夜間警備10

『今日の星占いです…』

毎日の日課

占い師の動画による星占いをチェックしてから出かけ『今日の最下位は残念ながら…座のあなた!』

「あー!ついてねー!」

たかが占いされど占い

バカバカしいと思いつつ毎日の結果に振り回される

「おはよーさん」

出勤するといつもの物部先輩の顔

「おはようございます。ってこれ何ですか?」

ずんぐりむっくりの宇宙人のキーホルダー

お前の分だと私も貰う

「あ!娘さんの図画工作。お上手ですね。狸ですか?」

「違うわアホ。これは明日から始まる展示物のグッズのひとつだ」

「明日から何でしたっけ?…あ!信楽焼展!」

「いい加減狸から離れろ。今回は女子が好きな展示物だ」

「女子が好き…あ、ウサギ?」

「それはお前だけだ。というかちゃんとポスターをチェックしろ」

先輩に叱られるけど正直美術展に興味はない

この仕事も次の仕事が見つかるまでの繋ぎでしかない

「今回はまじないだ」

「あ、好きですおまじない。毎日星座占いをチェックしてますし」

「うちの嫁さんと娘もやってんな。雑誌も良くチェックしてるし」

「気になりますもんね」

今回がおまじないなら後でチェックしとこ

だった筈なのに

「騙された!」

特別展示室で叫ぶ

「うっせーぞ!いくら人がいないからって騒ぐな!」

特別展示室の看板には

『日本の呪い展』

「呪いだなんて誰がかけたいものか!」

恨みはあるが呪いまでかけたいとは思ってない

「女子が皆呪いが好きだと思うな!」

思わず先輩の襟首を掴む

「人に絞め技かけるな!これはのろいじゃなくてまじないって読むんだ」

のろいじゃないのか

「のろいとまじないって漢字が同じなんですね」

「そうだな。どちらも利己的なことに変わりない」

特別展示室に入るといつもよりヒヤリとした空気に囲まれる

「何か寒い」

「呪いと言うものは負の感情だからな。体を冷やす効果がある。人体における体温の低下は病や生命の危機に繋がる」

「先ずは体温を奪うんですね…」

中の展示物は最初に木片と

「何で土偶?」

ずんぐりむっくりのどちらかと言うと可愛い系

「これもまじないの道具と言う説がある。この腹は妊婦を表していて、再生、もしくは妊婦のお守り。もしくは」

欠けた腕の部分を指す

「怪我や病気を移す形代とも言われている」

滑らかに説明してくる元学芸員の先輩に、本当に美術品が好きな




変態だ


「変態…じゃなかった先輩、とっとと次に行きましょう気味が悪いったらありゃしない」

「お前いま変態って言ったか?」

「気のせいです。てかオーソドックスなのキター…」

びっしりと木の板に打ち付けられた藁人形

錆びた釘が、風にさらされ黒ずんだ藁人形が使用済みだと嫌でも訴える

「こんなに多量の使用済みは何処から持ってきたんですか?先輩はそんなに恨まれて?」

「俺向けじゃねーわ!これは近所の神社からのレンタルだ」

「ああ、あのちっこい神社」

奥まった場所にあり、意識しないと通りすぎてしまう

人気もなく良く言えばこじんまりとした神社だ

「あの神社は願いが叶う事で有名なんだ」

「へー」

前の会社に居た時に知っていればあいつもあいつもあいつも…

「無関心そうに見えて興味津々か。何を考えてるか分かりやすいな。お前みたいなのが藁人形を打ち付けていくもんで神社側も回収が追い付いていないんだ」

「それであんなに汚な…」

『死ね!死ね!』

『俺の恋人を奪いやがってぇ!ご自慢の顔がぐちゃぐちゃになれえ!』

『お前のせいで彼氏が私のものになれないんだぁあ!とっとと離婚しろぉ!』

「ぴゃっ!」

いきなり藁人形の口の部分が裂け叫びだす

「今お前ぴゃっ!ってぴゃっ!って」

プププと笑う先輩をぶん殴りたい

「てかまた先輩の仕業ですか?」

流石モノノケ先輩だ

「失礼な!俺のせいじゃない。それにこれはこいつらに籠った念のせいだ」

成る程先輩が呼び寄せたのか

叫びながら体を揺らす藁人形達の凄まじさに空気も一気に凍り付く

「早く次ぃーっ!」

思わず叫ぶ

「分かった分かった」

ノロノロと歩く先輩の背中を押す

こいつ絶対ホラーでもたもたしている隙に殺されるタイプだ

(こいつ絶対ホラーでキャーキャーいってる間に殺されるタイプだな…)

