旅行く者の玄関(51)


 一夫と良太が向かい合って車の中にいた。良太が運転から後ろの良太を見ていた。
「本当なのか。明美がやったのと違うのか」
 一夫は良太の目を見て責めるようなきつい口調で聞いた。緊張が車内を満たした。
「それは無い。首に締め跡もなかった」
 良太は静かに答えた。
「他にも送るやり方はいくらでもある。違うか」
 一夫は助手席の窓の向こうを見ながら言った。そこには先ほどまで空に向かって立っていた桜の大木が倒れていた。
「あぁ、でも明美は言った。医者を呼ぶと、死亡診断書を書いてもらうのだろう。それだけで十分じゃないか。それ以上は邪推だ。明美を支えよう」
「なるほどな。そういうことならば間違いは起こってないのだろう。それでどうするのだ」
 一夫は良太に振り向いた。
「明美に手伝ってくれと頼まれた」
「そうか、それならば俺たちは十分に手伝おう、働こう、役立とう。それがこの地域のしきたりだ」
 一夫は急に元気づいて、フロントガラスに顔を向けエンジンをかけて、大きく空ぶかしをした。良太はそれに笑った。

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