」
烏丸聖子
「今さら自首したところで、一生刑務所暮らしか、死刑でしょう。それなら、逃げられるところまで逃げます」
白鷺桔平
「……」
烏丸聖子
「そのためにはこの結界を解除しなければならない。結界を解除するためには白鷺さんを殺さなきゃならない――何より、この先私が逃げ続けられる可能性を上げるためにも、私が犯人であると知ってしまったあなたを、生かしておくわけにはいかないんです」
白鷺桔平
「……ひとつ教えてください」
烏丸聖子
「冷静ですね。何ですか?」
白鷺桔平
「どうやって淵上伶児を返り討ちにしたんですか?」
烏丸聖子
「ああ、そんなことですか」
「実は私、高校まで空手やっていて……インターハイで準優勝したこともあるんです」
白鷺桔平
「それは……見かけによりませんね」
烏丸聖子
「あの人は、退魔師としては一流なのかもしれませんが、その体捌きは未熟も未熟。素人同然でした。いくら妖刀と言えど、持ち主が素人では、ただの棒です。それに気付いた瞬間、恐怖は消え――普通に制圧していました。殺すつもりはなかったのですが、倒れたときの打ち所が悪かったようで――」
白鷺桔平
「死んでしまった、と。では、何故その遺体を何度も妖刀で斬りつけ、通り魔にやられたように偽装したのですか?」
烏丸聖子
「教えて欲しいのはひとつだけなのでは?」
白鷺桔平
「話したくなければ話さなくてもいいです」
烏丸聖子
「……混乱していたんだと思います。正当防衛とはいえ、人を殺してしまったわけですから。責任逃れをしようとしたのかもしれません」
白鷺桔平
「なるほど」
烏丸聖子
「その後、私は妖刀をその場に放置することもできず、持ち帰りました。すると、日に日に人を斬り殺したくなってしまい、この結果。というわけです」
■
烏丸聖子
「――と、お喋りが過ぎましたね。警察が来るまであと15分といったところですか? じゃあそろそろ――死んでください!」
白鷺桔平
「いっ――!」
烏丸聖子
テーブルに上半身を乗り出し、白鷺の首を狙って餓者餓者を振るう。
白鷺は椅子ごと後ろに倒れて、餓者餓者の刃を間一髪のところで回避した。
烏丸聖子
「避けないでくださいよ。時間がないんですから」
白鷺桔平
「無茶言わないでください――っ!」
烏丸聖子
そう吐き捨てながら白鷺は慌てて立ち上がると、玄関とは逆。家の奥に向かって走り出した。
逃がすわけにはいかない。その背中を追う。
やがて白鷺は奥の部屋に駆け込むと、扉を閉めた。
ノブを回す。開かない。どうやら鍵をかけたようだ。
烏丸聖子
「篭城ですか」
白鷺桔平
『警察や他の退魔師が来るまで死ぬわけにはいきませんから』
烏丸聖子
扉の向こうから聞こえる、決意と怯えが混じった言葉。
それを耳にした瞬間、脳の奥が渇いていくのを感じた。
本能が告げる。白鷺は、極上の獲物だ。
両手で餓者餓者を構え、斜め上から袈裟斬りの要領で、扉を切り裂く。
扉の下半分を蹴って、破壊。くぐるようにして部屋に入る。
部屋の中に、明かりはなかったが、窓から入る月明かりと、リビングダイニングからの間接照明の光で、標的の姿は容易に捉えられた。
獲物は部屋の中心で、その細い目をさらに細め、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
白鷺桔平
「まさか、ドアを斬り壊すとは……これはもう万事休す、ですかね」
烏丸聖子
「です――ん?」
烏丸聖子
そこで私は、その部屋の異常な点に気付いた。
穴だ。
部屋の左隅に穴が開いている。
直径は2メートルほどだろうか。結構大きい。
烏丸聖子
「あの穴は、なんですか?」
烏丸聖子
私の質問に、獲物はもう生存を諦めたのか、穏やかな口調で答える。
白鷺桔平
「ああ。趣味で徳川埋蔵金を探してまして」
烏丸聖子
「そういうのって普通、家の外を掘りませんか?」
白鷺桔平
