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【レイプ神話解説】番外編:ポルノと性犯罪の関連を示す研究はある

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蘇り続ける願望

 「ポルノに悪影響がないことが証明」「強力効果論は否定された」「エビデンスはない」うんぬんかんぬんうんぬんかんぬん……。

 タバコやアルコールが許容されているように、ポルノに悪影響があったところでそれそのものと是非は別の話である。が、「創作物の悪影響」はオタクたちのアキレス腱であり続けたようだ。彼らのなかでは、創作物に悪影響がないことが既に確定しており、これに反する主張をしようものなら非科学的な野蛮人であるかのように扱われる。こういう状況がここ10年近く支配的だった。

 しかし、結論から言えば、現在の心理学研究は「創作物に悪影響はない」と断言できていない。研究結果は悪影響を肯定するものと否定するものが混在しており、はっきりした結論は出ていない。なんとも心もとない現状である。それはまぁ、ポルノを見せて影響を調べようなどという研究が困難であることを想像して納得してもらうほかない。

 とはいえ、この状況でも、「ポルノの悪影響を示した研究はないのだ」とする主張がいかに的外れで物事を単純化した見方に過ぎないかを指摘するには十分である。実際、ポルノの悪影響を示した研究はあるのだから。もちろんその研究をどう評価するかという問題はあるものの、少なくとも「全くない」という主張は誤りである。

 今回は、性暴力被害者を責めたり加害者を免責するという観点ではないため、番外編として、ポルノの悪影響に関する研究や議論を概観したい。

悪影響を示す研究

ポルノの悪影響を示す研究

 まず、ポルノの悪影響を示す研究をいくつか紹介したい。

 例えば、湯川・泊 (1999) [1] は大学生を調査し、ポルノグラフィなどの性的なメディアに触れることが、知人との接触を介してレイプ神話の受容を高め、その結果として性暴力への許容度をあげることを指摘している。

 また、大渕 (1991) [2] は先行研究をレビューし、暴力的な性描写が怒りを抱いている実験参加者の攻撃を促進する結果を示した研究などを紹介している。これらの研究はいささか古いきらいはあるものの、ポルノグラフィに悪影響が全くないわけではないことを示すには十分だろう。

 個別的なインタビューによるものであれば、斎藤 (2019) [3] が自身が担当しているクライアントの発言として、ポルノグラフィの影響を認めているものを紹介している。また、内山 (2000) [4] によれば、調査対象の性犯罪者のうち3割程度が『アダルトビデオを見て自分も同じことをしてみたかった』という質問を肯定している。

 こうした調査はいずれも自己報告であり、どこまで自身の動機について正確な把握や回答がなされているかは保留が必要である。しかしながら、加害者の少なくない割合が、アダルトビデオなどの性的表現の影響を認めていることはうかがえる。

メディアの悪影響を示す研究

 ポルノから少し視点を広げ、メディアの悪影響全般に関する研究を概観すれば、悪影響を指摘する研究はさらに見つかる。この点については同じnoteで三船 (2024) [5] が論じているのでここで詳細に書くことはしないが、当該記事ではメディアの悪影響を示す論文が多く紹介されている。

悪影響を否定する研究

カチンスキー報告という神話

 しかし、ちょっと待てと物言いがつきそうな予感もしている。オタクの世界ではメディアに悪影響がないこととなっており、その「エビデンス」の蓄積もある。

 その最たる例が、カチンスキー報告と呼ばれるものである。これはアメリカの諮問機関において、カチンスキーという人が示したとされているとか、この結果に怒った大統領が論文を無視して規制を強めたとか言われている。なぜ曖昧な説明になっているかと言うと、オタクが特に出典のないまま適当を書き続けたせいで実際がよくわからないことになっているからである。

 だが、結論から言えば、カチンスキー報告をポルノの悪影響を否定する研究として引用するのは微妙である。詳細は、私がかつてカチンスキー報告と思われる論文を手あたり次第に読んで検討した記事 [6] があるのでそちらを見ていただきたい。簡単に結果をまとめるなら、カチンスキー報告と思われる論文の多くは相関係数すら算出していない相関研究であり、ポルノと性犯罪の因果関係を推定するにはあまりにも不確かである。

 そもそも、『カチンスキー報告と思われる論文』という表現で察してほしいのだが、カチンスキー報告は自由戦士に珍重される割に、いったいカチンスキーの書いた論文のうちどれがそれにあたるのか、書誌情報が一切示されていないという出鱈目具合をしている。いくら論文自体が古いとはいえ、書誌情報すら示せていない論文はエビデンスにはならない。科学的な議論の基本くらいは抑えてほしいものである。

Wikipediaがカス

 定期的に利用される。オタク界の「エビデンス」にはWikipediaがある。ソースがWikipediaの時点で鼻で笑って放置すればよいのではあるが、一応否定はしておこうと思う。

