旅行く者の玄関(57)

「重美たちは街に出て簡単に価値観が変わったのよ」
「そうね、そうかもしれない。だけど地域の価値観なんてそんなモノぐらいだと。あっ明美ごめん、馬鹿にするためにいったんでなく、正直な感想よ」
「解っているわ。ただ私は街で住んで無いのでこの価値観が簡単に変容するのが信じられないの。またそれを信じることが正しいのかさえ疑っているわ」
 明美は自分の前に大きな壁を築いていた。いやその壁は元々あり、重美にもあった壁だと今重美は気づいた。
「そうね。土地が変われば水が変り、変わった場所の水を飲み細胞に取り込んだ自分の体は組成をその土地のモノへ変えてしまうでしょうね」
「何も取り込むのは水だけじゃなく空気も食べ物もみんなそうよ。数年しないとその土地のモノで形成された体になれ親しんでこない。だからそれまではこの地域でも新参者はあまり古老に相手にされてなかったわ、特別ことが無い限りはわね」
「そう、それは初耳だった。古老がそんなこと言っているのを知らなかった。でも、そういうことよね。人間が変わるということは。そしてそれが人間に運命づけられた法則のようなものかもしれないわ」
 重美は再開発が始まろうとしている地域を窓から見た。一人明美だけが頑張っていた。地域の血脈としての誇りと意地と思っていたがそうでもないらしいことが今理解できた。

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