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恋する香り

香水

入浴の習慣の無い西洋人が身に付けたのが始まり

日本でも香を焚き、着物に香りを移していた

現在では異性を惹き付けるものとしても利用される

私は生まれつき匂いに敏感だ

常人の倍以上は鼻が利く

だがそれは不快な匂いも常人よりも敏感で

時に吐き気を催すものに私は恋すら出来なかった

そんな私も恋をした

相手はいつも良い香りの香水を漂わせる

穏やかな声で話し掛け、笑いかけてくれる

あの人が付けると普段は不快に感じるその人工の香りすらかぐわしい

その香りに惹かれ、あの人から香水の名前を聞いた

ネット通販でそれはあっさり手に入った

開封すると確かにあの人の香り

一息吸い込み、あの人の姿を思い浮かべる

あの優しい笑顔と穏やかな声と香り

この香水を着ければ大好きなあの人といつも一緒にいられる

手首に着けて嗅いでみるも

「あれ?」

あの人の香りじゃない

人工の物特有の不快な香りでしかない

「何で?」

今度は紙に染み込ませ嗅いでみる

やはり不快な匂いでしかない

「商品を間違えたのかな?」

あの人に聞いてみて香水を見せてみた

「これはいつも俺が付けているものと変わらないよ?ほら」

実際に手首に付けて自分で嗅いで見せる

「うん、いつも通りだ」

「確かに良い香りです」

あの人の香りだ

「君もこの香水に興味があるんだね」

嬉しいよとあの香りを纏わせたあの人が笑う

「そっか」

やっと分かった

あの香りはあの人が付けていたからだ

大好きな人が付けてこそあの香りだ

私は毎日のようにあの人の側にいた

あの人の周りはいつも誰かがいる

まるであの香りが私達を引き付けるように

私はずっとあの人の香り味わいたくて

「あ、汗をかいてますよ」

汗を滲ませた彼の額をハンカチで拭い、袋に入れ

香水をかけた

「はぁ…良い香り」

汗と香水というシンプルな組み合わせ

それでも足りなくて

あの人のハンカチ、箸

使い捨ての紙コップを集めた

でも足りない

もっと

もっと香りを

ずっと側に居るには結婚してあの人の伴侶になりたい

でもあの人はもう結婚している

そもそもあの人は私の事なんか仕事相手でしかない

表面上の付き合いのみ

それがなければ私達は出会う事すらなかった

もっと味わいたい

ずっとあの人と共に居たい

どうかしている

私も自覚はしている

それほどにあの香りが私を支配している

「さて、準備は整った」


「やあ、おはよう。珍しいねこんなところで」

煩いくらいの警報音が響く線路の近くにあの人はいた

いつものように笑顔を見せるあの人に私も笑いかけ

「えっ?」

勢い良く突き飛ばした

けたたましいブレーキ音と共に砕け散るあの人の肉体

私の胸にちょうどあの人の生首が飛び込んできた

何が起きたか分からないと言った不思議そうな表情のまま固まっている

鉄臭い不快な匂いをカバーするあの香り

「ああ良い香り」

胸一杯に吸い込み、この場を離れる

すぐ側に停めていた車に乗り込み

生首に香水をふりかける

深呼吸し

香りを堪能した後

直ぐに車を発進させる

後数分もすればここは騒がしくなる

騒がしいのは嫌いだ

私は静かな場所に向かう

美しい万年雪を頭に飾る山の麓

あの人の香水と同じ名の


樹海へ



終わり







 



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