夜間警備12

4月1日
エイプリルフール
この日だけは人を傷付けない嘘を付いても良いとされる
日本でも昨今色んな業種によるフェイク画像や動画配信で盛り上がっている
そしてここ博物館でも
「エイプリルフール企画ですか」
「ああ。博物館での合同企画だ。展示物の一部を入れ替え遊び心満載…」
「そのふざけた企画のせいで我々は苦労してます!」
荷物搬入するスタッフの悲鳴が上がる
見知らぬ人達が居るが他の博物館のスタッフだろう
「展示はいかに美術品を綺麗に見せるか。テーマに合わせた飾りも含めて綿密に打ち合わせをしたんです。しかもレプリカとは言え、他の博物館のレンタルだから傷が付いても怖い」
「誰ですか?そんなふざけた企画を立てたの」
「相変わらずの館長だよ。あの人文科省からの天下り役人だからな。現場の努力を知らないんだ」
「うわぁ…妖怪アマクダリィ…」
「面白いニックネームを付けるな。会ったら笑っちゃうだろ」
運び込まれる荷物は随分と大きな物で
先ほど運ばれていった展示物と入れ替わりに設置される
「随分とでかいものが運ばれましたね」
「ああ。小物も入れ替えたがメインはこれだな」
人型をした鉄の塊のようなもの
顔の部分には穏やかな少女
「海外の宮殿のオブジェですか?ロシア系?あ!イギリスの元…」
「惜しい。鉄の女じゃなくて鉄の処女だ」
「聞いたことあるな」
「中を見れば分かります」
潮来君が少女の胸の間に手を掛け開く
キキ…とプラスチックらしい微かな音を立て、中が見える
無数のトゲが生えたそれは
「拷問器具…」
「これはスポンジです。中に入って楽しめるようにしています」
「鉄の処女はハンガリーの伯爵夫人エリザベート•バートリーが使用したと言う伝説がある」
物部先輩が指した絵画
高貴なドレス姿の女性
「別名血の伯爵夫人。処女の血に若返り効果が有ると思い込んだエリザベートが女性達を殺してその血を浴びていた。それに使われていたのがこれだ」
「まあ、本当は使用されていないと言う昨今の学説です」
潮来君がさらに説明する
「詳しいですね」
「かなり有名な話です」
「ああ。マニア向けなんですね」
悪趣味だ
「後明日限定の展示物にこういう面白い物もあります」
源さんが案内してくれた特設コーナー
可愛らしい小鳥のオブジェが飾られていた
「可愛いですね。雀?にしては色が違う…あっ!ウグイス?」
「ウグイスは緑です」
「アホの子め…」
黒い頭に灰色の体
頬から喉に掛けて鮮やかな紅色
「これはウソと言う鳥です。某有名神社で毎年1月7日に行われるウソかえ神事にも使われています。ウソかえ神事は去年の悪い出来事を全部嘘だったとウソの人形を他人と取り替えます」
「へー詳しいですね。学校の先生みたい」
「そんなこと無いです」
源さんは頬を赤らめはにかむ
可愛ええ
キス事件から少しの間ギスギスしていたが、挨拶だけは忘れずにやっていたお陰で普通に会話も出来るようになった
天然だが黒髪ロン毛の清楚なメガネ美女で、しかも胸がデカイ
どこの美少女ゲームの優等生だよ
と言う感じ
しかもモデルのように背が高い
低身長で低パイ天パの三大悪の私から見たら羨ましい限りだ
こんな子に好かれた潮来君が羨ましい
いや、潮来君も髪型を変えればイケメンの類いだ
くっ付け2人!
私の目の保養の為に
「あの…博田さん?気分でも悪いんですか?」
目の前に不意に現れる美女
「あ、源さん。元気です。もう元気モリモリ」
「さっきからパイアール…アールパイってブツブツと呟いていて…ちょっと不気味です」
潮来君も恐る恐る覗き込んでくる
「大丈夫です。この肖像画の人プロポーションが良いなと思ってしかも胸デカ…」
これ見よがしに胸を強調しやがって
「身長も高いし、羨ましすぐる…」
「背は小さい方が可愛いですよ」
源さんが慰めてくれる
優しい
「僕も博田さんの控えめな全身は可愛いと思います!」
ちょい黙れ潮来
「お前は黙れ…」
先輩が潮来君を引っ張って何処かへ行く
「設置も終わりましたし、私も帰ります」
引っ張られていく潮来君を眺めていた源さんが我に返り、挨拶する
「あ、はい。お疲れさま…」
「ちょうだぃ…」
「え?博田さん?何か要りますか?」
源さんが急に振りかえる
「私は特に…あっ!」
急にひんやりとした空気が漂う
「まさか…まさか…」
妙に慣れたこの感覚は…
「処女の血をちょうだい…」
肖像画から色白の女
エリザベート•バートリーが現れた

1時間前
「あった!これだ!」
嘘替え神事の真似事にしか過ぎないおまじない道具
しかし前回の呪いは効いたから今回もきっと効く筈だ
「今回は嘘を本当にするって言ってたから潮来きゅんと…デュフフフ…」
思わず涎を垂らすも
「いけない!いけない!私は人妻でしかも潮来きゅんを見守る会会長!決して下品な下心で動いている訳じゃない!」
そう
奥手な彼を母の愛で包むがごとく見守っていくのだ
そのために
「あの卑しきミニゴリラ博田を…」
紙を手に取り嘘を書いた
「肖像画と拷問器具は偽物」