「次はおまじないコーナーだ」

先程とは違い明るい雰囲気のファンシーな飾り付け

「こっちは特に女性学芸員の気合いが入っている」

先程説明された神社の写真と共に短冊と募金箱が飾られている

「さっきの神社に奉納するんだ。名前と願い事を書く特設コーナーだ」

カラフルな短冊とマジックが置いてあり、見本として学芸員達の願い事も書いてある

『想い人と添い遂げられますように 源』

「おお、源さんの短冊だ」

やっぱり潮来さんの事が…

あのキス事件からギクシャクしてるけど

「潮来さんも何か…うぉっ!」

「どうした?何か出たのか?」

何か先輩が逃げる準備をしてやがる

「これ…」

「おふっ!」

先輩も思わず声が出る

『キス魔の博田が足を怪我をしますように』

『潮来君の唇を奪ったミニゴリラ博田の腕がねじれます様に』

『博田絶対許さん。腹が壊れろ』

『博田の頭を狙え』

「お前恨まれてんな~…」

力なく笑う先輩

「潮来さんてモテるんですね」

「あんな格好をしてるがイケメンの部類だ。俺程じゃないが」

「あーハイハイ。それでこんなに複数の人に私は恨まれてるんですね」

てか誰がミニゴリラだ誰が

「いや、筆跡は変えてあるが全部同じ人物だ。そしてこれは『のろい』だ!」

先輩が短冊を握り潰す

「先輩!」

いつもの飄々とした雰囲気は一気に無くなり、いつになく厳しい眼差しを見せる

「博田!この短冊は藁人形と同じ効果を持つ!全部探しだして燃やせ!」

「そんなこと言われても…」

今見つけた手足と頭と腹のみで

「心臓を狙ったものがない…取り敢えずこれは燃やしておくから!」

先輩が見つけた短冊を喫煙所に持っていく

「早く見つけないと…」

ガクガクと震える足を叩きながら短冊の山からのろいの短冊を探す

「ない…ない!」

手も震え机から短冊が机から落ちていく

「あ~!」

半分べそを書きながらかき集め乗せる

その間にも


手足が冷え

動きが鈍くなり

頭も朦朧とする

鼓動も遠く…


「姉ちゃんこんなところで寝ると風邪をひくよ?」

床に倒れ込む前に誰かが支えてくれた


「せん…ぱ…?」

「俺は先輩じゃないよ?」

にこやかな見知らぬ男

「えっ?侵入者?」

意識がクリアになり、身構える

こんな時に侵入者とはついてない

「おいおい…俺を呼んだのはお前達だろう?」

神社の職員のような水色の袴姿

だがチャラい

パーマをかけた茶髪に軽薄そうな笑い方

「コスプレ?」

どうみてもコスプレイヤーでしかない

「失敬な。俺はこの神社のものだ」

パネルの神社を指す

「あ、先輩が呼んだ人ですか?」

「それもある。源ちゃんからも君が無事に仕事を終えるようにと毎日お願いされてね」

よしよしと頭を撫でで来るお兄さんのお陰か手足に熱が戻り、頭もスッキリとした

「源さんが」

やはり良い子

「うちの神社は願いを絶対に叶える。君にかけられたのろいより願いの方が早かった。こののろいは無効だ」

パネルの後ろより短冊を取り出す

「願いも我が強ければのろいに変じる。それが人のためでもだ。まじないもそう。突き詰めればのろいに変じる」

『博田の心臓が完全に止まります様に』

「あった!これを燃やせば!」

「いや、無理だね」

チャラ男…もとい神職の人が困ったように笑う

「こののろいは強力だ。燃やせない」

「博田!心臓の短冊は見つか…あなたは!」

短冊を燃やしたのか先輩が戻ってきた

「ご無沙汰してます。それよりこれなんですが」

先の焦げた短冊を見せる

「ただの紙にしては燃やそうにも燃えません」

「のろいは発動した。でもうちはこののろいを受け付けてはいない」

チャラ男は困ったように肩を竦める

「短冊の持ち主の心がのろいでコーティングしたものだ。のろいが成就しない限りは破ることすら出来ない」

確かに破ろうとしたが傷ひとつつかない

「短冊は博田ちゃんが死ねばただの紙に戻るが、うちの神社の絶対に願いを叶えるが成り立たない」

「人の生死に関心がないのは知っています。しかし不浄を祓うのもあなたでしょう?」

先輩の言葉に

「全く!小賢しいね君は!」

意地の悪い笑顔を見せる先輩

「絶対に願いを叶えるのがモットーなんだから俺の願いも叶えてください。こののろいを解除しろ」

「りょーかい」

チャラ男はふざけた調子で敬礼し、私に向き直る

「博田ちゃん、モノノケちゃんから貰った土偶を貸して」

「土偶?」

そんなものを貰っただろうか?

