旅行く者の玄関(56)

「明美、やっと終わるわね」
 重美は静かに言った。
「いえ、また新しい問題がでてくるわ。そしてその新しい問題に立ち向かうのはのは、地域ではもう自分だけ」
「それは違うは明美。私たちがいるじゃ無い」
 重美は笑ってみせた。
「あなた達はもうこの地域の住民じゃ無い。ここの法則に従う必要もない。そういうしきたりだったでしょ。この地域にはもう私しかいないのよ。地域を出た者は、本当の意味で二度と地域の者に慣れない」
「では明美がしきたりを新しく作るのがいいわ。何も昔のしきたりを引きずる必要なんてすでにどこにも無いのだから」
「それが有るのよね」
 明美は苦笑いしながら言った。
「そんなものどこにもないわ。それとも夜な夜な亡くなった亡霊でも出てしきたりを強制してるとでもいうの」
 重美は笑った。
「もしそうなら、とっくに診察を受けてるわ、私だって馬鹿じゃ無いんだから」
「なら、しきたりをどんどん変えて行くべきよ」
「そうでもないの。しきたりそのものが私の人生とリンクしている。しきたりは何か問題を発生するたびに自動的に発動するのよ。だから二百七十年も続いてきたのよ」
 明美の言葉に重美は家系図を思い出した。そこをどんどんと辿ると明美のいう二百七十年前まで遡れる同族と記されていた。それはこの地域に来た時点であり、元々の祖先を探ればまだまだあるらしいことさえ古老に教えこまれていた。思い出すと昔は誇りさえ感じていたが今は違和感の塊りであった。

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