見出し画像

夜間警備番外編 岡山激闘編

岡山県
通称晴れの国と言われる我が県は日照時間が多く、温暖な気候となっている
有名な観光地は倉敷市
綺麗に整備されたたレトロな建築物が並ぶ美観地区は観光客も多い
そして岡山の特徴の1つに桃太郎伝説がある
桃太郎の鬼退治の原型となった話
4世紀頃、大和朝廷に仇なす鬼温羅(うら)を吉備津彦命が部下と共に退治した
しかし、退治され、首を跳ねられた温羅は生きていた
怨嗟の咆哮を続ける温羅の生首を犬に食わせ骸骨にするもその首は吠え続け、竈殿の下に埋めても声は出続けた
そして温羅の霊は吉備津彦命の夢枕に現れ
「阿曽郷(あそごう)の阿曽媛(あそひめ)にこの釜の御饌(みけ。神への供物)を炊かせよ。それで吉凶を占おう。吉であれば俗に鳴り、凶であれば荒らかに鳴る。命は世を捨て霊神となれ。我は一の使者になって市民に賞罰を与えん」
吉備津彦命は温羅のお告げ通りにすると声は収まった

それから今もその釜は鳴り、鳴釜神事は行われている
阿曽女とよばれる巫女による神事
釜のなる音により吉凶が表される
江戸時代の物語集である上田秋成の雨月物語にもあり
神事で凶が出たにも関わらずその結果を無視したために起きた悲劇が書かれている
そして現代は岡山駅にお供を連れた桃太郎の像
温羅が住んでいたとされる鬼の城がある
そんな岡山の美術館で私岡田と先輩である山城は夜間警備をしている
「今日から修羅の国警備の本社から監査が来るけれどいつも通りにしておいてね」
出勤してすぐにそんな申し送りがされた
「え?カチコミですか?」
「どんな反社会勢力だよ。普通に警備会社の社員が来るだけだよ。昼間の方は終わったから外は夜間だけなんだよ」
修羅の国
九州に実在するという戦闘民族が住むという伝説の地
ロケットランチャーや手榴弾が地面から生え、ヤクザが常に抗争をしているとか
住民も生まれながらに歴戦の猛者と聞く
「そんな人が殴り込みって。うちの社は何をしたんですか?」
恐る恐る先輩に聞いてみる
「殴り込みじゃない。それに今回監査に来ている物部は俺の知り合いだから。普通の好青年だ」
とは言われたが
時間になってきたのは
「ぐるるるるるるぅ‥」
鬼のように唸り声を上げるならず者だった
「ちょっと先輩!何か前科3犯みたいな人が来てますけど!違う人が来たんじゃないですか?」
修羅の国警備保障は殺人犯でも受け入れるのだろうか?
犯人には人権は不要だとでも?
「いや、彼が物部君だ。久しぶりだな」
先輩は普通に挨拶をしている
「彼女は俺の後輩の岡田さんだ」
「初めまして岡田です」
勤めて明るく挨拶をしたが
「どうも。修羅の国警備保障、修羅の国本社博物館警備部門リーダーの物部です」
唸るような声をあげ頭を下げる
(恐い恐い恐い恐い恐い‥)
人間というものはこんなにも恐い物かと身が震える
「寒いのですか?山城さん、彼女震えてますよ?」
「あ、ごめん。俺が暑くて温度さげてた」
先輩が空調を調整するがそういう問題ではない
この前科4犯の男が怖いのだ
「先輩、あの人のどこが好青年なんですか。どうみても前科5犯はいってます」
こちらを睨みつける物部さんは獲物を探しているようで
「数増えてない?普段はもっと愛想が良いんだけど機嫌が悪そうだな。便秘かな?」
山城先輩に訴えても見当違いの答えが返ってくる
「それより巡視の時間ではないですか?俺の存在は気にせずにいつも通りでお願いします」
眼球を震わせこちらを監視する前科6犯の迫力に背中に冷たいものが流れる
「そうだな。ではいつも通りに」
山城先輩と一緒に歩く中後ろから凶器を隠した雰囲気の物部さん
「この美術館では現在では吉備津神社の秘宝展があっている」
「吉備津神社か。ポスターで見たが面白そうだな」
昼間は主に展示室の外での警備状況の監査だったそうで
「物部は相変わらず美術品好きなんだな」
笑いながら先輩が答える
「ああ。不慮の事故‥」
「に見せかけた殺人?」
それで前科7犯になったんだ
「なんでだ。学芸員だった時に美術品の修復をしていたのに置き場所が悪くて茶碗が欠けて叱られた。それ以来学芸員の道を閉ざされた」
それはあんたが悪いだろう
そう言いかけたがやめた 
「あいつは通称モノノケ君。あいつは無機物を動かす能力があるんだ。うちの美術品も気をつけてつけないと動き出すかもな」
「え?殺人とかでなく?」
「なんでだ。うちの会社は流石に犯罪者は雇わないぞ。クライアントとの信用問題になる」
怪訝な表情の先輩だが、私には分かる
あの人はまだ捕まってないだけで前科8犯だろう
「うん?」
突然物部さんが声を上げる
しかも表情はさらに険しさが増している
眉間に皺を寄せ歯を食いしばる
「何も聞こえませんが?」
平静を装い答える
するとさらに険しい表情になる
「聞こえるってほら。弦楽器の音」
ああ、この人に逆らっちゃダメだ
幻聴でもいうことを聞いてあげないと
「いや本当に聞こえる」
山城先輩も応える
物部さんに付き合って上げているのかなと思った私の耳にも聞こえてきた
楽しそうな楽器の音
「ここに楽器はあるのか?」
「ある。吉備津神社から借りた大事な楽器類だ」
もしかしたら窃盗犯?
だとしたら大変なことになる
私達は急いで現場に行くと
「なんじゃこりゃあああー!」
「岡田、声がでかい」
飾られていた弦楽器達に棘のついた手足が生え、踊っている
「モノノケのせいだな」
山城先輩は至って冷静で
「古い楽器にも魂が宿るっていうしな。これが付喪神か」
物部さんはのんびりと眺めていた
しかも心なしか表情が穏やかだ
「しかしあまり暴れられても困るな」
山城先輩が首にぶら下げていた笛を鳴らし、交通整備のようにリズミカルに整列させる
「本当にもう。モノノケ君たら」
「モノノケじゃねえ」

