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新紙幣記念!「お坊さんがお札の話〜?!」「いえね、お札(さつ)も御札(ふだ)も同じ漢字でしょ」(読了5分目安)

こんにちは! 今日7月7日は七夕ですね。東京では都知事選挙の日ですか。

 漢字ネスの連載も「新紙幣発行」「都知事選挙」といった時流に乗って、関連した漢字を紹介するのはどうかとの助言を頂きました。泰然自若と胡座(あぐら)をかいて「時事ネタは追わない主義なんで…(俗世間のことは知りません)」と格好つけてもいいのですが、「武士は 食わねど 高楊枝」は様になりますが「坊主 世知らず 高枕」(作:筆者恭敬)なんて言われたら、それは多少なりとも忸怩たる思いがありますので、今回は新紙幣発行について「札」と「幣」の漢字を紹介します!

【はじめに】

 新紙幣発行ですが、日頃から電子決済をしているキャッシュレス派の方々にとっては、「新紙幣?関係ないよ」ということでしょうね。新紙幣ゲット!のSNS投稿よりも、半年後のお正月に「お年玉で現金もらって、新1万円札初めて見た!」という投稿の方が盛り上がそうな気すらしています。とは言いつつ、お寺業界ではまだまだ現金扱いが主流ですし、古い紙幣がお賽銭やお布施として自然と持ち込まれていたお寺で幼少期を過ごした私にとっては、この20年ぶりの新紙幣発行をとても嬉しく思っています。(福沢諭吉先生が代わるのは40年ぶりとなります!)

 タイトルにも載せた「お坊さんがお金の話~?!」というフリは、「お金の話なんてあまりしないよね!」という言外の驚きを伴ったセリフであり、それは「お金とは不浄なもので俗世のもので、清廉潔白さが身上の僧侶はお金に執着しないし、お金には直(じか)に触れないし、お金の話はほとんどしません!」というのが、そもそも前提条件かつ共通認識むしろ一般常識としてまだ通じると私は信じていますが、若い世代は方々はどう反応されるでしょうか・・・ 

 という訳で、内緒話をするような、文章の端々に勿体ぶった感が滲み出てしまうのは何卒ご海容頂きつつ、(寺・神社とお金なんて両極端にあるものなのに)「お札(さつ)も御札(ふだ)も同じ漢字だ!」「不思議~!」「あまり知られていない共通点があるのでは!!」という意外性を共有して頂き、幼さで無邪気を作って、大人びて意を汲んで頂きたいと願っております。


筆者所有の古い紙幣。コレクションという程でもない。綺麗めのものを並べたがくしゃくしゃの5銭札も沢山ある。遊びに来た小学生息子の友人に、お札の人の絵を一瞬で変えるという手品をやったら、崇めたてまつられた笑


【お坊さんの管見】

 札の音読みは「さつ」です。音読みは一般的に中国漢王朝時代の読み方で、意味は文字を記すために使った薄い木の板です。木簡・竹簡で書かれた「手紙」の意味もあります。日本語では、そんな文板(ふみいた)が転じて「ふだ」と呼ばれるようになり(学研国語大辞典)、寺や神社で出す災難除けなどの紙片・木片が、美化語接頭辞の「お」をつけて御札(おふだ)と呼ばれるようになりました。訓読みが「ふだ」ですね

 一方で、手元に持つ紙幣を「札(さつ)」と呼ぶ理由は、元々お札(さつ)は紙ではなく、木の札(ふだ)だったからです。*1 中国では早くから銅銭が使われていましたが、銅の生産不足により度々流通量が減少してしまい竹札等をお金として扱っていたようです。それから紙のお金が登場します。貨幣の歴史については、NewsPicksの過去の特集記事が大変良くまとまっていますのでご覧ください!

 札という言葉は、表札・立て札といった木製の通信手段を意味すると同時に信仰を仲介する寺社の御札に使われて、紙の普及に伴い紙のお札にまで用途の対象が広がっていきます。災難除け・ご利益という価値の証明書から、交換価値の証明書になったわけです。駅にある「改札口」も、切符という乗車証明書を改める(=検める)場所なわけですね。私たちのご先祖様は寺社の御札を有り難がったように、お札つまり藩札や太政官札、日本銀行券を、御札と同じように恭しく取り扱ったのではないでしょうか。(少なくとも精神面では)それを裏付けるエピソードもあります。

 特集記事に出てくる「山田羽書」を最初に作った人は、実は伊勢神宮の神官であった山田御師という人物で、神社で祈祷祭事を行うと同時に伊勢の商人であったのです。元々山田羽書は銀貨の釣り銭代わりに発行された端数銀貨の預かり証(端書)でした。後に、その手書きに押印した紙切れが一定の額面を持つようになり、伊勢神宮信仰にも支えられた山田羽書は人々の非常に高い信用を得て、単なる預かり証から次第に人々の間で流通する紙幣としての役割を果たすようになったのです。*2

 信仰心が土台となって高い信用力が醸成され、紙幣として流通するまでになるという図式は、とても興味深いものです。私が染筆する御朱印や御首題(ごしゅだい)も、30年後に私が仮に有名な老僧になっていたら大化けする可能性もありますね笑。今のうちにNFT化してブロックチェーンの中に預託しておきましょうか!

