旅行く者の玄関(58)

「全ては変わろうしている。ひょっとすると二百七十年前の先祖もそうしてここに来たのだわ。ならばまた出ていくこともあるだろうとは思う」
「そうよ明美、もうここを出ましょう。それがいいわ。先祖が新しい土地を目指したように、私たちも明美もみんなここを旅立つの」
「そうね、考えておくわ」
 佐藤医師が母親の検死などが終わって出てきた。
「先生、ありがとうございました」
 明美は一礼して、佐藤医師も返礼して去った。あまりにもあっさりしていたが、医師としての仕事に慰める義理もないだろうからそれはそれで納得した。
「明美、葬儀はどうするの」
「特段きめてないけど、いつも通りでいいわ」
 明美と重美は地域の決まった手順で葬儀の準備を用意した。ただここは宗教色が無い地域だった。普通は坊さんに枕経でも読んでもらうために呼ぶのだろうが、そんな付き合いもない。ある意味、そこが一番不思議なことだったかもしれない。結果として、もっともシンプルに土葬という事になるが、その場所さえこの地域では決まってない。つまり墓地というものが外から来たものには捜せないのだ。
「けどもうお墓は無いわよ」
「そうね、桜の木を切り倒したそうね。底無し沼は埋められた。首吊りの木は良太たちが切り倒した。どこにも埋めるところは無いわね」
「そうね、新しく作るしかないわ」
 重美は明美の提案に驚いた。新しくどこに作るというのだろう。

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