旅行く者の玄関(45)

「では、今回のことも了解してくれるのだな」
大人の雰囲気をわざと出す低めの声で良太は明美に聞いた。
「構わないは、ただ以前として同じ問題は抱えていることになるけど」
「それは、なんとか頑張れよ。今は行政サービスもあるのだから」
「私たちの地域は御上に頼らない方針できたので誰にも文句を言われずにやってこれたのを忘れてはいないでしょね」
「その地域も今は崩壊してるじゃないか。時代は変わったのだよ。変わった時代に古いしきたりと時間は帰ってこない。言うなれば船頭のいない幽霊船みたいなものだ」
 明美の憤慨が手に取れてわかる良太は少し手に汗をかいていた。
「それでも私がやると言ったら、良太は手伝ってくれるの」
「古き仲間としては、古きしきたりと断りによって手伝おう。それは一夫も、高介も重美も了解済みだ。安心しろ。俺もこの地域に育ったんだ」
 明美は黙って踵を返して、来た道を引き返していった。日が暮れはじめた。ちょうど逢魔時がやってきてた。そしてここには先ほどまで数え切れないほどの魔が存在していた。それは生れた苦しみと死ぬ苦しみの間にある人生によく似ているのかもしれないと良太は思いながら、いったん谷底を覗き確認してから、帰路についた。振り返ると首吊りの木はまだ残っていた。驚き目を凝らすと、根元から1メーター30センチほどの所で切れていた。首吊りの木が見せた幻覚だったろうか。枝がまだ数本があるが今はそれをどうする気にもなれな買った。あたりはすっかり真っ暗になっていた。七メートル先の獣が蠢く音さえ明確に捉えれるほど良太の神経はたっていた。良太はわざとゆっくりと歩きはじめてた。それは、これから起こるかもしれない事への覚悟を決め、目的に向かって確実に歩みを進める行為に似ていたのかもしれない。

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