学習参考書の愉悦 第六回・その3 英単語集、どう使う?
前回の記事の最後に、単語集は何を使うかよりもどう使うかの方が大事だって話を書きました。「それじゃあ、どんなふうに使えばいいんだ?」ってことを書かずにおしまいにしてもなんだから卑怯な感じがいなめなめなめなめませんから、ちょっと真面目に、英単語集の使い方について考えてみようと思います。
「毎日少しずつ」の落とし穴
まずは「よくある失敗例」の確認からいきましょう。前々回の記事でも書いた通り、単語の学習って、基本的には単調で苦痛なんですよね。そこで多くの人が思いつくのが、「毎日少しずつ」って方法です。単語集に載っている単語を毎日10個ずつ、とか。たしかに、「それぐらいの量なら……」って感じてしまいます。ひょっとしたら、学校の先生にそのやり方を推奨された覚えのある人もいるんじゃないでしょうか。
うぅ~ん、結論からいうと、よっぽど生来の記憶力に秀でた人でもない限り、うまくいきません、このやり方。
だって、考えても見てください。英単語を毎日10個ずつ勉強していくとして、たとえば『ターゲット1900』の見出し語1900をひと通りさらうのに190日。んで、191日目に最初の10個に戻るとして……半年ちょっとまえにやった単語、覚えてる自信ありますか?
「人は忘れる動物である」なんてフレーズをよく目にします。記憶をつかさどる脳の海馬が、「これは重要ではない」と判断したものはどんどん忘れることで脳を「健全な状態」に保とうとするらしいですね。半年に一回しか目にしなかった単語なんて、「これは重要ではない」と判断されるに決まってます。立場を変えて「覚えてもらう側」として発想するならば、ふらっと入ったバー(半年ぶり、二度目)でマスターに顔を覚えられていたら感動しますよね。ふつう忘れられてるだろうなって思います。まあ、そういうことです。
では、海馬に「この英単語は重要な情報である」と判断してもらうにはどうしたらいいのか。話は単純です。目にする頻度をもっと増やせばいいですね。
でも、「10個ワンセット」を崩さないまま頻度を上げようとしても、今度は単語集を一周するための期間がべらぼうに長くなってしまいます。それではどうするかといえば、「まとまった数の単語を、頻度を上げて繰り返す」ことになります。
指導者によってバリエーションはあるでしょうけど、この方針が、最近のトレンドだと思います(流行り廃りで学習法を云々する意味があんまりないのは承知ですが)。
具体例を紹介しておきましょう。まずは「キムタツ先生」こと木村達哉さんが提唱する、同じ100個の単語を、形を変えて一週間毎日繰り返す方法。「ユメタン」シリーズの著者である木村さんが、同作をリリースしたときにブログに書いていたやり方を引用します。
月曜:単語の意味をシートで隠し、100語の中にどれぐらい知っている語があるのかを調べる。知らない語にはチェックを□(ボックス)に付ける。CDを使って発音をチェックする。
火曜:もう一度同じ100語を見て、意味の部分をシートで隠して意味をチェック。発音とスペリングを関連づけながら、不要な紙などに3回ずつ書いていく。
水曜:シートで右側の英語を隠す。意味を見ながらCDを聞き、日本語に続けて英語のスペリングを発音する。あるいは紙に書き付けていく。
木曜:英語の文やフレーズの意味(つまり右側)をシートで隠し、和訳していく。わからないものは□にチェックを入れていく。
金曜:昨日やったフレーズでチェックのついたもののみをやり直す。発音しつつ紙に書いていく。
土曜:英語の文やフレーズをシートで隠す。CDを聞き、日本語に続けて、各々の英語を発音し、紙に書きつけていく。
日曜:日本語や英語を隠しながら、最終的な復習をする。各UNITの最終ページにある確認ページを利用し、スコアボックスに点数を記入していく。
または、英語教育界で近年とっても売れっ子の関正生さんが提唱している「1ヶ月で1000個」覚える方法。これは、1日200個の単語を練習、掛ける5日をワンセットとして1000個。このセットを6回繰り返すことによって、30日で1000単語を覚えることができるという塩梅です。
なるほどね。
ここでふたつの大切なことを補記しておこうと思います。ひとつは、英単語は(というか文法だろうが長文だろうが英語の学習においては)音声面をおろそかにしないこと。CDだろうがDL音声だろうが、かならず音を聴いて、自分でも発音しながら学習してください。考えたら当然のことなんですけど、文字がない言語はあっても音声がない言語はありません(手話言語は例外として)。音声をないがしろにしては片手落ち……どころか半身落ちぐらいですよ、ええ。
もうひとつ。英単語などの「暗記系」学習を行うときは、かならず自己テストを行うこと。テストには、「記憶を確める」はたらきだけでなく、実はそれ自体が「記憶の定着を助ける」はたらきがあるということが知られています(詳しく知りたい方は、たとえばこちらをご参照ください)。
「維持リハーサル」と「精緻化リハーサル」
ここまで見てきた方法は、大きく言って「維持リハーサル」の方法です。聞きなれない用語だと思うんで、説明しておきましょう。記憶には短期記憶と長期記憶の二種類がある、という話は聞いたことがある人が多いと思います。短期記憶を強化したり、あるいは長期記憶に移していくために「覚えたいことをくり返す」行為を心理学の用語でリハーサルといい、リハーサルは「維持リハーサル」と「精緻化リハーサル」に大別されます。
維持リハーサルというのは、覚えたい内容を単に繰り返すようなリハーサルをいいます。
