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夜間警備16

極楽といふ正月にゆだんすな 
師走といへる地獄目のまへ

一休宗純狂歌より

何処の家庭でも企業でも恒例となった年末の慌ただしさ
やれ大掃除だ
やれおせちの準備だ
やれ正月飾りだと
いつもよりも大きな足音で忙しいアピールをする母
ヒステリックに叫ぶの命令の元、私と父は動く
今年はうっかり黒豆を焦がした母が全てを投げ出す
そんなテンションの母と共に大騒ぎをしながら年末をすごす
31日にはしぼみかけた母が普通におせちを仕上げ、蕎麦を調理する
皆で蕎麦をすすり、両親が紅白を観ながら過ごす
蕎麦を食べ終えた私は部屋でYouTubeの年越しライブを視聴する
そんなのが通例だったが

12月30日
「博田は今日が仕事納めだったな。来年も宜しく」
仕事を終えた私に日勤の先輩が声をかける
「今年もお世話になりました」
正面の門には門松も飾られ
玄関には来年の干支である竜置物も飾られている
「あーあ。もう来年の飾り付けか。毎年ウサギ年なら良いのに」
辰よりもウサギの方が良いに決まってる
「別に干支が変わってもウサギグッズくらいあるだろ?」
先輩がハアとため息を吐く
「まあそうなんですけど…何ですか?アレ。ずっと先輩を見つめてますよ?」
物陰からこちら
というか先輩に視線を向けている潮来君
「あ、忘れてた。お前31日は予定は立ててる?」
「いえ。普通にYouTubeの年越しライブを視聴するだけです」
「もしよかったら潮来家で年越しパーティーがあるんだけど行くか?」
「メンバーにもよります。先輩と潮来君だけと言うのはちょっと」
「源も一緒だ。潮来の家族は父方の実家に帰省するらしい」
「潮来君は帰らなくて良かったんですか?」
「あいつは新年早々仕事があるからな」
「大変なんですね」
「ああ。それでどうする?」
「あ、参加します。お酒は呑めないんですけど」
「大丈夫。皆下戸だ」
「それなら大丈夫ですね」
遠くで私達の会話が聞こえたのか潮来君が嬉しそうな顔をしている
犬の尻尾があればきっとちぎれんばかりに振っているんだろうな

31日
「お邪魔します」
母の煮しめを土産に潮来君の家に入る
「博田さんいらっしゃい」
エプロン姿の潮来君が出迎える
「これ母が作った煮しめです」
玄関でお決まりの挨拶を交わし、茶の間に行くと既に先輩と源さんがいた
テーブルには卓上コンロと土鍋
「丁度鍋が煮えた所です」
フタを開けると鶏肉が煮えていて美味しそうな香りをしている
「美味しそう。水炊きですか?」
最初は鶏肉かと思ったがピンクの強いその肉は鶏肉のようで鶏肉でない
「それは僕の祖母が狩って来たジビエです。肉の味が濃いので水炊きにしています」
最初に全員で汁を飲む
透明な水のような出汁
「少しだけ塩を入れています。薬味はお好みで」
まずは素材の味を楽しむためにそのままで飲んでみる
「…ほぅ…」
思わずため息が漏れる
口中に優しい出汁の風味が広がり、空の胃に染み渡る
「美味しい」
「うまいな」
先輩と源さんも頬が弛む
美味しいものは特に言葉はいらない
ただ美味しいと言う言葉だけで全てが足りる
どう表現しようともその言葉だけが適切だ
美術品同じだと先輩も言っていた
どんな表現で美しさを讃えても、感嘆のため息ときれいと漏れる言葉が全てだと
「もうちょっと飲みたいです」
「はい。皆さんももう一杯飲みますか?」
「お願いします」
「次はポン酢を少し入れたいな」
「お酒を飲む人はこれに日本酒を入れて飲むそうです」
そうなんだ
まあお酒は呑めないからこれだけで十分満足
「次は肉です。タレはポン酢、ゴマだれ、醤油とお好みで。柚子胡椒もあります」
私はさっぱりとポン酢で
先輩は醤油
源さんはゴマだれ
潮来君は何も付けない
意外に潮来君は通なのか?
「僕は雑味が入るのが苦手なんです」
先輩に聞かれた潮来君が答える
「それにこれは調味料無しでも十分味が出ます」
早く言え!
先ずは肉のみを味わう
「いただきます」
ピンクの艶めいた多分鶏肉はしっかりとした弾力があり
口に含み、ゆっくりと噛み締める
「んふふっ」
思わず笑う
人間は本当に美味しい物を食べると笑ってしまうと言うことを実感する
肉を噛み締めると上品な香りの脂に鶏肉の様な旨味
「美味しい!」
「こんな旨い鶏肉は初めて…うん?豚肉?」
2口目は甘味のある脂は高級な豚肉の様で
「牛肉みたいな濃厚さもあります」
噛めば噛むほど広がる高級な肉の味
脂が重くなくいくらでも食べられそうだ
追加の野菜も出汁を吸って美味しい
ポン酢にも合って結構食べた
「ふはあ…美味しい」
唇に脂が付けてため息を吐く源さんが妙にエロい
何だろう?
上気した頬に潤んだ瞳と唇と
隙間から覗く舌もエロい
同性ながらドキドキしてしまった
「博田さん?」
あまりにも源さんを見つめすぎたのだろう
源さんがこちらを見ている
「あっすみません。美味しそうに食べていたので」
「そうでしたか。博田さんも幸せそうに食べてますよ」
源さんの笑顔がじんわりと胸に染みる
心まで温まる食事に幸せ指数が上がった