「いや、でも、なんか、ここにありそうな気がしたので……そういえば烏丸さん、オカルトや都市伝説系の記事を書かれる記者さんでしたよね。取材しますか?」
烏丸聖子
「オカルトはオカルトですが、埋蔵金は専門外です。興味ありません」
白鷺桔平
「残ね――っ!」
烏丸聖子
私は、言葉を待たず、その首を斬り飛ばした。
生首が宙を舞い、2つの切り口から血が吹き出す。
その瞬間、脳の渇きが治まる。少しずつではあるが、脳が潤っていくのを感じる。
さらに獲物の身体を斬る。我武者羅に。滅多矢鱈に。その身体を斬り続ける。
1分ほど斬り続けたところで、ようやく脳に潤いが満ちる。幸福感に包まれる。
この幸福感はあと半日は続くだろう。できればこのままこの場で余韻を楽しみたいところだが、いつまでも留まるわけにはいかない。
烏丸聖子
「さようなら、白鷺さん」
烏丸聖子
ぐちゃぐちゃの死体に手を合わせ、別れを告げたその時――
白鷺桔平
「ええ。さようなら、烏丸さん」
烏丸聖子
その声は、私の背後から。
振り返ると、今私が殺したばかりの退魔師が立っていた。
何が起きたのか、慌てて死体に目を向ける。
すると、死体だったものは黒く変色したかと思うと、どろりと液状に変わり、大波のようになって一瞬で私の身体を飲み込んだ。
白鷺桔平
「すみません。烏丸さんがこの部屋で私だと思い込んでいたのは、私ではなく、その穴――『つりぼりさん』が見せた幻覚です。私はずっと、そこの陰に隠れていました」
烏丸聖子
視界は黒一色。身体も動かない。声を出そうにも口が開かない。
私を包んでいた幸福感は、一瞬でおぞましい黒に塗りつぶされた。
白鷺桔平
「『つりぼりさん』は、自分が見せた幻覚に攻撃をする者を穴に引きずり込む性質を持っています。たとえどんなに優秀な退魔師でも、それに抗うことはできません」
烏丸聖子
身体が倒れるのを、引きずられるのを感じる。
怖い。一刻も早く起き上がってこの場から逃げ出したい。
しかし、全身麻酔をされたみたいに、逃走はおろか、指一本自由に動かすことができない。
白鷺桔平
「あと、霊を見れると言いましたが、あれは大嘘です。もしそうであればもっと早く、烏丸さんに辿りつけていたはずですから」
烏丸聖子
うるさい。
そんなのどうでもいい。
そんなことより、助けて。
助けてください。
お願い。
助けて。
死にたくない。
私にはまだやることがあるんです。
私は、もっと。
取材をして。
記事を書いて。
もっと有名になって。
もっと、もっと。
もっともっともっともっと。
生きて、生きて、生きて生きて。
もっともっともっともっともっともっと。
人を、
殺し――
■
白鷺桔平
烏丸は『つりぼりさん』に飲み込まれ、この世界からその存在を消した。
その証拠に『つりぼりさん』は私ではない、私が会いたい人の幻覚を作り出している。
私は、逃げるように部屋を出ると、リビングダイニングの散らばったテーブルセットを元の位置に戻し、椅子に腰掛けて電話をかける。
白鷺桔平
「終わりましたよ。うん。駆くんの言うとおり、烏丸さんが妖刀の持ち主でした。さすが鼻が利きますね。うん。『つりぼりさん』が消える前に解決できてよかった。うん。だから前から言ってますよね? 別に脅しているつもりはありませんし、嫌だったら次からは断ってもいいですよ? はい? ああ、勿論。陰陽寮からの報酬は山分けです」
白鷺桔平
調子のいい友人との通話を終えた直後、視界の端にひとつの異物がうつる。
それは、とあるアニメのキャラクターが描かれた缶バッジ。
あの夜、烏丸が狙っていた彼女の宝物だった。
白鷺桔平
「本当に、あの時に辿りつけていれば……」
白鷺桔平
私は缶バッジを拾うと、再びつりぼりさんのある部屋に戻り、それを穴に向かって放り投げた。
窓から入ってくる月の光を反射しながら、缶バッジは夜の底に消えていった。
【終】
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