夜間警備11

今日も母は趣味の事実無根の噂話で盛り上がっていた

「近所のお店のお嫁さん。ほら、あんたの同級生の…」

「ああ、美人の奥さん」

近所のおばちゃん達の嫉妬を一身に浴びていた

本人はお洒落で挨拶もよくしてくれる

「あの奥さんね、浮気してるのよ」

こそこそと話す母の顔は嬉しそうでゲスいことこのうえない

「近所の人が見かけたんだけどね、スーツの旦那以外の男と一緒に歩いてたんだって。こんな近所の人がいるなかで堂々と!最近の若い人は!」

「客か身内の人じゃね?」

おばちゃんコミュニティは時にKGB張りの情報収集とデマを流しまくる能力に長けている

「だと思ってお姑さんに聞いてみたのよ!でもお姑さんたら用事を思いだしたって帰っちゃったのよ。お嫁さんが不倫なんかしてるのがばれたから恥ずかしくて逃げちゃったのねえ」

鼻息も荒く語る母

一体このあやふやな状況で何で自信満々に語れるのか

これもおばちゃんクオリティなのだろう

「どうでも良いけど根拠の無い話は他の人に言わない方が良いよ」

この母と近所のおばちゃん達の事だ

いろんな人に話しているだろう

「今の時代デマを流したら訴えられるよ?」

「まっ!大袈裟ねえ」

ケタケタと笑う母に溜め息をついた

縁を切りてえな

この母とももだが、あの仕事とも




「もう辞める!今日限りで辞める!」

明日から始まる展示物を見て辞めたい気持ちがMAXだ

「落ち着け。ほんの2週間の展示じゃないか」

先輩が飴で落ち着けようとする

「呪物と言い、今回の展示物と言い、ここの館長って何考えてんかわかんないんですけど」

「しーっ!まだ館長がいる」

スーツ姿の人物が視界に入り、慌てて口を塞ぐ

「今回の展示物はミイラの時と同じで海外の会社が関わっているからな。何かあったら国際問題だ」

「プレッシャーをかけないでくださいよ」

ただでさえ怪異を呼び寄せる先輩が一緒でこんなデリケートなものの警備だなんて…

「狂ってやがる…」

「あの~…何か不穏な言葉が飛び交っているようですが…」

スーツ姿の貧弱なおっさんが不安そうにやってきた

「どなたですか?」

「今回の展示物の会社のマネジメントをされている方だ。デザイン配置よ警備の様子の最終チェックをされる」

つまり今夜はこのおっさんも一緒なのか

「展示物は大変デリケートなので現地で確認しないと」

何処の国でもサラリーマンは大変だ

特別展示室に入る

「うひいぃいいい~!」

「面白い悲鳴を上げるな。笑っちゃうだろ」

「怖いんですよ!…っひひょぇええ~ん!」

つい後ろを振り返ってしまい悲鳴を上げる

「あの…お化け屋敷じゃないんですけど。後この方々には敬意を払っていただけますか?医学の発展のために献体に希望してくださったんですから」

おっさんに注意されるも

「どう見てもふざけているかお化け屋敷…」

文字通り一皮剥けた物やスライスされた人体

内蔵だけが展示されているもの

中にはお腹に赤ちゃんが入っている女性もいる

「人体の仕組みを見よう展だからな。献体を特殊な樹脂で固めて半永久的に保存できるようにしたんだ」

「だからと言ってこんな格好させなくても」

モデルの様なポーズを取らされていても顔の皮が剥がれている

「うー…って喫煙者の肺ってこんなに黒くなるんですね。先輩も喫煙のし過ぎに気を付けてくださいね」

休憩の度にスパスパしていて不健康だ

「余計なお世話だ」

「こっちは心肥大。こんなにおっきくなるんですね。うちの父が高コレステロールだから心配なんですよね~!」

「博田、その喋り方井戸端会議をしているマダムみたいだぞ。しかも悪口大好き系」

「彼女の将来が不安ですね」

本人を目の前にしてヒソヒソ話すな

十分聞こえとるわ

「まあ、博田さんのようにこうやって健康について話し合う機会になってくれればと思います」

「だな。勉強になるし」

さっきの真っ黒な肺を無視して男性の裸をジロジロと見ている先輩

「はー…こうやって見せたくない部分を見せられるって嫌だな」

だったら見るな

とは思う

心なしか男性の頬が赤い

「先輩、あんまりジロジロ見ちゃダメですよ。恥ずかしがって…ん?」

顔が赤い?

見上げると血の気の無い男性

「あれ?」

気のせいだろうか?

「大丈夫か?お前」

心配そうな先輩

「ええ、まあ。母の毒気にやられたかな?」

「気分が悪くなったら休めよ」

「はい…えっ?」

男性の裸の先にあったのは妊婦の断面図

お腹の胎児までいて

「可哀想に。妊娠中に病死だなんて」

胎児も人間の形で

「親族はショックですよね」

「だな。俺も嫁さんが妊娠中に死んだら泣く。妊娠中でなくても泣く」

「私もです。娘が死んだら泣きます」

3人でしんみりとしていると

カタッ

何かが動く音がした

カタッ

カタッ

カタカタカタッ

「地震?」

辺りを見渡すも物が動いている様子もなく、地面が揺れている感覚もない

「まさか…」

見上げると妊婦だけが小刻みに震えている

「せせせせ…せんぱぁい…」

震える声で指差すも

「ケケケ…」

「笑うな!」

「献体様を指差すんじゃない!そんなわけ無いじゃろ…」

先輩の喋り方がおかしくなってる

「先輩もしかしてお化け…」

「言うな!」

この人も苦手なものってあったのか

モノノケ先輩とか呼ばれてるのに

「はぁ~!ニャムニャムニャム!」

おっさんは何かニャムニャムお経みたいなの唱えてる

「おおお落ち着いて!ここはお化け専門家!えーと霊媒師の!ニャムニャム!」

「潮来な」

おっさんのニャムニャムが移った

「そう!潮来さん!潮来さんに除霊…」

「呼びました?」

「ぎゃあああああっ!」

何でここにいる?

