北見ドライブイン

次女の秘密を知る

四方を山に囲まれた小さな町に、姉とその夫は住んでいる。
車で数時間も走れば行ける町だが、20年以上も訪れたことがない。
わたしが癌治療を受けるために仕事をリタイアすることがなければ、訪れる機会はずっとあとになっていただろう。

行く道々のドライブインがなつかしいが当時は人であふれていた店舗が今は閉鎖されて、壁のひび割れや閉ざされたシャッターのさびが物悲しく、風雨の傷みが目にも痛く映る。
立ち寄ったドライブインは市場のようにつながった建物だが、土産物屋と食堂が一つになった店舗のみが営業していて、ガランとした広い駐車場が不釣り合いだった。

旅の余禄

画像2

そこからしばらく行くと昼になった。
あと小一時間を走れば姉のところに着くが、通りかかった町で昼食を摂ることにした。それが楽しみでもあり、旅先での食事は旅の余禄である。多少奮発して食事に色を付けても許されるだろう。

画像3

幸いにも食欲はある。しかし、抗がん剤の副作用のせいで味覚がおかしくなっている。何を食べてもにがく、まずい。
それでも胃に入れて吐くことはないから良しとしなければならない。

食事を終えて出発した。
ひと山越えれば姉の住む町だ。

次 女

わたしの上に3人の姉がいる。真ん中が今回訪ねる次女の姉だ。
3人とも性格が違っていた。長女はおおざっぱだった。その反動みたいに真ん中の次女はこまやかだった。三女はその両方を備えていた。

次女の姉は16歳で嫁いだ。「幼な妻」という言葉がのちにテレビドラマの影響で流行語になったが、次女はまさに幼な妻のはしりだった。
相手の男は木々の伐採を生業とした筋骨隆々の、しかも映画に出てくるような二枚目だった。
まだ小さかった私から見ても美しい姉は、西部劇のカウボーイと一緒に去って行ったようなイメージがある。

colorized-比較 (2)


「お父ちゃんとお母ちゃんを、頼むね・・」
姉はそう言って我が家をあとにした。

歳をとらないひと

小さな町に入った。
記憶を頼りに家を探した。迷うほどの町ではないからすぐに見つかった。
小さな家。ずっと、夫婦はここで暮らしていた。
3人の子供を育てあげ、嫁がせ、また二人だけになっていた。

家のそばに車をつけるとその気配を感じたのか、待ちわびていたように玄関を開けて姉が顔を出した。

colorized咲子と父1600解像 (2)

あぁ、歳を取っていない・・。
今も美しさが変わらない姉が、そこで笑っていた。

家の中に招き入れられて、わたしはおみやげに持ってきた缶ビールセットを義兄に渡した。すると、「今は飲まなくなったんだ。体を壊してね、まぁワインを少し舐める程度かな」
数年前に胆のうを摘出し、つい先ごろには心臓のバイパス手術をしたという。屈強を絵に描いたような体躯の面影は義兄から消えていた。
わたしはお歳暮、お中元の品物にいつも缶ビールセットを贈っていたが「それでは、贈っていた品は有難迷惑だったんですね」

そこまで言うと姉が口を挿んだ。
「いいえ、今はわたしが飲んでるのよ」
すこし恥じらいを見せてそう言った。「このごろ飲めるようになってね、この居間でおとうさんがワインでわたしが缶ビールを飲んで、テレビを見ながら夜を過ごしてるのよ」

そうだったのか、酒豪だった義兄に代わって姉が飲めるようになっていたとは・・。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?