夜間警備14

殺人の理由というものは実に様々だ
金銭
怨恨
愛情
犯罪は良くない事が前提だが、ここいら辺はまだ理解できる
目立つから
自分が殺したいと思ったから
気持ち良いから
全く理解出来ない連中もいる

「最近ここら辺も物騒になったわねー」
間接的なコミュニケーションツールが電話と回覧板しかない我が母
回覧板に書いている不審者情報にため息をついている
「ああ、通り魔ね。ライングループで目撃情報から人相書きが出てた」
小腹が空いたのでクッキーを口にする
「あんたも夜勤ばっかりの仕事じゃなくてちゃんとした仕事を探しなさいよ」
母のいつものお説教が始まる
「しかもまだバイトなんでしょ?正社員になれないの?」
「だから職探しもやってんじゃん」
本当は正社員にならないか?
とは先輩から言われている
試験はあるが
「中学校レベルの試験と運動試験のみだし。希望するなら格闘技の研修もある」
募集要項の小冊子を貰ったが
「募集人員が圧倒的に男性が多いですね」
「危険だから。女性は主に事務員が多いが、お前そう言う系は苦手そうだから」
失礼なとは思ったが、事務員より警備の方が給料的にも魅力的で
「いやいやいや!私は別の業種への転職希望なんです!お化け屋敷の警備に転職なんて冗談じゃない」
「お化け屋敷の警備だけが警備員の仕事じゃねえ。まあ考えるだけでも良いから。推薦は任せろ」
それより新しい警備員を定着させろ

「まあ就職しなくても結婚して専業主婦になるって言うのも良いんじゃない?」
母のいつもの一言に眉間に皺生まれた事を実感する
「あのふざけた見合いをやれと?」
農家の介護と跡継ぎ産みマシーン兼牛馬の役目を堂々と表面に出してきた自称母の友人と言うオバハン
「あれは流石に断ったわよ。あんたに介護をさせたらうっかりで死なせそうだし」
「それは幼稚園児だった私をうっかり大人用プールに入れたあんただ」

「あ、博田ちゃん。物部さんから博田ちゃんに連絡が取れないって心配してたよ」
博物館に出勤すると受付さんが心配そうに走ってきた
「すみません、移動中はスマホ見ないので」
見れば着信とラインの嵐
「もしもし、すみません今気付きました」
またかかってきた電話に出る
『悪い博田!うちの娘が高熱を出して今病院にいる。嫁さんが帰ってくるまで付き添うから遅くなる』
「あ、それは大変ですね。ゆっくりで構いません」
『それで新しい警備員が派遣されるから俺が来るまで教えてやってくれ。研修と他の博物館での実績はあるから流れは把握している』
「ああ、外国人警備員を増やすって話ですね」
日本人警備員不足の昨今、外国人警備員をテスト的に増やすと言っていた
主に博物館やビルの警備に入れるとの事だった
「日本語は通じるらしいから問題はないだろうな」
警備員の審査は厳しい
全科は勿論、倫理観も問われる厳しい職場だ
その条件をクリア…
「あ、あなたが博田さんですか?」
警備の制服を着たビクビクオドオドした猫背の外国人男性が現れた
「はい。あなたが先輩の言っていた…」
「ジョンです。ジョン•マクレガー」
幸薄そうな名前だな
ついでに名前負け
「ジョンさん。博田です。宜しく」
ジャパニーズスタイルのお辞儀を交わす
「じゃあ仕事に入りましょうか」
臆病なネズミのようなジョンさん
「きゃあああーっ!」
「うるさいです」
特別展示のタイトルだけで悲鳴を上げた
「何なんですか。このおっかないタイトル!」

特別展 異常快楽殺人者達~人は何故ここまで残酷になれるのか~
オドロオドロしい背景に古今東西の殺人犯と使われた道具…のレプリカ
犠牲者の写真やイラスト
「悪趣味ですぅ…」
半泣きのジョンさん
まだメインが残っている
「あのですね…」
「これは実在する死の博物館の協力を得ています。メインはジョン•ウェイン•ゲイシーの手紙と絵画」
「キ…キャー!」
突然現れたもう1人の外国人にジョンさんが悲鳴を上げる
「誰だお前はー!」
これは私じゃなくてジョンさんが言う台詞なんだが
「すみません、驚かせて。アメリカの博物館から派遣されましたビルと申します」
「ああ、監修の方」
そう言えば監修の人が最終チェックをすると言ってたっけ
「悪趣味の極みですね」
「と言うかいい加減私にしがみつくの辞めて貰えます?セクハラで訴えんぞ」
ジョンが私の肩に指を食い込ませているからいてーわ
「古今東西の殺人鬼と言いますが日本て何かありましたっけ?」
平和なイメージしかない
「古くて明治時代ですね。津山の33人殺しの都井睦雄 (といむつお)。結核のせいで女性にフラれた男性による大量殺人です。映画八つ墓村のモデルとも言われています」
「何か聞いたことがあります。ドラマだったかな?松竹梅のおばあさんが出た」
「いえ、小梅と小竹のみです。双子でしたよ」
「ジョンさんお詳しいですね」
「他にもこの当時中学生だった犯人による児童連続殺傷事件。看護師の連続薬殺事件。保険金殺人に通り魔。最近は放火殺人で裁判が行われていますよね?」