「お前…ストーカ…」

先輩も震えてる

「違います。県に提出する書類に不備があって訂正していました」

ストーカーは確かに思った

それより何より

「ちょっとロッカーに行って来ます」

「おう、ごゆっくり」

慣れたなこのやり取り

「えっ?1人で大丈夫ですか?入り口まで着いていきましょうか?」

「結構です。着替えてくるだけです」

「えっ?あっ?汗かいたんですか?」

何故かしつこく聞いてくる潮来さんを先輩が羽交い締めにしていた

潮来!空気読めやっ!





「着替えて来ました」

ついでにトイレも行ってきた

「あの…色々とすみませんでした」

先輩に叱られたのかしょんぼりした潮来さんがいた

「僕6つ下の妹がいて、面倒見ていたので恥ずかしいことじゃないですから」

「十分恥ずかしいわっ!あんたにデリカシーはないのか!」

思わず襟首を掴んだ

源さんにもやったらこいつ絞める

落とす

「己は人の話を聞いてなかったのか!」

先輩が代わりに絞めてくれた

おっさんは聞こえないふりをしている

「先輩落としちゃダメですよ。潮来さんにコックリさんをして貰わないといけません」

「コックリさん?」

「降霊術だろ。この妊婦が動き出して…」

カタカタ震え続ける妊婦を見上げ、潮来さんは床に座り込み数珠を取り出した

「確かに訴えたいことがあるようです」

軽く瞳を閉じ、経のような物を唱え始める

「…ぅ…ぉ…」

僅かな呻き声と共に霊が潮来さんの口を借りて喋り始めるも

「…何て?」

潮来さんとは違う女の声だが、外国語で理解不能だ

「先輩、分かりますか?」

「俺が分かるわけ無いだろ。あ、あなたは?どうしました?顔色が悪いですよ?」

おっさんはガタガタと震えながら、ハンカチで何度も汗をふく

しかも外国語でぶつぶつ呟いている

「大丈夫ですか?彼女は何て言ってるんですか?」

先輩が語気も荒くおっさんに声をかける

「はっ!はあっ!彼女は行方不明になっている社長秘書です…」

おっさん曰く社長秘書は秘書以外にも愛人もしていて社長の子供を身籠ったと言う

「彼女は社長に妊娠を社長に伝えたが、運悪く社長婦人にもバレた」

社長婦人は愛人を誘拐し

「麻酔で眠らせ、血液を抜き…はあっ!はあっ!」

肩で息をし

「ふぅっ!樹脂を流し込んだと…」

つまり彼女は生きたまま加工された

「こんな…こんな…あり得ない…」

フラフラとおっさんは展示室を出る

「一旦国に戻ります…社長…いや警察に…」

おっさんが出ていった後、潮来さんが正気に戻る

潮来さんも汗をびっしょりとかき、心なしか震えている

「潮来さん…実は…」

「知っています。言葉は分からないけど映像で見ました。館長に連絡をこれは犯罪です」

「でもどう説明する?幽霊に教えて貰った何て誰も信じない」

険しい表情の先輩

潮来さんも俯いている

「あの人が国に帰って上手く警察に駆け込んでくれたら良いのですが…」

それを信じるしかないが

「仕事…始まったばかりなんですよね私達」

「頑張ろう。明けたら肉を食おう!兎に角元気を出さないと…」

食えるか!





3日後

「ちょっと大変!大変!あんたの同級生が離婚したって」

「え?まさか本当に奥さん浮気してたの?」

あんなことあがあった後での不倫ネタ連発はきつい

「それが浮気してたのあんたの同級生…」

奥さんが連れていたのは弁護士だったらしい

「お姑さんが言えないわけだわ…まさか息子が浮気だものね」

先日のトーンからダダ下がりの母

まあ子供の頃からの知っている人物が不倫をしていたからショックだろう

「美人の奥さんを貰ったからおかしくなっちゃったのかしら」

やはり相手をディスるのは忘れない



夕方に博物館に出勤するとこちらも大騒ぎだった

梱包された荷物が次々とトラックに運ばれる

「あっ!博田さん!」

青ざめた源さんがこちらに向かって走ってきた

「大変です!今日から公開予定の特別展示ですが、殺人事件の被害者が混じっていたんです!」

源さんが見せてくれたニュース動画

「会社の社長の愛人が社長婦人によって殺害され、展示物として日本の博物館に貸し出されていました。この事件はこの会社に勤めるオサーン氏の告発により発覚しました」

あのおっさんちゃんと国に帰ってたんだ

ホッとしたが

「尚、オサーン氏はこの告発後、家族共に行方をくらましており、当局はオサーン氏達の行方を同じく行方不明の社長婦人と同時進行で捜索中です」

まさか…

まさか…

「博田さん?」

心配そうな源さんに

「ちょっとトイレに行ってきます」

フラフラしながらトイレに向かう

「あっ!着替え持ってきますね!」

何故か源さんがジャージを持ってきた

「…えっ?」

「潮来君が博田さんは良く着替えているから予備があった方が良いと。私のお古ですが」

「潮来ぉーっ!」



やっぱりこんな仕事何か辞めてやる!

その前に潮来を落ちるまで絞める!




終わり


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