一旦控え室に戻り、報告書を書く
「あ、椅子も用意したから座って。お前も監査の書類書かなきゃだろ?」
先輩が物部さんに椅子を進めると
「あ、座布団貸してくれる?」
物部さんが座布団を要求した
「じゃあこれ使えよ」
借りた座布団を椅子の上に乗せ、そこから後ろを確認しながら恐る恐る腰を下ろす
「どうしたんでしょうか?もしかして修羅の国だと椅子に暗器(隠し武器)を仕込まれるとか?」
「どんな世界だよ。普通にけつでも痛めたんじゃね?」
「どうゆうシチュエーションです‥ハッ!」
これは久しぶりに出会った恋人同士(山城先輩と物部さん)が昨日は熱い一夜をともにしたとか?
もしくは修羅の国のハッテン場で危険なメイクラブ
「山城、あの子なんかさっきからぶつぶつ言っているけど大丈夫?変なお薬とかやってないだろうな?」
「失礼な。ちょっと妄想癖がある年頃の娘さんだ」
「急に鼻息が荒くなったり、ニヤニヤしているから情緒不安定だなとは思ったけど妄想癖なら大丈夫だな」
さりげに悪口が囁かれた気がしたが、報告書が出来たので巡視を再開した

「吉備津の釜も借りたのか?すごいな」
メイン展示であり、体験コーナでもある吉備津の釜の展示
「これはレプリカだ。実際の鳴釜神事の際の音も録音してあって7つのパターンでランダムに鳴るんだ
今はスイッチを切ってあるが、湯気の演出もあり、雰囲気を楽しめるようになっている
「時間があったら行きたい神社なんだよな」
「ちょっと遠いもんな。電車の駅から降りて徒歩10分以上はかかるし、電車の本数も少ないし」
薄暗い中に佇む釜は昔の調理器具とはいえ不気味な様相で
「阿曽女の人形まで置いてあるなんて本格的だな」
割烹着姿の中高年の女性がいつの間にか居た
「いや、阿曽女はいなかったはずだ!」
山城先輩の声に緊張が走る
阿曽女らしき女性はこちらを見て頭を下げる
「あなた方の運勢は」
釜の蓋を開け、御饌を入れる

