旅行く者の玄関(52)

 地域の全ては終焉にむけて走り出していた。気がつくともう夕方に近く山はオレンジ色に染まりだし、烏の気の抜けた日常の鳴き声がいっそう悲しく滑稽だった。
「一夫の方。終わったわ」
 重美は疲労した顔で言いながら良太を見ていた。何か不吉な結果を良太から読み取ろうとしていた。しかし良太は笑っていた。
「良太どうしたの」
 重美は良太の顔をつねる仕草をして聞いた。
「明美の母親は亡くなった」
 良太は深刻な顔してみせた。
「どうしてそんなことするの」
 重美は良太を叩こうとしていたが、良太は背を後ろ動かして避けた。
「何よ、なんで避けるの。私が成敗してくれるわ」
 いつに無い重美の剣幕に一夫も良太を驚いて、一夫が重美の体を抑えた。
「落ち着け。話を聞け。大丈夫だ。落ち着け、そして深呼吸をしろ」
 良太もなだめたが、笑いの顔が重美をまだ刺激していた。
「何を言いたいの。これが落ち着けルコとなの」
「大丈夫だ、よく聴け。明美のお母さんは自然死だ。担当医を呼んで検死もしてもらう。そこで不自然さないと思う。なぜなら俺たちは手伝ってないからだ。わかったか」
 一夫は声をなるべく低くして、重美に説明した。低い声のトーンが良かったのか重美は深呼吸したのを一夫と良太は見てとった。
「それで、明美はどうしてるの」
「母親と家に決まっているだろ。俺が確かめてあるが、重美も手伝いに行った方がいい。こんな時は男手よりも女同士が何かといいだろう」
 一夫は重美に役割りを与えると重美は落ち着きさを増し頷て、明美の家に向かった。

「こんにちは」
 明美の知らない男の声が玄関の方向から聞こえた。
「どちら様です」
 玄関にいる男に後ろから問いかけたのは重美だった。
「医者の佐藤です。いつもくる長田先生はあいにく今日は非番で私がやってきました」
「あっ、よろしくお願いします。今、家の者を呼んできます」
 重美の応えている間に明美が玄関に立っていて、挨拶を交して部屋に招き入れた。どちらもどこか機械的作業をこなしているかのうな応対に重美は少し不満だったが、非日常とはこういうことなのだろうという思いもあった。
「こちらです」
 明美が母親を紹介した。まるで生きている時と同じように案内した。先ほど明美と重美が母親の亡骸を整えたときは、まだ体が暖かった。まるでまだ生きているようだと二人は顔を見合わせてうなづいた。死んだ実感というものがない。ただ寝ている母親をいつものように介抱しているかのような気分であった。その後も黙々と作業を続けたが、それはすぐ終わった。後何をしていのかさえ、二人は思いつかない。二人とも初めての体験に時の流れが起きるのを待つしかなかった。

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