何かビルさんの視線が心なしか冷たい
「ビルさんは博田さんの事をお馬鹿さんだと思っているようですね」
こっそりと話しかけてくるジョンをぶん殴りたい衝動に駆られた
殴りてえ
本気で殴りてえ
「この人はイラストだけなんですね。しかもアニメチック」
ほとんどが写真なのにこの殺人鬼はイラストで
「切り裂きジャック」
20世紀最大の謎
別名 ホワイトチャペルの殺人鬼 レザーエプロン
イギリス•ロンドンのホワイトチャペルとその周辺で、娼婦を殺した
殺害した人数はおろかその招待すら不明
全てが霧の中に隠された殺人鬼
「人体の解体技術から解剖学に詳しい人物とも言われます」
ビルさん無駄に詳しいな
まあ詳しくないとこんなイカれた展示なんて出来ないが
「色々な犯人説がありました。結局真相は闇の中です」
20世紀だなんて昔だとDNAを調べるなんてなかっただろうしね
「いやあああああーっ!」
また絹を引き裂く悲鳴が
「何ですか?虫でも出ました?」
正直イニシャルGから始まる虫だけは無理だけど
「怖い~!」
何かを指差し、内股で叫ぶジョンさん
「えー?虫は居ませんよ?」
一応電気を付けるも虫は居らず、同じモチーフの絵がズラリと並ぶ
「何ですかこのピエロのイラスト!怖すぎです!」
殺人鬼の描いたピエロのイラスト
有名なアニメ映画の小人と
子供達と一緒に描かれたピエロは不気味な笑顔で
「この絵画はキラークラウンの異名を持つ殺人鬼、ジョン•ウェイン•ゲイシーです」
「異名がある人が多いですね。こっちはミルウォーキーの食人鬼」
「そちらはジェフリー•ダーマー。共にシリアルキラーです」
「33人の少年を殺害した犯人です。慈善事業でピエロの格好をしていました。ホラー映画のモデルになった人物です」
「へー」
心なしか、ピエロの視線がこちらに向いている気がする
ジェフリー•ダーマーの顔写真もだ
「ピエロの赤は血を連想させる事からクラウンフォビア(道化恐怖症)と言う精神病もあるほどです」
「ピエロって怖いですよね」
ジョンさんは怖いもの多いな
と言うかあんたは何で怖がりなのに警備員やってんだ
「このピエロの絵は有名俳優が高額で競り落としました。これらは全部レプリカです」
「うえー!殺人鬼の描いた絵に高額で買い取るって悪趣味~!」
「ですよねー。言っても素人の絵にそこまで価値はなさそうですもん」
確かに今までの展示物に比べて特別感はない
「あー、私なら知り合いとか親戚の素人がこんなん描いたら上手ですね~って言います」
普通に上手いし
「これって美術のプロが見たらどう思うんでしょ?ねえ?ビルさん?」
ジョンさんがビルさんに話しかけると心なしかビルさんの顔つきが険しい
「お前達はこの芸術を理解出来ないのか?」
「あ、すみません。私美術に興味ないんです」
美術を知らなくても良いという条件で警備をしてるわけで
「折角博物館に勤めているのに勿体無いですね。この絵画に感じるものはなくても名画であれば感じるものがあります」
ハハハといかにもアメリカンな笑いかたのジョンさんに対して
「芸術のなんたるかも知らないとは…この猿共は…」
ピクピクと血管を浮かばせたビルさんの風貌変化に心の中で警鐘が鳴る
「ジョンさん、あの…」
話しかけようとした瞬間、胸ポケットの携帯が鳴る
「きゃあっ!」
「ジョンさんうるさい。ただの電話です。もしもし先輩?」
『もしもし、遅れてすまん。娘は嫁さんに任せた。今回の展示物の博物館から出向してきた職員も今着いたから一緒に向かう』
「…はい?」
今何て?
『だからアメリカの博物館から出向するっていっただろ?博物館職員のバッファロー•ビル』
「あの…せんぱ…」
ここにいるビルさんは誰?
と聞こうとした瞬間
「危ない!」
ジョンさんに押し倒された
「ジョンさん?」
思考が回らない
何が起きた?
ビルさん?の手に光るものは
「その顔から私が偽物だと分かったようだな」
氷のように冷たい眼差し
「立てますか?」
「あ、はい!」
腰の警棒に手を掛ける
武器を使った訓練は受けたが、実戦はまだだ
「博田さん、慣れない武器を使っても怪我をするか奪われるのみです」
美術品を傷つけないように広い場所に相手を追い込む

