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恋に酔う

こちらはyoutubeにてemiko様が朗読されました

https://youtu.be/7w9ys1Q8Ug0?si=98Hr2vOfvnpFekcf


俺は営業で外回りの仕事をしている
俺の外回りコースの一つにある寺の藤棚をこの時期の休憩場所としている
平日だと見学に来る人間も少なく
沢山の花と葉はちょうど日陰を作る
日差しよけとなった藤棚の下にそよ風が吹き最高の休憩場所となる
心地良い日陰で10分ほどの仮眠を取る
多分そこの住職には俺の存在がバレているのだろう
それでも何も言ってこないのは暗黙の了解というものだろうか
喫煙が出来ない以外は最高の休憩場所だ
いつものように携帯のアラームを仕掛け眠りにつく
垂れ下がった藤の花からは甘く濃厚な蜜の香りが漂う
この甘い香りが睡眠効果となり
すぐに俺は眠りに入った
真っ暗な闇の中に浮かび上がる
真っ白な影
近付くとそれは人間の女の全裸だと分かる
藤の花を持った中年の女
優雅に微笑む姿に恥じらいは無い
ほうれい線のある顔は慈愛をたたえ
少し垂れ気味の乳房に
淡くしげる陰毛
若い娘の様にハリはないものの柔らかな肌
年増の女なんて今まで興味がなかったのに何故かこの女に惹かれた
彼女はそんな姿でありながら俺を誘うこともなくただ見つめているだけで
誰かを待っているのかと辺りを見渡すも誰も居ない
さらに近付く
彼女は逃げようともせず
相変わらず優雅に微笑んだままだ
その口から漏れるのは甘い蜜の香り
気がつくと彼女に触れていた
ほんのりと熱を持つ柔らかな肌の質感に相手が生きた人間だと実感する
男に触れられたも彼女は怯えず、かといって不愉快な表情も見せない
彼女の腰に手を回し唇を重ね、舌を入れてみる
甘い蜜の味が口内に広がっていく
その味に俺は夢中になって彼女の口内を貪る
彼女も応える様に舌を絡ませる
蜜を味わうように貪り
唇を名残惜しみながら離す
彼女の頬は紅潮し、濡れた瞳が俺を誘う
俺もネクタイを緩め衣服を全て脱ぎ捨てる
彼女を全身で愛するのに服は邪魔だ
彼女を寝かせ乱暴に抱きしめる
彼女の肌に鼻を押し付け香りを堪能する
彼女の体温が上昇すると同時に蜜の香りが高まる
このむせかえるような蜜の味と香りに狂ったように彼女を味わう
彼女の肌に爪を食い込ませ
白い肌に赤い痕を残していく
もう彼女しか見えない
彼女も俺の背中に腕を回してきた
柔らかな肌の感触
耳元ににかかる彼女の甘い吐息
甘い蜜を啜り、歯を立てる
互いの吐息は乱れ、俺も汗が滴り落ちる
俺の滲んだ汗に彼女が吸い付き俺の腰に足が絡まっていく
大胆な彼女の動きに同意を得たのだ
俺は遠慮なく

ブウンッ

耳側をとんでいったクマバチの羽音に目を覚ます
先程まで抱いていた彼女は姿を消し、衣服もきっちりと身につけていた
時計を確認すると5分も経っていない
夢かと思ったが、体にまとわりつく蜜の香り
手に残る女の肌の感触
何より下半身の熱に赤面する
「もし、大丈夫ですか?お加減でも悪いのですか?」
不意に声をかけられ慌てて立ち上がる
袈裟を着た中高年の男
おそらくはここの住職だろう
「すみません。ちょっと休憩をさせていただいていました」
その場を去ろうとする俺に
「冷たい麦茶をお持ちしましょう。お顔が赤くなっています」
少しの間眠っていただけなのに体も熱っぽい
どうやら熱中症を発症したらしい
そういえば少し目眩がする
住職の持ってきた麦茶を飲むと体の火照りが鎮っていく
「こちらもどうぞ」
住職から塩飴ももらい口に入れる
しばらくは甘みのみだったが、塩味が後からくる
「どうもすみません。お邪魔しただけでなく、ご迷惑まで」
謝罪する俺に
「いえ、花酔いされたのす。この藤の花に酔う男性がよくいるのです」
藤の花を愛しげに撫でると先程の女の顔が浮かぶ
「このお藤の花の妖精だと私は思っています。恥ずかしながら僧籍に入ったのも彼女に出会ってしまったのです。彼女との逢瀬は藤の花が咲いているこの間のみで、しかも昼間なのです」
中高年の住職と中年の藤の妖精が並ぶとおしどり夫婦の様で
「お似合いですね」
ぼそっと呟くと住職は笑う
「しばらくお休み下さい。熱中症は油断すると重症化しますから」
お大事に
と言い住職は消え
代わりに
「あの‥先程から大丈夫ですか?」
作務衣の若い僧侶が声をかける
「お顔が赤いし独り言も‥」
「あ、すみません!お茶ごちそうさまです」
からのコップを載せた盆を返すと
「ああ、またでたのですね」
若い僧侶が藤の花を見上げる
「この時期になるとあなたのように若い男性が麦茶を住職にもらったというんですよ。住職は私なんですけどね」
彼方の方が貫禄があるんでしょうねと困ったように笑う
「まあ確かにあのかたも住職をされていました。この藤の花に魅せられて、花の蜜しか口にせず衰弱死なさいました」
そもそも藤の花の蜜は毒性がある
それも作用したのだろう
車に戻りふと思い立ちスマホの検索画面を開く
確か花言葉というものがあったはずだ

花言葉を検索し笑ってしまった
「なるほど。俺たちは皆酔ってしまっていたんだな」
悪酔いをしたあの男は死んでしまったが
「俺の好みのタイプなら悪酔いはしていたかもな」
車内でタバコをくわえ煙を吐き出す
俺以外には誰も居ない車内でゴホンゴホンと咳き込む女の声が聞こえた
「しつこい女は好みじゃない」
一服し出発する
もう藤の下での居眠りはやめよう

もう二度と酔うもの化

藤の花言葉

歓迎
忠実な
優しさ


そして
決して離れない


恋に酔う


終わり

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