どこまでもわたし

いつかインターネットの海に放流しようと思ってタイミングを逃してそのままになっていた、高校一年生の時の(2021年9月締切だったはずだ)第4回笹井宏之賞応募作を公開しようと思う。

この連作を編んだときはまだ短歌に出会って半年ほどしか経っていなくて、でもやる気だけは満ち溢れていた。この賞の存在自体を知ったのも締切直前で、一日5首作れば間に合うな、なんて今にして思うととんでもないようなことを考えていたのを覚えている。

これは二週間足らずで作った急ごしらえのとてつもなく雑で下手くそな連作である。でも私はこの連作を編んだことを後悔はしていないし、むしろ良い経験になったなと思っている。いま改めて読むと、頭を抱えてしまいたくなるような脳内ドハッピークソ恥ずかし短歌ばかりで、たまに良い歌もあるけれど、一人称がぐちゃぐちゃで文語口語の統一もされていなくて、連作としての出来は最悪である。それでも、いまとなってはもう詠めないものばかりで、記録としての価値はあるように思うのだ。

いまはこんな短歌は詠めないし詠まないけれど、これらの歌から読み取れる私の価値観というものはあまり変わっていなくて、これがスタート地点だったのかもなとも思う。こうして私のはじまりがデータとして残っていてラッキーだった。

クラウド上に眠っていたこのデータをインターネットという不特定多数の人間の目に触れる場所に引っ張ってくることで、このはじまりをより恒久的なものにしようと思う。共感性羞恥の塊のような連作で、読んでいるこっちが恥ずかしくなるようなものだけれど、もし最後まで耐えて読み切ってくれる人がいたら、とてもうれしい。


どこまでもわたし


ふたりからひとりになった象徴がこのわたしです愛してください

白桃のごとき夢見る幼少の己のまろさ身に染み渡る

(薄れゆくはんこ注射の跡を見て)わたしとってもおおきくなった!

もしかして生きてるわたし生命の神秘ってやつだったりします?

わたしから零れ落ちたるはちみつの甘さに胸がつきりと痛む

もぎたてのトマトにがぶり噛み付いてそれと一緒に何かが欠けた

天麩羅粉纏っています明け方にしなびるくらいサクサクです

目覚めれば今日も一日じんわりと削られてゆくわたしのいのち

みんなよりひとつ大きな数字書く一年遅いわたしの誕生

父母(ちちはは)の合力であるわたしですだから何にも負けないのです

受精卵 半分ずつの父母(ちちはは)が偶然出会い生まれ出たもの

お風呂場の床が深紅に染まるときわたしはおんななのだと気づく

ぺたんこの腹が膨らみ母となるはち切れそうな歪なかたち

天井に雲が八割あってなお晴天と言う天気予報で

泣き顔を隠すわけでもなく雨に濡れたい気分今日は快晴

しゅわしゅわのトマトを食べてしゅわしゅわのわたしになった胃が弾けそう

透けてゆく柘榴に我を重ねては零れ落ちたる母の愛情

ほろほろと崩れゆきます薄味のロールキャベツのなかのひきにく

真夏でも曇る眼鏡にただならぬ欲の深さが現れていた

ピーナッツバターを塗った食パンの孤独さに泣くまっしろな皿

空っぽの写真立てには愛情とLoveが詰まっていると信じて

「ありがとう。愛してる」ってひと息に言っちゃうわたしオレは好きだよ

両手から零れるほどの青春をぐいと一気に飲み干してやる

教室の扉をくぐりおはようと言えれば世界救われてゆく

「好きだよ」とスルッと言えるその口が羨ましくて切り取りたいよ

眠れない夜こそ正義天井と恋が始まるかもしれないし

じんわりと染み込んでいくヨウ素液明らかになるわたしの中身

我すべてとろけて川に流れだす どうぞそのままお飲みください

真空に溶け出すわたしとろとろの気体になってゆるやかに星

分裂を繰り返してはわたしから離れたなにかに近づいている

分かつなど出来ぬ白と黄引き離し殻の内側舐めるしあわせ

爆速で駆け抜けていく遊歩道誰にも置いて行かれぬように

父と母それと弟、弟で家族構成満ち満ちていく

愛されて育ちましたと履歴書にでっかく書いた 愛されてます!

不純物なんてないです漉さないで純度100%のわたし

みみあかと一緒にたましいまで取って残ったものはただの抜け殻

曽祖父の遺体は酷く無機質で蝋人形を見てる気がした

明日もしわたしが死んでしまったらだれかひとりは泣いてくれるか

だんだんと白くなりゆく黒髪はむかしむかしの天使の名残

白湯を呑む祖母に憧れ白湯を飲む喉を過ぎるはただの温水

逆さまに立った自分と目が合って気づいてしまった世界の真理

「あの子なら羽を生やして飛んでいったよ」その“あの子”って実はわたしです

今ここでわたしが飛び降りたとしたら世界はなにか変わるだろうか

寂しげな電話ボックスひとり立つ道行く人はスマホ片手に

飛び降りるふりして飯を食う夜明け米のかたちを噛み締めている

ただひとり取り残された教室でわたしはただの、残飯でした

息絶えた魚の目をして生きている大水槽のなかのいっぴき

にんげんのかたちに憧れ分裂す足掻くほどにいつまでも胚

ひとの手に抱かれる心地 体温を感じるほどの羽毛布団よ

いつだってあなたとともにいたいからmarryのあとにwithをつけます

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