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不思議の国の豊46/#我が田に水を引く

前回はここまで、そして

#我が田に水を引く

僕は水の性質が好きだった。

上から下に流れる。

どんな隙間でも見つけてそこを通り抜けようとする。


僕は田植えが好きだった。

田植えの時期には、近所の人が手伝って、

早苗さんたちが苗床の苗を取る。

その素早さ、手際の良さ。

両手で苗床の苗を二・三回の動作でつかんで抜き取る。

根についた泥をササっと水の中で一瞬揺らして洗い流し、

左手にまとめると、右手は藁束から藁を2-3本抜き取り

クルっと回して合わさったところををネジたと思ったら、

藁の先は苗束側に差し込んである。

それをたらいに放り込む。

その次の瞬間にはもう次の苗を取っている。


そのたらいをお父さんが苗床の田んぼから引っ張り出し、

籠に放り込んで天秤棒の前後に振り分けて肩に担ぎ、

田植えをしている田んぼに行って、

片手に2つ3つ束を持って、

田植えをしている人の後ろに放る。

お父さんはその苗の落ちしどころが絶妙だった。

田植えをしているそれぞれの人の手元の苗が

なくなる頃に新しい苗束がある。

田植えをしている早苗さんたちは

田んぼの片方からに一斉に並んで後ろ向きに進みながら植え始めるが、

田んぼは山田なので真四角なのはない。

早苗さんたちも植える速さも違う。

そのそれぞれの癖などに合わせて

苗束を放り込む。

早苗さんたちの植える速さが違うのには理由があった。

僕は早苗さんたちに言ったことがあったが、

それを聞いて、できる人とできない人がいた。

年齢に関係なく、田植えが早い早苗さんには特徴があった。

苗束を持っている左手と、

苗を2-3本、束から取り出して田んぼに差し込む右手の

使い方の問題だった。

上手な人は両手が連携して動いていた。

右手が苗を田んぼにさしている間に、

左手は親指と人差し指で束の中から次の苗2-3本を分離して

右手が次に植えるところの近くまで移動して待っている。

否、右手はすでに左手の先の苗を受け取っているから

左手の待ち時間は無い。

それが流れるように進んでいるのだ。

遅い人は右手と左手が協力してないのだった。


他の家の田植えで母やおばあさんが手伝いに行くときは、

あちこちで、田植えの早苗さんが

余った苗束を後方に何度も放り投げたり、

「ここに苗が足らんぞねー!」と言われて、

そこの男氏がまた戻ってきて苗を放り込む。

そんな光景があった。

僕は保育園頃までは近所の真知子ちゃんと

裸ん坊で苗を入れるたたらいを引っ張ったり、

それに乗って遊んだり、

良くしたらしい。

小学生になって田植えも手伝ったし、

苗束投げもしてみたが、

早苗さんたちの田植えの速さは半端なく、

僕がいくら頑張ってもみんなが横に4・5列植えている間に、

2列ぐらいだった。

なぜ早く植える方法を知っている僕が

それができなかったかと言うと、

左手を膝に付けていないと、

しゃがんで腰だけで体を支えると、

腰が痛くなって我慢できなくなるからだ。

旨く早く植えるためには、

僕みたいに手も使って腰を支えないと

腰が痛いと考えるような人には

できない芸当だったのだ。

「早苗さんたちはすごい!」と思いつつ

僕は隅っこや角っこの1列とか2列の

半端なところを専用に植えた。

持溝(田んぼの縁で沸き水があるところに田んぼに水を入れたくない冬場などに、水が不必要に入ら入ように土やセメントで畔を作って、いつも水が溜まっているところ)に植えることもあった。

僕の家の田んぼは宮ノ谷川の

それもイデが来ているところでは影仙頭でも一番下にあった。

だからいつも水が少なかった。

日当たりは良いのに水はなかなか来ない。

だから父は湧き水のある所には持溝を作って、

少しでも水を確保した。

でもやはり、大雨の時以外は、いでの水が1番早く溜まる。

僕は、記憶があるのは小学生からだが、

ぞっと小さい時から、イデを遡って、

他の家の田んぼに入っている関を外して、

田んぼ側を堰き、

ちょっとでも水が家のに来るようにした。

影仙頭は、必要な人はいつでも

他人の堰を調節して下に水を取ってもいいことになっていた。

大人は忙しくて、部落中の人が昼間は

どこかに仕事に行っているから

誰も、朝までに仕掛けた堰を変えるこてゃなかった。

みんな水が大事なことを知っているから、

田んぼの水が枯れない程度に水の堰具合を調整している。

子供の僕は、勝手にやることになるのだが

他の子はあまりやって居るのを見たことがない。

多分上流の方は水が多いからそんなに気にならなかったのだろう。

僕は大森谷のイデの水源地まで行って、

水の取り口の石を並び替え、大きなイデから

(影仙頭は上流程イデが大きかった。

それが分岐するたびに小さくなるのである。)

水があふれかえるようになるまで

水を調節した。

そうすると、他の家の人の田んぼにも水を入れながら、

僕の家の田んぼにも水が届くのだった。

以下次号



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