【加納学説の紹介】 「幣」

 さて、紙幣という語句が登場してきましたので、「幣」の漢字に注目してみましょう。元々は祭祀や礼物に用いる帛(絹織物)の意味で、様々な種類の献上品を表す言葉でもあったようです。字源を探ってみましょう! 文章を少なくする為に手書きメモを挿入してみました!

筆者 手書きメモ 『学研 漢和大辞典』411ページを参考に

八は「↲↳の形に左右に(二つに)分ける」というイメージを示す記号。巾は布と関係があることを示す限定符号。㡀は布を二つに切り分ける情景を表す図形であgる。攴は動作を示す限定符号。したがって敝は衣を切り裂く(破る)ことを暗示させる。敝は「二つに分ける」というイメージを示す記号となる。これに布と関係があることを示す限定符号を添えた幣は、いくつかに折り分けて束ねた帛(はく=絹織物)を暗示させる。(···)幣は価値のある貴重なものなので、物と交換できる金銭(貨幣)の意味に転じた。これが現在普通に使われている意味である。

加納喜光のブログより https://gaus.livedoor.biz/archives/24789609.html

 八が2つに巾が2つの会意文字です。漢数字の八という分析も面白いですよね。8は4に2分割できさらに2に2分割できることから、半分に分けるというイメージが生まれ、左右の外側にベクトルが向かう「八」の形が出来上がりました。そして布を表す部首があることから、2つに切ったり折り畳んだりした織物の贈答品という分析ができます。「貨幣」という漢字を見ると、その部首から価値のある綺麗な貝殻と上等な布製品がお金の歴史であったと推論でき、時空を旅するようですね。

【結びに】

 「札」と同様に、「幣」も現在の仏事や神事と関わりがあります。古来の祭祀儀礼が残っていると言った方が正確かもしれません。幣束(へいそく)や御幣(ごへい)といい、裂いた麻やたたんで切った紙を細長い木に挟んだものです。地鎮祭などの祈祷(きとう)や祓(はら)いときに用います。四隅に竿竹を立てて縄を張って白い紙がぶら下がっているのを見たことがある人もいるかと思います。あの白い紙も幣束の一種です。神様仏様へのお供えで、神仏の乗り物・依り代(よりしろ)とも考えられています。

幣束の写真・イラスト 著者加工  写真左 御幣(ごへい)とも呼ばれる。右は縄に吊るした「下がり幣束」。紙垂(しで)の方が一般的。ご祈祷や地鎮祭などで神社でも寺院でも使われる

 このように日本では、お金は神具と同等に貴重な物、ありがたい物と敬ってきたことが窺えます。現代の中国語では、お金を表す言葉は札でも幣でもありません。日本は中国から漢字を輸入しましたが、訓読みの探究、大和言葉との交わり、新しい熟語の発案、転用等を通じて、日本人の感性・思考から独自に発展させてきました。そして何よりも、それらの美しい言葉を何百年も使い続けて定着させたこと。尊く誇らしいことです。言葉は使われなければ消えていきます。さりとて消えていった言葉を残念がるつもりは毛頭なく、それは自然淘汰に近いものでしょうし個々人が抗うことは不可能でしょう。ただ私も人生の折り返し地点を過ぎましたので、後世の為に、漢字と言葉の宣伝員みたいなことをやっていきたいなと思っているのです。ウグイス嬢みたいに、声はキレイでないですが。



【読み方クイズ 回答】

泰然自若 たいぜんじじゃく  落ち着いていて物事に動じないさま

忸怩たる じくじたる  深く恥じ入るさま。議員先生がよく使うので、耳慣れした言葉ではありますが… [補説]文化庁が発表した令和4年度「国語に関する世論調査」では、「忸怩たる思い」を、本来の意味とされる「恥じ入るような思い」で使う人が33.5パーセント、本来の意味ではない「残念で、もどかしい思い」で使う人が52.6パーセントという逆転した結果が出ている。

清廉潔白 せいれんけっぱく  心が清くて私欲がなく、後ろ暗いことのまったくないさま 

身上の しんじょうの  身の上の事柄、取り柄の意味。同じ読みの「信条」と書いても意味は通じるでしょうが、ここでは「〜が取り柄の」という表現をしたかったです

ご海容 ごかいよう  ( 海が広くて何物でも受け容(い)れるように ) 寛大な心で相手の罪やあやまちを許すこと。現代ではほとんど書簡の用語となっている。海恕(かいじょ)も

ご利益 ごりやく  ごりえきと読まないで下さいね。「益」を「やく」と読むのは中国の呉王朝時代の読み方で、仏教教典の多くが呉の音読みのルビで読経されます。ですので、仏教用語には変わった音読みの言葉があり、文脈で判断する必要もあります

検める あらためる   検査する。吟味する

恭しく うやうやしく  敬意を持って礼儀正しく丁重に振る舞うこと

醸成 じょうせい  酒などをかもし出すこと。転じて、ある機運・情勢をつくり出すこと

窺え うかがえ  書くのは難しいかもですが、読みたい語句

毛頭なく もうとうなく  毛ほどもないさま。全くない、という意味で用いる言い回し

抗う あらがう   読めるようで、意外とスルーされてるっぽい漢字たち

参考・出典 コトバンク、小学館デジタル大辞泉


【参考資料】

*1 関西国際大学 伊藤 創 教授 https://www.kuins.ac.jp/news/2023/10/g_32.html

*2 日本銀行ホームページより https://www.boj.or.jp/about/education/data/are02k.pdf 

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