処女

彼は苦悶した。とんでもない夢を見たものだ。

手に生臭い血の跡が残っていないかと忙しなく確認し、それから、どれだけ手が通常通りであれ、あの感触は消えてくれないのだと知った。

彼への怨みを通り越し、痛みに悶絶するあの瞳。彼はその物体を、全体重かけて、首ごと切断した。何かが切れる音がした。皮膚、神経、それから骨を。

彼はそれを可愛がっていた。しかし、然るべき時が来たのだ。可愛がっているから、殺すのだ。

だから彼はそれを水中から引き揚げ、刺身にするべく陸へ引っ張り出すしかなかった。上等な鱗は、彼の支配欲と食欲をそそった。それは苦しみ抵抗した。生きているのだから、当然だ。

水槽の透明なケースから彼の機嫌を伺うように大人しく凝視したり、おちょぼ口をケースの淵に打つかるまで近づけたりする、あの健気さの化身は、しかしながら既に死んでしまったようだった。

彼は困惑した。決心がつかない。刃を一思いに振り落とすことは、彼にとってもこの被害者にとっても、拷問に違いなかった。

長く生きて欲しかった。けれども、中途半端な慈悲こそ、最も愛するものを傷つけるのだ。命の源であった水中から誘拐されたそれは、ぐったり力を失い、たまに激しく身を左右に痙攣させる他、何の力も持たなかった。蹂躙されることを懇願しているような、色彩のない瞳だった。

そうして淀んでいく瞳を見た瞬間、彼は鬼となった。眩い光沢を称える長い包丁を手に握り、運命への最期の抵抗とばかり急に暴れ出したその生命体を逆の手で抑えつけ、ちょうど穴の隙間に刃を降ろした。死闘だった。

喘ぐ暇もなく、一匹の魚は、息絶えた。彼の手は鮮血で染まった。彼は自身の欲が持て余されているのだと痛感した。

彼は苦悶した。今晩どうしたものだろう。


#小説 #寓話

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