指切り

この話はYouTubeで朗読をされているemiko様の朗読用に書き下ろしをしたものです

俺が愛した女は子供っぽい所が可愛かった

艶かしい表情で子供のように童歌を歌う所は何かしら純粋かつ大人の色香があった

口癖のように

「指切りげんまん」

小指を立てて約束をねだる

「週末はここに絶対にデートに行こうね」

ベッドの中で可愛くねだってくる彼女

高価なアクセサリーもバッグもねだることはない

ただ俺と一緒に居ることを望んだ

彼女とは恋人未満の肉体関係のみ

結婚は考えた事もなかった

「私もそろそろ結婚したいな」

2人の関係が変わり始めたのは彼女が結婚願望を出し始めた

「ねえ、指切り。結婚しようね」

いつもの約束事

「ああ。考えておく」

たかが口約束

だがイエスは口にしなかった

「いつも曖昧な返事ばっかり。まあ結婚資金とか必要な物が多いよね」

彼女はこんな曖昧な返事も受け入れてくれた

「でも約束」

俺の小指に白く細い指が絡み付く

「いつか結婚しようね」

微笑む彼女に

「そうだな指切りげんまんだ」

俺も小指に軽く力を入れた

「嘘をついたら針千本」

微笑む彼女にキスをし

抱き締めた

「本当だよ…」



「妊娠したの」

彼女の告白に目の前が真っ白になった

確かに避妊はしていなかったが安全日だったはずなのに

「ね、約束。この子に父親が居ないと困るから」

すがり付いてきた彼女はいつもの柔和な笑顔ではなく

目を見開き、別人のようで

「結婚!結婚しよ!」

いつものように小指を差し出してきた

その勢いに呑まれかけたが

「本当に俺の子だったら約束してやるよ」

この女は他の男とも付き合いがあると言う噂を聞いた


「産まれた後でも良い。DNA鑑定をする。約束だぞ」

唇を震わせる彼女の指に小指を絡める

「うん。約束。あなたもちゃんと守ってね」

青ざめた彼女は笑った

数日後俺の郵便受けにとんでもないものが入っていた

「これは女性の指ですね」

通報した警官すら眉をしかめ、俺が犯人だと決めつけていた

「俺が犯人なら通報なんかしません」

気持ち悪さに吐き気がした

誰が嫌がらせでこんな事をしたんだ

「心当たりはありますか?」

「こんな気持ち悪いことをする奴に心当たりなんて…」

ないと言おうとした俺のスマホが鳴る

「こんな時に!」

ラインを送った主に声をあらげる

「どうぞ。急ぎの用事かもしれません」

まさか事件に巻き込まれたのか?

ラインを開くと動画

「すみません、知り合いが事件に巻き込まれたかもしれません」

まさか指の持ち主は彼女か?

警官にも緊張が走る

一緒に動画を見る

「指切りげんまん…」

いつもの様に歌いながらやって来た彼女

「この女性ですか?」

「はい。友人です」

俺のアパートの玄関まで来ると

右手の小指をくわえ

歯を立て力を込める

苦悶の表情を浮かべ脂汗を滲ませる

そのまま呻き声をあげながらも小指に歯を立て、噛みちぎる

口の中に小指を含んだまま郵便受けに顔を付け、吐き出す

青白い顔に汗を滲ませながらにっこりとカメラに向かって笑い

「指切った」

そのまま負傷した指を押さえて去っていった

「これは…自分で指を…」

口を手で押さえた警官が呻きながら説明する

「被害届けはどうされますか?」

顔色の悪い警官がそれでも事務手続きを訊ねてきた

「いえ、彼女の家族に連絡をして病院に連れていって貰います」

これはもう警察に頼むことじゃない

彼女の家族は知らないが、共通の知人を頼れば…

警察署を出た俺は翌日、また警察署に呼ばれる羽目となった

彼女が自殺したのだ


「彼女はあなたのアパートに指を届けた後、自分のアパートの部屋で自殺しました」

遺書もなく

最初は俺は関係があるのでは?と疑われた

「彼女の遺体を解剖した結果、喉から大量の縫い針が発見されました」

針を飲み込んだ事により、喉に針が刺さり、気管にも血液が溢れ、溺死のようになってしまったと言う

しかしその時間は謎の指が郵便受けに入っていて、俺は警察の事情聴取を受けていた

結局事故でも殺人でもなく、自殺と断定された

自分の指を食いちぎる程の異常性だ

精神を病んでいたと判断され、指を送られた俺は被害者として同情された

そして

「彼女は妊娠はしていませんでした」

彼女が不払いをした病院の婦人科医から聞いた

「生理が遅れているとの事でしたが、生理不順でした。それを妊娠したと思い込んでいたのでしょう。私の説明に納得が行かなかったようで」

支払いもせずに病院を出ていってしまったと言う

俺は婦人科医と受け付けに謝罪し、費用を代わりに支払った

俺に支払い義務は無いが、責任は果たした

針を飲み込んだのも自分が約束を破ったからだろう

義理堅いと言うかはた迷惑と言うか

兎に角粘着質な彼女が居なくなったことに安堵した

彼女が亡くなって1ヶ月以上が経った

新しい女探すこともなく独りの夜を過ごしていた

思えば体の相性は良かったのだから普通に結婚してやっても良かったのかもしれない

そんな事を考えて居ると目の前に死んだ筈の彼女が現れた

生前と変わらないあの吸い付くような肌

丸みを帯びた尻

柔らかな笑顔

「久しぶり…」

元気だったか?

と聞こうとして止めた

もう彼女は死んでいるのだから

しかし俺にのし掛かってくる彼女は生前と変わりなく

ただ右手の小指がなかった

「指切りげんまん。あなたの子供よ」

彼女が両手で抱えていた赤いブヨブヨの塊

「私は約束を守ったよ」

本当に指を切り、約束を破ってしまったので針を呑んだ

そう言って笑う彼女が俺の顔に近付く

「ねえ、結婚…してくれるよね?」

訊ねる彼女から逃げようとするも体が動かない

唯一動くのは口のみ

「結婚。あなたの子供も居るのよ」

目の前につき出された赤い塊

迂闊に結婚を口にすれば俺はこいつに殺される

「ダメだ!お前とは結婚できない!」

俺とお前では生きている人間と死んでいる人間だから結婚は出来ない

と説明しようとしたが

「嘘つき」

彼女が笑う

「違う!嘘じゃない!」

必死で弁明したが

「嘘ついたら針千本…」

彼女の口元が歪み耳まで裂ける

その口の中はびっしりと生えた縫い針

「のーますぅううう」

口が勝手に開き、その中に針が流れ込む

口の中に溢れる血の味と

喉に刺さる針の痛み

身動きも出来ず、息苦しさに遠退いていく意識の中

笑うような彼女の歌声が耳に障った



「ゆ~びきぃりげんま~ぁ~ん~うそついたらぁ~?針せぇ~んぼぉ~んの~まぁあすうぅ~指ぃい切ったあぁ~!」


終わり











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