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学習参考書の愉悦 第五回『英文法基礎10題ドリル』

英語のコアイメージ

  みなさん、英語学習の中で「コアイメージ」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
 コアとは核のことです。英語の表現と日本語の表現が、単語レベルでも文法形式レベルでも記号として一対一に対応しているわけではないということは、これをお読みになっているハイセンスなみなさまのことですからおわかりのことと思います。しかし、英語の意味の根幹にある「イメージ」がどのようなものなのかは、なかなか自分の力だけで気づける類のものではありません(そういう能力に長けた学習者も一部にはいますが)。

 たとえば、下のリンク先の記事をお読みください。コアイメージの具体例がわかると思います。


 「コアイメージ」という用語を使うか使わないかはともかくとして、こういう指導は、最近のトレンドですね。特に英語の表現ひとつに対して複数の日本語が対応してしまうような場合、「ただ力ずくで訳語を覚えて順番に当てはめていくんじゃなくて、コアイメージをつかむことが大切なんだ!」という具合です。
 未検証ではありますが、その先駆け的存在は予備校では宮崎尊さん、一般向け学習書の分野では田中茂範さんあたりになるのではないかと想像します。
 最近のスター講師では、スタディサプリの関正生さんがこのスタンスをとっていますね。著作も多いので、書店の学参コーナーに足を運べば少なくとも一冊は陳列されてるはずです。

 同じく予備校講師では、成川博康さんが『深めて解ける!英文法 INPUT』(2014、学研教育出版)という、コアイメージ主体の参考書を書いています。また、東進ブックスから出ている『一億人の英文法』(2011、大西泰斗/ポール・マクベイ、ナガセ)はかなり人気の一冊です。
 また、教員向けにも、『コア・イメージで英語感覚を磨く! 基本語指導ガイド』(2017、森本俊、明治図書出版)なんて本が出ています。

 私はこうした説明は好きな方。それまで個々に整理しておくしかなかったことが、ひとつの言葉で統合的に説明できる抽象化の快感がたまりません。

 ところがですねえ……。

 コアイメージをずばりと説明しても……。

 それを理解する“だけ”では、生徒は英語をできるようにならないんですよねえ……。

イメージか形式か、それが問題だ

 講師が一生懸命コアイメージを説明しても、それだけでは生徒が英語をできるようにならないのはなぜか。
 それは、外国語学習者が習得しなければならないスキルには、意味内容面だけでなく、形式操作の面もあるからです。

 あれは20代前半、たしか私がまだ大学生アルバイトだったころ、山岡大基さんという教員の方が運営していた地道にマジメに英語教育というwebサイトに出会いました。ご覧になっていただければわかるのですが、現在はどのコンテンツも閲覧不可能、移行先として張ってあるリンクを踏んでも何も出てこない……という、遺跡と化してしまったサイトです。悲しいですね。

 そこで、英語本に対する書評が載っていたんですが、あれは大西泰斗さんの、『一億人…』ではありませんでしたから、おそらく『ハートで感じる英文法』(最近「決定版」が刊行されたようですが、その前身であるNHK出版のムック)についての評でした。そこには、「SVOO文型について、“授与”のイメージが大切だというのはその通りなのだが、生徒ははたして、そのイメージだけを持っていればまちがえずにSVOOの文を書けるのだろうか。私はそうは思わない。イメージを強調するのもいいのだが、実際には、意味内容の理解よりも形式的な操作をマスターするのに苦労している生徒が多いはずだ。」というようなことが書かれていました。

 なんせ詳細はうろ覚えなんで、挙げられていた例はこれではなかった可能性が高いんですが、ともかく、イメージを理解できたからと言って形式が操作できなければ意味がないという意見に、私は深くうなずき、レッド・ツェッペリンの「移民の歌」のリズムで膝を打とうとしましたが、ドラムの経験がないのでそれは無理でした。

 ここでいう「形式の操作」とは、たとえば主語が三人称単数のとき、動詞の現在形は-sがついた特別な形になるとか、前置詞は後ろに名詞をともなって文の中で形容詞や副詞のはたらきをするとかいうことです。そういったことをちゃんと意識して、読むときに発見し、書くときに再現できることが、外国語を習得するうえで必要不可欠であることについて、異論はないでしょう。