沢山のピエロに囲まれた部屋
「得意なのは柔道です」
靴を脱ぎ構えて見せる
「では僕が彼の武器を奪います」
『では陽動は我々に任せたまえ』
「…え?」

薄暗い室内をコツコツと靴の音が響く
この国は狩猟に向いた良い国だ
警備員ですら持っている武器はただの棒きれだ
しかも小柄な女とビビりの優男と言う何とも情けない組み合わせ
しかも俺の敬愛するゲイシーの絵を貶した馬鹿な猿共に生きる権利はない
以上の事から
「お前達は死刑対象だ!」
奴らが逃げ込んだゲイシーの部屋に飛び込むと
「ギャハハハ!」
「ハァッ!ハー!」
いきなり絵から飛び出したピエロ達が笑う
「何だ?これは」
トリックアートか?
CGか?
飛び出して来た画像にナイフを突き出す
画像はすり抜け、代わりに黒い蛇のようなものがおれの手の甲に叩き込まれる
「いてえ!」
細身の男がベルトで俺の手の甲を叩き、ナイフを落とさせた
「この!」
拾おうとした俺のナイフが蹴飛ばされ床を転がる
ナイフを追いかけた先には拳法の構えのチビ女
「どけええ!」
女を突き飛ばそうとしたが、足を軽く払われ、空振りに終わり女によって宙を舞い
「あんなに対格差があったのに!」
簡単に押さえ込まれた
「ジョンさん!ベルトで男の手首を拘束してください!」
ジョンさんがベルトで男の手首を拘束している隙に私も足首を押さえる
「すごいですねヤワラガール」
「体格差がある場合は浮いた時の足を狙うか、相手の勢いを利用する方法があります」
息を整え衣服の乱れを直す
「後少しで先輩達が…」
「ふざけるなっ!」
男が叫ぶ
最初の知的な印象は消え、ただの野蛮な人間に成り下がった
「何で!何でこの俺がこんな小さな女に負けるんだ!」
小さいは余計だが、体格と性別に油断していたのも原因だろう
「相手を見下していた。それが君の敗因だ」
ナイフを回収したジョンさんが見下ろす
「狩の相手には誰であろうと敬意を払い、全力で挑む」
『それが補食する側の礼儀だ』
絵画や写真から溢れだした人物は
「ダーマー、ゲイシー、ユナ•ボマー(爆弾魔)」
「君は私達には慣れない」
ナイフを弄ぶジョンさんの台詞に疑問を覚えたが、到着した先輩に警察を呼んでもらい、偽ビルは逮捕された
「あー疲れた」
何度も事情聴取してくる警察にうんざりしながら仕事を続ける
「まあ、俺としてはお前に怪我がなくて良かった」
「本当に。美術品は勿論大切ですが、人命に変わるものなしです」
ハンカチで汗を拭いながら心配そうに私を見る本物のビルさん
高身長の細身の彼は冷たい印象を持つが偽ビルより人間味がある
『本当に良かった』
『お嬢ちゃんに何かあったら我々の展示が中止になっちゃうからね』
『そうそう!折角の我々の舞台だし』
楽しそうに笑うシリアルキラー共に怒りがわく
「結局自分本位かい!」
拳を振り上げる私に
「彼らは自己顕示欲の塊ですから」
ジョンさんがドウドウと宥める
あたしゃ猛獣か!
「ぶるるるるっ」
『良い子だから落ち着いて。ね?』
流石にからかいすぎたと反省したピエロの1人も宥める
「あ、そういえばジョンさんありがとうございます」
我に返り、ジョンさんにお礼を言う
「いえ、僕は怖くて怖くて必死でした」
ジョンさんは相変わらずの低姿勢で
「それより博田、お前部外者を『2人』も入れるな」
先輩が発した言葉に再度身構える
「この人新人じゃないんですか?」
「新人のジョンは急病休みだ…うん?」
身構えた私の隣を先輩が呑気に歩いていく
「先輩?」
「危険です!その人は!」
本物のビルさんが悲鳴を上げる
「この人は俺達を傷つけない。でしょう?サー?」
「いいえ。僕はジャックです」
霧に包まれていくジョン…否
「ジャック•ザ•リッパー」
ジャックは霧と共に消え
『キャー!』
『いやっ!オバケー!』
「お前達が言うな!」
何故かピエロ達が悲鳴を上げた