「さっき渡したのを忘れたか鳥頭」

そうだった

「後博田ちゃんの髪の毛を1本ちょーだい」

髪を土偶のおもちゃにテープで固定する

「諸説ある土偶だが、これに俺が役目を与える。お前は博田ちゃんの身代わりだ」

短冊を土偶に押し当てる

「お前がのろうのはこいつだ」

ぱきっ

土偶のおもちゃにヒビが入る

「ありがとう」

おもちゃを懐にしまい、チャラ男は我々に振り向く

「これは俺が責任をもって始末する。博田ちゃん、お友だちを大切に。後モノノケちゃん、厄介ごとは持ち込まないで!」

それじゃあと去っていく

「チャラいけどすごい人でしたね」

チャラ男が去った後の空気も一気に軽くなり、ぬくもりが戻ってきた

「なんたってご祭神様だからな」

「え?あのチャラ男が?」

「神様って言うのは形を持たないものらしいからな。親しみ易いように形を変えてくる」

「神様なら神様だって言ってくれたら良いのに」

「神様って自分から名乗るのは偽物だっつーの。と言うか普通にやって来たら不審者として通報するだろ?」

「はい」

「名前と言うのは自分の弱点を曝す事になる。真の神様は名乗らず、語らず…だ」

散らかした短冊を片付ける

「しかしこののろいをかけた人ってどうなるんですか?」

「人を呪わば穴二つ。他人の墓穴を掘ってるつもりで自分の墓穴も掘っている。身代わりとは言えお前を『殺した』んだ。どうなるかは…分かるだろ?」

いつになく険しい表情の先輩

「お前をのろった奴がどうなろうと知らない」

「…………」




とあるアパート

「死ね!死ね!」

博田の写真にナイフを突き立てる

「潮来君は私のものだ!あの肌も!唇も!目も!全部全部!」

憎いあの女を消してやる!

「おいねーちゃん」

「誰?」

茶髪のパーマをかけた男がいつの間にか現れた

「お前はのろいをかけられた。博田ちゃんをのろった人物が2度とのろいをかけないように痛い目に遭わせてやれ…とな」

「まさか…」

「絶対に願いを叶える神社としてその願いを了承した」

この人は神社の祭神だ!

「では私も願いを!潮来君を狙う博田を…」

不意に腕に激痛が走り、見ると不自然に捻れる

「いい加減うんざりだ」

腕を押さえ、悲鳴を上げる女を見下ろし神が呟く

「俺は願いを叶えるんであってのろいを叶える訳じゃない」

モノノケちゃんのもうひとつの願いも叶えた



翌日

「おはようございます」

いつものように近所の神社をお参りして出勤すると博田さんが元気に仕事を終えていた

「おはようございます。今日もお疲れ様です」

残業がない限りこの人とは出勤時にしか会えない

博田さんが無事に仕事を終えて帰る姿を見送る

「あのモノノケ先輩と一緒に仕事しなきゃいけないなんて気の毒に」

受け付け担当の彼女の冗談を真に受けた訳ではないけれど

「神頼みが効いて良かった」



そう言えば受け付けの彼女が出勤していないけどどうしたんだろう?

と思ったら右腕を複雑骨折して入院したらしい

「大変ですね。家にいてもそう事故が起きるだなんて」

彼女とも仲の良い博田さんが心配している

「夜間警備も危険がありますから博田さんも気を付けて」

出勤前に必ず神社に通うから



「辞めるだなんて言わないで下さい」





潮来の願い事

「は…博田さんと…いや、物部先輩に見られたらおちょくられる!無難な物にしておこう…と博田さんの願い事が!」

『夜間警備を辞めてまともな職に就きたい』

「………」

博田さんには悪いけれど短冊を握り潰す

『博田さんが夜間警備を無事に続けられます様に 潮来』

「りょーかい!その願い承りました~!」





終わり


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