【九段新報総集編】進化心理学が「本物の科学」になる日

 新橋九段です。
 皆さんは進化心理学という学問をご存じでしょうか。最近は「意識高い人」たちの間で流行りですし、noteで検索すると人間の様々な行動を進化心理学から説明してドヤ顔している記事はたくさん見つかります。

 私が専門としている犯罪心理学の世界でも、進化心理学は「レイプは適応の産物」といった説明を繰り返しています。私はこのような説明に疑問があったので進化心理学に関する書籍をいくつも読み、ブログ『九段新報』にもその話をけっこう書いています。

 今回の総集編はそれらの総まとめとして、私の現在の理解による「進化心理学とは何か」を論じようというものです。
 結論から言うと、進化心理学は興味深い学問ではあるものの、未だに科学として成立できていない未熟な存在であるというのが私の評価です。

そもそも進化心理学とは何か

 なぜ、進化心理学は科学たり得ないのでしょうか。それを論じるにはまず、進化心理学がどういった前提のもとにあるのかを確認する必要があります。

 進化心理学の前提の大枠は2つです。1つは「人間の心理傾向は生存と子孫繁栄や配偶者獲得のために進化した」というもの。もう1つは「進化は原始時代に起こり、我々はその時代の傾向を引き継いでいる」というものです。

 例えば、先ほど挙げた「レイプは適応の産物」という説明で考えてみましょう。ここでいう適応というのは、つまり「配偶者を獲得し子孫を作る」ことです。まぁ、レイプは配偶者を獲得できない男によるものですが、配偶者を得られる見込みのない男にとっては、無理やり女性を襲って妊娠させれば子孫を残せる可能性をいくらかでも上昇させることができます。これが第1の前提に基づく説明です。

 とはいえ、現代でこのようなことをしても子孫を残すことには繋がらないはずです。犯人として検挙され刑務所に収監されれば、余計に異性の配偶者を得られる可能性は減少します。また、女性を襲って仮に妊娠させたとしても、現代は中絶することができますから、胎児は生まれることなく処理されることとなり、自分の遺伝子を次世代に伝えることは叶いません。

 このような事実は、進化心理学的な説明を否定することにはなりません。なぜなら、進化心理学はあくまで、人々が「原始時代の傾向によって」行動していると考えるからです。現代において配偶者獲得に何ら効果的でなく、かえって不利益だったとしても、原始時代に有効だったと考えられればそれは進化の産物であるとみなせます。これが第2の前提に基づく説明です。

 進化心理学はこうした2つの前提に基づき、人間の様々な傾向を説明しようとします。しかしこの前提には重大な欠陥が存在します。それは、これらの前提はその正しさを証明することができない、言い換えれば反証可能性がないことです。

第1の前提と反証可能性

 第1の前提は「人間の心理傾向は生存と子孫繁栄や配偶者獲得のために進化した」です。
 これに関しては正しいのではないか?と思う人も大勢いると思います。

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