夜間警備4

「今日も見付からねえ…」

ハロワの条件に何度目かのため息を吐く

ネットの求人情報も当てにならないものばかりで

「アットホームな会社ってブラック企業の謳い文句だよね」

そう言えば前に働いていた化粧品売り場もアットホームな職場環境が売りだった

求人を見ればどれもこれもネットで騒がれたブラック企業ばかり

公共機関なのにブラック企業の手先か

心の中で呟きバイト先に向かった



「おはようございます…先輩?」

警備室には前回カエル達の女神様として絵に戻ったはずの先輩がいた

「お前この間はよくも俺を見捨てていったな」

恨めしげな先輩に

「だって就業時間終わってたし」

至極全うな答えを返したが

「あの後大変だったんだぞ。絵に引きずり込まれる前に帽子が取れて、奴らの関心がなくなったから開放されたんだ」

「昔の歌にあったじゃないですか。大好きな絵に閉じ込められたって。大好きな絵なら本望でしょう」

「生憎俺は前回の件でカエルが大っ嫌いになったわ」

「カエルカワイソ…」

きっと彼らは女神の降臨に歓喜しただろうに

色々と考えながら側においてあったパンフレットを眺める

「生き人形?」

新しく始まった展示に不穏な名前を発見する

「これって例の…I川…」

「違う。関係者が何人も亡くなった怪異じゃない。超絶技巧の方だ」

超絶技巧

主に明治に海外向けに作られた美術品

本物そっくりな生き物や植物を象牙や金属を加工し、作り上げる

繊細な技術力を持つ日本人ならではの名品

「今回のメイン展示の生き人形もそうだ。有名なのは安本亀八と松本喜三郎だ」

本物の人毛で植毛された髪やまつ毛が生々しく、表情もまるで生きている人形のようで

「海外の美術館からも借りているからな要注意だ」

「はーい」

先を歩く先輩についていくと

「こんばんは」

おかっぱ頭の朱色の柄物の着物を着た女の子がはにかみながら話しかけてきた

時刻を見れば閉館時間も過ぎている

しかも着物姿と言うことは…

「いつもの美術品か」

特に害もなさそうだし、笑いかける

「こんばんは。素敵なお着物だね」

着物は詳しくはないが、彼女に良く似合う

「ありがとう。お母さんが縫ってくれたの」

着物を誉めると彼女は嬉しそうに笑う

「そうなんだ。良いお母さんだね」

「うん!」

可愛い笑顔にこちらも自然と笑顔になる

「おーい!何やってんだ?」

先輩に呼ばれ

「じゃあまた」

手を振る

後でお菓子を持っていってあげよう



「お前誰と話してたんだ?」

「え?今…」

彼女がいた方向を指しても誰もおらず

「まあ良いけど」

先輩は特に気にした様子もなく進んでいく

「え?ナマモノ?」

ケースに入った陶器をよじ登るカニ

「これは陶器だ。本物そっくりな作品だっていっただろ」

呆れる先輩の後ろでカニが陶器を登っていき

縁のところでひっくり返り、じたばたともがく

「ひっくり返ってますけど」

「気にするな。どうせ朝には戻る」

自在置物と呼ばれる技巧の伊勢海老も元気に蠢いていて

「何かキモッ!でも本物なら嬉しい」

全部本物なら喜んで持って帰りたい

それほどまでにリアルなのだ

「俺だって本物なら…って考えるわ。それより今から気合い入れてけよ」

先輩が緊張した面持ちで話す

「ここからが生き人形ブースだ」

息をのみ、展示場に入ると…

沸き上がる熱狂と熱気

「どうしたんですか?」

「相撲観戦中だ」

老若男女が集まり、声援を送る中央で

「のこった!のこったぁーっ!」

威勢の良い掛け声

「大相撲冬場所ですか?」

「あーそう言えばそんな季節だな」

出勤中に何度もすれ違った

「これは素人相撲…かな?」

中央ではまさに褌に着物を重ねたような男達ががっぷり四つに組んでいる

「あれは亀八の相撲生人形だ、古墳時代の野見宿祢(のみのすくね)と当麻蹴速(たいまのけはや)の取り組みだ色白が野見、色黒が当麻だ」

「へー」

2人とも汗を滲ませ吐息も荒く、筋肉が呼吸に合わせ上下する

「亀八の作品では野見が当麻を投げる寸前だったな」

どちらも力は拮抗していて、どちらが勝っても…うん?