「あれ偽物でしたよね!」
現れたエリザベートと頭に頭巾を被った腰に布を巻いた半裸の男達
そしてガチガチと重い鉄の音を立てるプラスチックの張りぼての筈の鉄の処女
「処女の血私に捧げよ!」
エリザベートの命令により半裸の男が源さんを捕らえる
「源さん!」
鉄の処女に引きずられていく源さんを捕まえた男は源さんの首に鎖付きの首輪を装着し鉄の処女にセットすると鎖が巻き取られていく
「より良い血液採取のためには恐怖で血液を固定しないとねえ?」
ジリジリと引きずられる源さんは悲鳴を上げ、逃げようともがくも鎖は機械のようにスピードは一定で
「んぎぎぎぃ~!」
後ろから源さんを押さえ、鎖の進行を押さえようとする
しかし鎖は相変わらず動きを止めない
「博田さん!このままじゃ博田さんが巻き込まれます!逃げて!」
悲鳴を上げる源さんだが
「見捨てられるか!」
こんな奴等に無惨に殺されてたまるか!
迫り来る長針に汗が滲む
こういう時に限って居ないなんて
「あんの役立たず共ー!」

「先輩何で怒っているんですか?」
つまみ出した筈の潮来が何故か戻ってきていてしきりに話しかけてくる
「やかましい!お前のデリカシーの無さにビックリだわ」
「先輩程じゃありません」
「博田に殺される前に帰れ!お前明日も仕事だろ?」
「嫌です。博田さんが気分を害されたままなんて。ちゃんと謝罪します」
「殺されても文句を言うなよ…と…」
嘘替え神事の前で立ち止まる
「おいおい…行事は明日だぞ?」
気の早い誰かが紙に書いていて
「肖像画と拷問器具は偽物?マニアでも居るのか?」
そんなものが具現化してたまるか
紙をビリビリに破る
「用事がすんだらさっさと帰れよ」
特別展示室に戻ると…

「ぐぐぐぐぐ…」
迫り来る針がチクチクと当たる
死ぬ
本当に死ぬ
死を覚悟したその時
ピタッ
いきなり鎖が止まった
「え?」
振り返るとあんなに尖っていた針もふにゃりとしたスポンジに変わっており、源さんの首輪も消滅
エリザベートはすました表情で絵画に収まっていた
「た…助かった…」
2人で抱き合いため息をつく
「それにしても何でこんなことに?」
私に抱きついたまま源さんが不思議そうに聞いてくる
「源さん…密着すごい…」
でも服越しでも胸の感触が伝わる
こりゃあおっぱい星人共を叱れない
気持ちいい感触
「あっ!すみません!苦しかったでしょう」
「いえ天国です」
思わず口走ったが相手は聞こえていない
「それにしてもどうしてこんなことに?」
てか源さんが私をぎゅっとしたまま離してくれない
私は抱き枕か何かだろうかだが冷えきったこの空間では人の温もりはありがたい
なんて思ってたけど
「お前ら何やってんの?」
先輩の冷めた声に我に返った

「全く、とんでもない事を考える奴がいるもんだ」
無駄な時間を使ったと先輩がボヤく
「博田さん1人で警備の見回りだったら心配です」
柔道の有段者とはいえ、博田さんは女性だ
彼女が敵わない相手に苦戦していたら
「博田さんが怪我なんかしたら先輩のせいです」
「俺のせいにするな!」
イベント用に展示を変えたスペースに行くと
「え…」
「これは…」
博田さんと源さんが抱き合っていた

「女性ってスキンシップが強いけどこれもスキンシップの一種ですよね?」
自分の声が震える
博田さんが男と抱き合っているより衝撃を受けた
心臓がバクバクしている
何で?
何で何で何で?
胸の鼓動が治まらない
兎に角博田さんに近づいている人間に嫉妬が止まらないや人間以外もそうなる自信がある
こんな気持ちは初めてだ
「博田さん!」
「はっ!はい!」
思わず叫んでしまった
心なしか博田さんの声も上ずってる
でも今この気持ちを伝えないと

「博田さんが好きです!付きあってください!」

「博田さん!」
勢い良く駆け込んできた潮来君の声に展示物が揺れる
嘘!こんなにデリケートなの?
壊れるの?
壊れたら潮来のせいだよね?
思考停止する間もなく潮来がたたみかける
「博田さんが好きです!付きあっってください!」
「………は?」
思わず素になった
何をとち狂ってる?
すぐ近くにこんな美女(源)がいるじゃないか
お前の目は節穴か?
そもそもこんな場面で愛の告白って
「バカなの?」
先輩以外に被り続けた猫の皮も剥がれるわ
「いえ…あの…」
急にしどろもどろになった潮来の代わりに先輩が携帯の待受を見せてくれた

安定の女性と幼女の写真

ではなく日付け

4月1日午前0時ちょこっと過ぎ
「エイプリルフール…」
そんなふざけた嘘を付いたと
「最低…」
ぼそりと源さんも呟く
「最低ですね潮来さん」
怒りを抑警備室に戻った

「先輩ひどいです!」
泣きわめく潮来に桜餅を突っ込む
「うるせえ。てか告白してんじゃねえ」
源の気持ちも考えやがれ
常に後輩達の気持ちを考えたら簡単に告白などと言うものは認められない
ましてや
「結婚に先走りそうな博田が食いつかない訳無いだろうが」
兎に角後進が決まらない今

この未知の気持ちが収まらない

「博田さん辞めないで」

終わり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?