対して精緻化リハーサルとは、覚えたいことがらを別のことがらに結びつけることです。英単語の場合なら、「シス単」のようにセットで使う単語も一緒に覚えるとか、知っている類義語や反意語を思い出してみるとか、読んだことのある長文の中でどのように使われていたのかを思い出してみる、語源の共通する語をまとめてみる、カタカナ語として日本語に入ってきていないか考えてみる……などが挙げられるでしょうか。
覚えたいことを短期記憶から長期記憶に変えていくには維持リハーサルだけでは難しく、精緻化リハーサルの方が効果が高いようです。
今井むつみ『ことばの発達の謎を解く』(2013、筑摩書房)の中に、次のような記述があります。
外国語の単語を辞書で訳されている日本語に対応する定義として覚える。その単語の意味をテストで聞かれると、辞書にあった日本語での定義が書ける。すると、これはその単語の意味を覚えたと言えなくはありません。でも、そのようにして覚えた単語の意味は、「ほんとうに知っている」と言えるでしょうか?〔…〕ことばの意味は単語単体で存在するのではなく、関係する意味を持った単語群の相対的な関係で決まるということ――つまりシステムの中に一つ一つの単語があるということ。そのシステムは言語ごとに違うので、当然、一つ一つの単語の意味も、一部重なることはあっても、面として全部重なることはほとんどないこと。これらを理解して、意識的に外国語と母語の単語に共通する部分と異なる部分に意識を向けること。これだけでも、「ことばを知っていても使えない」学習の仕方から「知っていることばを使いこなせる」学習の仕方へと、外国語の学習の仕方はずいぶん変わるはずです。
このように単語と語義を一対一対応で覚えていくことには限界があります。実は英単語にかぎらず、記憶は単体で保存されているわけではありません。関連する他の事柄とむすびつけながら、まとまりとして脳に格納されています(こちらで図解されています)。
すると、英語の語彙ネットワークを頭の中に構築していくためにも、やはり実際の用例にたくさん触れていく、要するに実際の英文の中で単語を確認していくという作業は外せないでしょう。「速単」シリーズの掲げる、「文脈主義」ですね。
とはいっても。受験生に限って言えば、英語学習に使える時間って限られてるんですよ。たとえば現役で大学受験する場合を考えれば高校生活は3年間しかないわけで、もちろん英語以外の科目も勉強しなけりゃなりません。その中で、求められる語彙サイズを達成できるだけのインプット量を、はたして確保できるのか。どうしたって、単語集で「語彙サイズの底上げ」をしてやらなければならないのではないか。
そこで、私のいまのところの考えはこうです。「ターゲット」でも「シス単」でも「DUO」でもなんでもいいから、自己テストをくり返しながらまずは「一語一義」でいいから短期記憶に刻み込む。ここまでは、いうならば補助魔法で能力値をブーストしている状態です。語彙サイズは底上げされてはいますが、まだ一時的なものです。その状態で、「速単」を使ってもいいですし、長文問題集でもレベル別のReader教材でもなんでもいいので英文をインプットしまくる。その作業を通じて、経験値がたまってレベルアップできて、実際の能力値が上がっていく。前者で終わってしまっては長期にわたって定着しないし、後者だけでは時間がかかりすぎる。(逆にいえば、習得までに特に制限時間を課せられていない一般の学習者は、のんびり英語をインプットしながら徐々に単語を覚えていくルートでも構わないっちゃ構わない、ってことになるかもしれません。)
こんなところで、いかがでしょうか。
英単語集のドリル不足問題
……ところで、世の中の英単語集について、ちょっと不満があるんですよね。それは、英単語集は単なる「覚えておくべき単語のリスト」に過ぎず、それを練習するための方法が明確に示されていないか、示されていたとしても、紙面が適切にドリル化されていないことです。
たとえば「ターゲット」シリーズや「データベース」シリーズ、「シス単」シリーズでは、派生商品として書き込みノート(商品名はシリーズによっていろいろ)が出てますが、これ、中身を見ると「3回書きましょう」みたいなのばっかりなんですよ。編集部の人たちは、3回書けば単語が覚えられると思ってるんでしょうか。だいたい、それだけで済むなら安売りのノートを買ってくればこと足りるじゃないですか。どうせドリル本を出すなら、たとえば例文の整序問題があるとか、リスニング問題がついてるとか、学習者が自力で用意するのが難しい(けれど大切な)練習を用意してほしいものです。
この点では、「ユメタン」シリーズが「著者の提唱する学習法をそのまま行えるように作られた」単語集として挙げられるでしょう。ただ、意味や綴りのチェックをするならやはり書き込めるスペースはほしいですし、分冊になっても構わないからそのページを増やしてサイズも大きくしてほしいという感はあります。
単語集が手の中に納まるサイズであるということは、持ち運んで電車の中なんかで学習できるという点では便利なんですが、ドリルとして練習するには向かないという不便さもあります。
他に著者の提唱する学習法に沿って作られた英単語教材として今井宏『英単語・熟語トレーニングドリル2100(上)(下)』があるんですが、いまいち書き込みスペースが小さかったり、「CDを聴けば分かる」といって発音記号が載ってなかったり、もうひとつ使い勝手がよろしくないという印象です。
何か、「使えるドリル教材」はないんでしょうか。
はい、あります。
次回はその教材を紹介することにしましょう。
筆者紹介
.原井 (Twitter: @Ebisu_PaPa58)
平成元年生まれ。21世紀生まれの生徒たちの生年月日にちょくちょくびびる塾講師。週末はだいたい本屋の学参コーナーに行く。ビールと焼酎があればだいたい幸せ。
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