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真実に関するいくつかの誤解

真実はいつもひとつとどなたかがおっしゃっていた気もするのですが、少なくとも一般的な言語で語られる現実に関する真実は原理的にひとつということはないものであります。それは言語自体が持つ特性によるものでもありますし、解釈体と現実との構造、解釈体同士の構造に自ずからシステマティックに組み込まれてしまっているものになります。もしたったひとつの真実というものがあり得るとするならば、ありのままの現実、ありのままの物体的な有り様を言語や映像や音声や記号を介さずにコミュニケーションできるデバイス・認知機構が必要になるでしょう。それは、スーパーコネクティビティーと呼びうる何かということになるかもしれません。

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