翌日
「お昼のニュースです…」
昨日の連続通り魔逮捕のニュースが早速流れた
「これってあんたの仕事の日だったんでしょう?怖いわねぇー!」
他人事のような感想を述べる母
「うん。不審者がいたから避難して警察呼んでた」
「この犯人を捕まえたのってあんたの先輩なんでしょ?流石ねえ」
この犯人を捕まえたのは先輩にしてもらった
「女が大の男を捕まえた何て言ったら近所の人になんて言われるか分からないし、結婚まえなので」
先輩から詐欺並みと言われる演技力でか弱い乙女の振りをした
勿論、新聞等のインタビューでも
「怖くて隠れながら通報しました。もう怖くって」
とかわいこぶった

『君の手柄じゃないか』
ジョン…もといジャックさんにも言われたが
「この国では女がでしゃばると良い顔をしない風潮が残る場所が多いんです」
何より私は早く再就職をしたいんだから

「私としては通り魔が無事に逮捕されて、一生外に出さないで欲しいです」
「ああ、それは無理」
タバコ休憩から戻った先輩が話に加わる
『何で?あんな危険な犯罪者を野放しにするなんて!』
「あんたが言うな。日本の司法制度では外国人の犯罪者は母国に強制送還される。向こうの司法が判断するだろうけど、よくて1~2年の実刑。もしくは放免だな」
「自国で犯罪を起こした訳じゃないからそんなもんなんですね」
「まあ強制送還されたら日本には戻ってこないだろうしな」
無責任と言われそうだが、我々庶民が奴に関わるのはこれまでだ

3日後
留置場
「あの猿共め…」
癖になっている親指の爪を噛み続ける
シリアルキラーに憧れ、人を殺してきた
あのチビのような女もだ
無能な人間は俺の楽しみの為に俺に恐怖し、無様に死んでいくのが与えられた役目なのだ
「まあ良い。日本は俺を裁けない」
国際法で俺は母国に強制送還されるのみだ
母国に戻っても日本人の殺傷は大した罪に問われない
「しばらくは大人しくして…」
留置場から移動する時に逃げるのも悪くはない
どうせこの国の警官達では射殺出来ない
「実に都合の良い国だ」
『同感だ』
霧と共に現れた人影
「誰だお前は!」
『フロム•ヘル(地獄より)』
博物館にあったあのイラスト通りの人物
「ジャ…ジャック!」
『君のせいで私の心に火が着いてしまったじゃないか』
歯をむき出し、涎を流し、目を血走らせた男
「待て待て待て!あんたは娼婦専門だろう?俺は男で!」
『あー…関係ない。僕が殺したいのはなんの武器も持っていない哀れな生き物だ!』

翌日
「お疲れ様です。ってずいぶん賑やかですね」
博物館に出勤すると皆が大騒ぎをして、警官も何人も居た
「博田ちゃん大変なの!」
いつもの受付さんが私に抱きつく
「この間の通り魔が殺されたんだって!」
「はいいぃい~?」
警察の話によると、見回りの最中に通り魔が収容されている部屋から悲鳴が上がり、駆けつけると通り魔が死んでいるのが発見された
通り魔の体はナイフで刻まれ、血まみれだったと言う
更に
「どこを探しても死体の腎臓が見つからないんです」
腎臓と聞いて思わず特別展示室を見る
「確かジャック•ザ•リッパーもホワイトチャペルの自警団に人間の腎臓の半分を送っていたな」
先輩が嫌な事を言う
「大変です!展示物の1つが消えました!」
展示物の見守りをしていた職員が叫ぶ
「今度は盗難?」
思わず叫ぶ
「切り裂きジャックのポスターが消えました!」
嫌な偶然に、暑くもないのに汗が滲む
「切り裂きジャック?今回の展示にそんなものはありません」
不思議そうに学芸員が答える
「え?でも確かに…」
皆で展示を見に行くと、確かに切り裂きジャックの項目も、不自然なスペースもない
「他の展示物に変わりがないか確認します」
学芸員がそれぞれ確認するなか
『では、またの機会に。地獄より』
耳元で囁く声に

「その前に辞めてやる」

終わり

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