 このような画像で示されるとき、たいていの場合は『ゲーマーゲート論争』の記事からの引用である。ただし、私がブログでこの記事の記述を批判したためかはわからないが、そのあとで『ゲーマーゲート論争』は『ゲーマーゲート集団嫌がらせ事件』へと転送されるようになり、長々と書かれていた「メディアの悪影響はないんだ」集も削除されていた。

 (本来であれば私が記述を修正すべきなのだろうが、Wikipediaの編集方法がわからず手をこまねいていた。修正に労を割いていただいた編集者の皆様には改めてお礼を申し上げたい)

 ここでの記述は、私が昔ブログで批判している [7][8][9] ので詳細を述べることはしない。強いて、記述の水準を示す例として『朝日小学生新聞の「子どもとゲーム」実態調査リポート』[10] を挙げたい。削除される前のページの記述では、このレポートは『ポルノグラフィと性犯罪に因果関係は認められない』根拠として挙げられていた。

 しかし、レポートの内容はゲームのプレイ時間や家でのルールの有無、学校の成績との関連に終始しており、少なくとも犯罪や非行との関連は一切示されていない。調査で非行に触れていないのは小学生自身に回答を求めたものなのだから当然だが、内容を読んでいればこのような引用はあり得ないはずである。ほかにも、明らかに引用文献を読んでいないとしか考えられない水準の記述が目立ち、Wikipediaであることを差し引いても、到底論拠として機能するものではなかった。

難しい結論

 公平を期すために付言すれば、メディアの悪影響を否定する研究はある、はずである。単に自由戦士の示す論拠の水準が終わっているだけで、探せば信頼性のある研究は存在するだろう。

 だが、その反面、ここまで示したように、メディアの悪影響を示す研究もある。一見矛盾する知見が存在するということは心理学にはよくあることであり、結論が悩ましい事態でもある。大抵は議論が詰み上げられ、この程度なら影響はあるが、ここまでいくと怪しい、といったある種の相場観が作られる。現在は、その相場観を作り上げている真っ最中であると考えればよいだろうか。

 ただ、現状でも、メディアの悪影響が全くの皆無ということはないだろう、というのが心理学者の相場観であると言っても特に問題はないだろう、というのが専門家としての私の考えである。もってまわった表現になってしまったが、少なくともメディアに悪影響はないのだとすっぱり言い切れる状態にないことは確かである。

 そもそも、自由戦士の類がメディアの悪影響をすっぱり否定したいという欲望を持つのは、メディアに悪影響はない→規制する必要はないという、わかりやすい方程式を作りたいが故である。だが、悪影響があることと規制が必要であることは必ずしもイコールではない。煙草のように、はっきりと悪影響がありながらある程度の規制で許容されているものもある。逆に、こんにゃくゼリーのようにさほど害がないにもかかわらず忌避されたものもある。そのものをどう扱うかは、結局のところ社会の合意によって決まるとしか言いようがない。

 近年はVRによる没入感の向上、ソーシャルゲームのように毎日のプレイを推奨するものやガチャのように賭博性の強いものなど、これまで検討されてきたメディアとはまた違った特性を持つものも出てきた。これらの影響の検討は今後の課題である。現状では、悪影響があるかもしれないし、思いのほかないかもしれない、としか言いようがない。

 ただ、悪影響があるのなら、その事実は虚心坦懐に受け止める必要がある。悪影響を減じる工夫は必要だろうし、規制が必要ではないかという不安感に対しても、Wikipediaの (もう削除された) 記事を振りかざして何か言った気になるのではなく、合意を形成する観点から向き合う必要がある。そうしなければ結局、オタク界隈は話の通じない人たちだと断じられ、議論のテーブルに着くことすら出来なくなってしまうだろう。

参考文献

[1]湯川進太郎・泊真児 (1999). 性的情報接触と性犯罪行為可能性:性犯罪神話を媒介として 犯罪心理学研究, 37, 15-28.
[2]大渕憲一 (1991). 暴力的ポルノグラフィー : 女性に対する暴力、レイプ傾向、レイプ神話、及び性的反応との関係 社会心理学研究, 6, 119-129.
[3]斎藤章佳 (2019). 「小児性愛」という病――それは、愛ではない ブックマン社
[4]内山絢子 (2000).  性犯罪の被害者の被害実態と加害者の社会的背景 (下) 警察時報, 55, 51-64.
[5]三船恒裕 (2024). 第4回 メディアと暴力(高知工科大学 経済・マネジメント学群 教授:三船恒裕)連載:#再現性危機の社会心理学
[6]新橋九段 (2020). 【九段新報総集編】ポルノに悪影響がないというエビデンス「カチンスキー報告」を追って
[7]新橋九段 (2020). Wikipediaの出鱈目「ゲーマーゲート論争」記事を否定する その1
[8]新橋九段 (2020). Wikipediaの出鱈目「ゲーマーゲート論争」記事を否定する その2
[9]新橋九段 (2020). Wikipediaの出鱈目「ゲーマーゲート論争」記事を否定する その3 (最終回)
[10]朝日小学生新聞 (2017). 「子どもとゲーム」実態調査リポート

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