 まだ形式の操作に習熟していない学習者にいかにコアイメージを説いたところで、それは宝の持ち腐れです。やはり学習には習熟度に応じて必要なインプットが異なりますから、“それを教わる段階にない学習者が教わってもムダ”になっちゃうわけですね

『英文法基礎10題ドリル』

 先述したとおり、特に高校英語では、いまは意味的側面の指導が流行り。ですから、基本的な形式の操作を練習できるいい本があったらいいのにな~、と思っていたんですよ。

 で、“そういう本”が、最近になって出版されました。

 田中健一『英文法基礎10題ドリル』(2018、駿台文庫)がそうです。

 ちょっとこの問題集の構成をごらんください。著者のブログ記事に詳細が載っています。

 各講は例文とその簡潔な説明に、その例文をそのまま使った練習問題からはじまります。主語を囲ませ、動詞に下線を引かせた上で和訳させるというのは、まさしく形式に目を向けさせる工夫です。また、和訳以外の練習問題がすべて整序(並べ替え)問題になっているのも本書の特徴。英語の形式とはすなわち語順と動詞の語形変化のことなんですが、そのうち語順を徹底的にトレーニングできるというわけです。主な動詞の語形変化は「時制」の項目ですが、そこでは「1語不要」や「1語不足」の整序問題を配列することによって、語形変化への意識も持てるように工夫されています

 その他の特徴といえば、掲載されている例文に、著者の趣味から、アイドルやサッカー選手の名前が大量に出てくることでしょうか。たとえばP.68「Keiji, thank you for coming back to Nagoya!(ケイジ、名古屋に帰ってきてくれてありがとう!)」という例文は名古屋グランパスの玉田圭司選手を意識して作られたものでしょうし、P. 42「Riko was given a book about English grammar.(リコは英文法についての本をもらった。)」という例文は、SKE48の森平莉子さんを意識して作られたものでしょう。
 P. 60「You must be crazy to buy so many CDs.(そんなにたくさんのCDを買うなんて、君は正気を失っているにちがいない。)」なんていう、何らかのカルマを強く感じさせる例文も登場します。

 僕はアイドルにもサッカーにも疎いので(上記のお二人の名前を引っ張ってくるのにも、Google先生の力を借りました)、それらに詳しい方々で、ぜひ掲載例文を検証していただきたいと思います。

(ちなみに、著者のこんなツイートも)

本書の使い方

 とにかく英語学習の入門期には最適のテキストですから、上位の高校に合格した中学生が入学前の春休みから先取りとして使うこともできますし、英語が苦手な高2・高3生が復習の第一歩として取り組むのにも役立つことでしょう。中学英語はだいたい覚えてるんだけど……という大人の学び直しにもいいですね。

 例文の解説がよく言えば簡潔、反面ポイントだけで詳しくはない(そういうコンセプトの本ですからね)ので、たとえば『Forest』などの総合英語の参考書を読むと並行して進めていくのもありですし、もちろん、指導者にガイドしてもらいながら進めるのも手です。

 強いていうならCDでもDLでも、例文の音声が手に入るとうれしいとは思いますが、いまのところ英文法の基礎固め用としてはぴか一ではないでしょうか。ただし、刊行年月日が新しいこともあって、どうしても誤植などは完全に修正されていないようです。駿台文庫のサイトに正誤一覧が上がっているようですので、そちらを参照しながら取り組むのが現状では安全です。

 この一冊が完璧に仕上がったら基礎はほとんど完成ですから、そこからは英文解釈の参考書に進むなり、文法の意味的側面をもう少し詳しく学ぶなりしていくことができるでしょう。

 前回の記事が長かったので、今回はこの辺で。

 紹介している本がずいぶんと英語に偏っていますが、私が英・国メインの講師なのでそこは平にご容赦願いたいところです。お詫びしたところで開き直って、英文解釈、長文読解、英文法と書いてきたので、次は単語集について書いてしまおうと思います。

筆者紹介
.原井 (Twitter: @Ebisu_PaPa58)
平成元年生まれ。21世紀生まれの生徒たちの生年月日にちょくちょくびびる塾講師。週末はだいたい本屋の学参コーナーに行く。ビールと焼酎があればだいたい幸せ。

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