ここまでは

「うん?このプルプルしたのは何だろ?」
菜箸でつまみ上げたのは半透明なゼラチンのような物
これも肉の一部だろうか?
噛んでみると味わい深い煮こごりの様な食感の後、旨味の強い汁が溢れた
「あ、出汁用のあれを出し忘れてた」
潮来君が鍋をかき回して何かを探していた
「すみません。何かクラゲのようなものはありませんでしたか?あれ、出汁用で食べるものではないのですが」
食べちゃった…
美味しかった
意地汚いやつだと思われそうだ
「すみません食べてしまいました。美味しかったです」
鍋の温もりでない顔の熱さが分かる
汗も流れてきた
「食べられるのなら良いんじゃないですか?」
源さんのフォローが嬉しい
「あれが一番出汁が出るので煮込んでいただけです。食べられるか?と言えば食べられます」
出汁を取った後の物を見せて貰えば先程食べたゼラチン状のもの
「これも旨そうだな」
先輩が興味を持ってつまみ上げる
「え?これって鱗ですから食べ物では無いですよ?」
潮来君が眉をしかめる
「鱗?魚だったのか?」
不思議そうに尋ねる先輩
「これは干支肉です」
潮来君が台所から黒いビニール袋を持ってきた
「我が家は毎年大晦日に次の年の干支。今年だと辰ですね。その肉を食べる風習があります」
袋を開けると良く日本画で見る竜の生首
「ひえっ!」
「きゃあっ!」
大型犬サイズの生首に全員が悲鳴を上げドン引きする
「干支肉の中で一番竜が美味しいです。ネズミと虎はあまり美味しくなくて。犬の時は最近は牛で代用しています」
いやそう言う問題じゃない
ウサギも代用しろ
いやそれも違う

よそのご家庭の食習慣なのでとやかく言える事ではないが
「何で空想上の生き物が?」
恐る恐る竜の生首をつつくと生首はピクリとも動かない
「お前良く触れるな」
呆れ返った先輩の声に
「珍しいからつい」
鱗も結構硬い
「先輩も触りませんか?ここ、スッゴイ硬い」
源さんもつつく
「あ、竜は生命力が強いからまだ生きてる可能性が強いです。噛まれますよ」
マジでか
思わず手を引っ込めた
「まだ生きてるかどうかは出汁に使った逆鱗(げきりん。竜の喉にあると言う3枚の逆さに生えた鱗)を刺激すると分かります」
と言って先程のゼラチン状のものを菜箸でつつく
すると竜の生首の目が見開き
「貴様ら許さんぞ!良くもワシの体を刻んだな!」
人間の声で叫んだ
「ひえっ!叫んでる!」
「竜の肉は昔から滋養強壮の効果があります。恐らく首を切られてもこうして生きているからでしょうね」
冷静に話す潮来君だけど
「気持ち悪いです!なんて物を食べさせるんですか!」
源さんはガチギレ状態だ
「美味しいでしょう?後元気になるし」
確かに潮来君の顔色が先程より良くなっていて、私も何か元気が沸いてくる
「でもって逆鱗は一番栄養素が高いから…」
潮来君が私を見る
「ひえっ!」
「ははは博田さぁん…」
つられて私を見た先輩が悲鳴を上げ
源さんが泣きそうな顔をする
「どうしたんですか?」
潮来君が卓上ミラーを差し出す
「な…なんじゃこりゃー!」
思わず某刑事ドラマの名台詞を口にしてしまった
私の顔にブルー系の鱗がびっしりと付いていた
剥がそうとかきむしるもツルツルと滑って取れない
「しかも髭まで生えて!」
目を見開いた源さんが手で口元で覆ったまま固まっている
しかも視線がどんどん高くなる
「そう言えば竜の逆鱗は美味しいけど一口しかかじっちゃダメって祖母が言ってました。自分も竜になっちゃうって」
今さら思い出すな
「博田、潮来の事噛んでも良いぞ」
「そうだ!こんな阿呆なぞ噛んでしまえ!」
先輩と竜の生首が叫ぶ
「僕は博田さんの見た目を好きになったわけでなく中身を好きになったんです。だから背が多少高くなっても僕は博田さんが好きです」
誰のせいだと思ってやがる
私の逆鱗に触れた潮来を思いっきり噛んで

ガチッ

自分の歯を思いっきり噛んだ夢で目が覚めた
「変な夢を見た」
スマホを見ると1月2日の朝10時
博物館は今日から開いている
「おっ!明けましておめでとう」
夜勤明けらしき先輩が声をかけてくる
「博田さん!」
先輩と一緒にいた潮来君も駆け寄ってくる
「今日から展示が始まるんですよね」
散歩ついでに寄ってみたと話す
「今日からは禅宗の世界展だ」
「何ですか?その渋い世界」
「まあメインは一休宗純だ」
「誰ですか?」
「とんちの一休さんで有名な人物だ」

僧侶のような人物が杖にドクロを飾っている
「正月早々不吉な」
「実際に正月にこの格好で練り歩いたらしい。『ご用心、ご用心』とな」
「えー?折角の正月なのに」
空気読もうよ
「一休宗純が生きていた室町時代は情勢的にも不安定でした。正月でも気を抜くなと言うことです」
「へー」
良く分からないけど一休さんが面倒くさい人物であると言うことは分かった
「では僕はまた仕事に戻ります」
そう言って仕事に戻る潮来のお尻から伸びたは虫類の尻尾のようなもの
「あれってもしかして干支肉…?」
絶対逆鱗を食べたんだ
「ご用心、ご用心。いくら旨くても禁じられた物は食べるものじゃないな」
カタカタと笑う骸骨を持ったお坊さんが私の耳そばで呟いた

「うん。今年こそ辞めてやる」

門松は冥途の旅の一里塚
めでたくもありめでたくもなし

一休宗純の狂歌より

終わり

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