「何か今あの2人目配せしてませんでした?」

「うん?」

その瞬間色白の野見の足が滑り

そのまま…

「一本背負い!」

当麻が野見の腕を両手で掴み投げ飛ばす

「当麻!一本背負い~!一本背負い~!」

行司代わりの松本喜三郎作、貴族男子像が声高らかに勝者と決まり手を叫ぶ

「人形とは言え、迫力があったなー!」

感心した先輩だったが

「さっきイカサマしてませんでした?」

私が小声で耳打ちする

「…は?」

先輩の顔色が変わる

「だって取り組みの時、あの2人目配せしてましたよ」

こそこそと回りに聞かれないように喋る

「まじでか…多分他の奴らも気づいてるな」

沸き上がる観衆の中にヒソヒソと話す人物もいて

「物言い!」

複数の手が上がる

「まずい!」

物言いに段々と声が大きくなる

「イカサマだ!行司もグルだ!」

「神聖なる相撲を汚すな!」

「切腹しろ!切腹!」

過激な発言に進化する

「切腹とか言ってますよ!」

「本来相撲は生け贄を選んだり、行司は勝敗を間違えると携帯している短剣で切腹しないといけないからな」

それって…

「レンタル品が壊れちゃうー!」

両頬を押さえ叫ぶ

ただでさえカツカツなのに借金まで背負わされたら両親になんと言われるか

「物言いに物言いーっ!」

思わず叫び、中央に飛び込む

「普段当麻さんが負けてるんですからたまには良いでしょう?」

必死で弁明するも

「そもそもあんたのせいだろうが!」

「あんたがおかしいって言うから!」

ヤベエ聞かれてた

「いや…その…」

何か良い言い訳を考えていたら

「八百長するな!」

スコーンッ


観客の1人が投げつけた物が私に当たる

「あいった~!」

何か尖った物が脳天に刺さった

足元に転がったものを見ると、先輩が説明していた象牙細工の安藤緑山の作品、竹の子と梅

「ギャー!高級品!」

素人目に見ても繊細な細工の見事な細工物

「お前ら何してくれてんだーっ!」

あまりの出来事に私の怒りは限界点を越え、背後には雷の幻が落ちる

「ギャー!祟り神!」

先輩が女子のような悲鳴を上げる

後で締める

ドシンと足を踏み鳴らすと皆がお互いを抱き締める

「年頃の乙女頭を傷つけやがって!全員粉砕じゃい!」

ひいっと悲鳴を上げ、謝罪する人形達に怒りは収まらず

念仏を唱える人形に拳を叩き込もうとすると

「待ってお姉ちゃん!」

朱色の着物が目の端飛び込んできた

「あなたは…」

さっき見掛けた女の子

「ごめんなさい。お姉ちゃん怒るよね?痛いよね?でもこの人達を壊したらお姉ちゃん達ここでお仕事できないよね?」

一生懸命宥めてくれる彼女に

「ごめんね。ありがとう。もう怒ってないよ」

頭を撫でると彼女は笑って消えた

「我々も…」

「もうすぐ朝だ」

他の人形達もケースに戻る

「やれやれ…」

無事に戻った人形を確認し、戻ろうとすると

「おい!ここにいたカニがいない!」

先輩が慌てた声を上げる

「あーっ!」

騒ぎに乗じたのか、さっきひっくり返っていたカニが逃げ出し、出口に向かっていた

「捕まえろーっ!」

「はいいいいーっ!」

これを逃がしたらあの茶碗がただの茶碗になってしまう

「はーつかれた」

カニを無事捕獲し、ケースに戻す

「そうだな…とお前誰と話してたんだ?」

先輩が思いだし、声をかける

「え?朱色のおしゃれな柄の女の子ですよ。お母さんが縫ってくれたと自慢してました」

「いや、姿は見えてたが、あの子はうちの子でもレンタルでもない」

それと…

先輩が震える手でスマホの画像を見せる

そこには

「あっ!あの子!」

お母さんの着物を着た

「あの人の生き人形だよ…今行方不明なんだ」

「…先輩…」

「うん…休憩にしようか。俺タバコ吸ってくる」

「私トイレに…ロッカーで着替えてきます」

その後はお互いに明るい話題をふっかけまわった

その後はあの子も現れず

数日後

先輩と私の両親が同日同時に転んでそれぞれ右手右足を負傷した

そう言えばあの人形は右側に霊障が出ると聞いた



こんな仕事…

「辞めないでお姉ちゃん」

辞められない(泣)




終わり

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