旅行く者の玄関(59)

「そうなの、それが新しいしきたりなら私たちも従うわ。でもどこにするの」
「そうね、子供のころそれぞれの家に行く分かれ道、あそこがいいわ」
「あぁ、そうね。私たちの象徴的な場所だからぴったりよ。きっとみんなも賛成してくれるわ」
「そうね、なら重美がみんなに連絡して置いて。私はここの葬儀の準備をしておく」
 葬儀と言っても、みんなが集り酒やさかなを振舞うだけだった。翌日に火葬して、埋められる。それがこの地域のしきたりだ。あまりにあっさりしているけど、昔は坊さんに謝礼を出せるほど裕福でも無かったのが偽らざる事実だった。それが長く続いたのは、祟りとか幽霊とかそういう迷信じみたことが一度もおこらずにいたせいだ。だいたいにして、迷信や宗教を信じるにはそれなりの豊さが必要だが、ここには存在しない時代が長かった。生きるにぎりぎりの生活、それはまた合理的な考えを生むに恵まれた環境だったかもしれないし、知られれば世間から哀れを乞うに十分なものでもあった。しかし、地域は乞うことを嫌った。嫌った故にどんどん他と違うしきたりができて来た。生きるために必要十分な方法論だけが地域に根ざしてきた。
「さて、この地域の全ては終わったのかしら」
 明美は独り言でそう発した。静かに夕暮れがいつもように訪れていた。

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