ゴォオオオオオオオー
途端に唸り声が上がる
これは録音した釜の音ではない
血の底から上がる唸り声
「岡田さん、ここは山城に任せて逃げろ」
私を庇うようにしていた物部さんが急にうずくまった
「え?物部さん大丈夫ですか?」
腕を伸ばした私に
「今尻にきた」
物部さんが呻く
「ナニが?」
その瞬間ズンッとしたから突き上げるような振動が上がる
「山城先輩?」
山城先輩の背が伸び、隆々とした筋肉が盛り上がってくる
「よくも我妻、我が釜を侮辱したな」
山城先輩の頭には牛の角のようなものが現れ、阿曽女らしき人物ともう一匹の釜に目と腕が生えた生えた生き物を捕まえる
「この土地に眠る付喪神か。よくもふざけた真似を‥」
先輩もお怒りのようだったが
「しりぃいいいいいいいい!」
鬼より怖い咆哮が上がった
「も‥もののべきゅん?」
ビクビクとした鬼の山城先輩が物部さんを見る
「俺は!昨日!階段から落ちて尻が痛え!」
この物部さんの顔は前科100犯を超えた
「なのにドスドス音を立てんじゃねえ!響くだろうが!」
「ごめんなさい」
物部さんの怒声に付喪神も鬼の山城先輩も正座して謝罪した
こうして監査も無事に終わり
物部さんのお尻は痛み止めと湿布でなんとか乗り切った
「なんというか年頃の娘さんの前で尻を連呼してしてすみません」
ようやく前科8犯に戻った物部さんか菓子折りとともに挨拶をしにきた
「いえ、こちらこそ山城先輩が失礼しました」
山城先輩とともに受け取る
「伝説によると温羅の身長は約2メートル40センチとか」
「正体は普通に人間だからそんなにデカくはないけどね」
山城先輩は困ったように笑う
「温羅って人間なんですね」
「正確には朝鮮人だ。百済の元王だったそうだ。日本に渡って製鉄技術を伝えたけれど、時の大和朝廷が戦争を仕掛けると疑って兵を差し向けた」
「へー」
「これが今も残る鬼伝説だ。全国にも似たような話はわんさかある。というか地元民何んだから覚えておきなさい」
物部さんに同調するように山城先輩も頷く

「今度は修羅の国にも遊びに来てくれ。美味しいものがいっぱいあるから」
そう言って物部さんは新幹線に乗って修羅の国へ戻って行った


それから5年後
私は結婚したが今も夜間警備の仕事は続けている
なんだかんだで短気ですぐに鬼化する先輩と一緒に組めるのは私だけだから

そしてモノノケ体質が災いして中々コンビが組めない物部さんにも仕事上のパートナーが出来たらしい
通称ミニゴリラと呼ばれる猛女らしい
「そろそろ彼方に連絡しないとな」
電話をかける
『はい、修羅の国危険地帯博物館警備部です』
若い女性の声
きっと彼女が噂のミニゴリラ‥もとい博田さんだろう
「お世話になります。修羅の国警備会社岡山支部の岡田と申します。明日からの展示会『晴れの国の鬼展』について物部さんにお伝えしたいことがあります。物部さんはいらっしゃいますでしょうか?」
『あー、物部ですか?』
言い淀む博田さん
『実は先程階段から落ちて尻を強く打って病院に搬送されている最中です』
遠くから
「しりぃいいいいいー!」
という声が聞こえている
「ではこうお伝えください。明日からうちの先輩がお邪魔しますのでよろしくお願いしますと」
電話を切り、1人笑う
「また前科62犯くらいの顔で迎えられるんだろうな」
あの時の顔におびえきった先輩達の顔を思い出す
「辞めるなんて言っちゃ嫌ですよ」



終わり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?