旅行く者の玄関(47)


 明美は飛ぶように下り坂を降りていた。跳んでは大きな石を蹴り向きを変え、また飛ぶの繰り返しで、驚くほど早く移動していた。明美の得意技と言ってもいいくらいだ。そのスピードに付いてこれるのは仲間でもいない。わずかに良太が遅れて付いてこれるくらいのものだ。
 記憶が過去に戻った。
「明美はあいわらず早いなぁ」
 小学六年の良太は感心した。
「良太こそ、誰にも教えられずそこまで早いのはたいしたもの」
「えっ、明美は誰かに教わったの」
「山向こうの古老に教わったのよ」
「あぁ、あの仙人とか言われて爺か」
「バカねぇ、仙人じゃなく山伏よ」
「仙人でも山伏でも、どっちでも同じじゃ無いか」
 良太は膨れた。
 明美は駆け下りながら、昔の事を思い出し口元がほころびた。足は軽く振動だけが腰に伝わる、そのリズムが心地よかった。リズムは大自然と一体になっている気分だ。全身に喜びの力が湧いてきた。山伏はこれを待って霊峯を巡っていたのだろうか。心の高揚はやがて大地との融合をもたらせもはや走るとか、下りるなどの身体的意識はほぼなくなり、あるのは目まぐるしく変わる視界のみになりに、やがて自分自身が地母神と化するかのような心境に到達するという。明美はこの心境に今ある。そして、まるで風に乗れるほどの速さで下界に到達した。
「ふぅ、忘れていたわこの感じ。最高じゃん」
 明美は何かを吹っ切ったのだろう、笑顔のまま玄関を開けた。

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