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怒りに効くメタル三選

アカウント乗っ取られから始まり、自分ではどうしようもないところで展開される不愉快な出来事でとにかく怒り(Fury)が溜まる一週間だった。飲む打つ買うを知らない人畜無害氷河期世代の人間なので、欲望の解放が下手っぴ。行き場のないこの怒りは溜まる一方である。

そんなときいつもそばにいて怒りを共有してくれるのはメタルだ。メタルはいつでも弱者の味方だ。ガンには効かないが効能はある。今週はそんな怒りを霧散してくれるようなメタルをいろいろ聴いていて、特に良かったものを三選記す。

全て独断と勢いによる個人の意見です。
話半分に聞いてください。


・St. Anger / Metallica (2003)


もうタイトルにAngerとか書いてあるし、全編ギスギスしたストレスマネジメントの悪い例みたいなドキュメンタリー、Some Kind Of Monster(邦題:真実の瞬間)まで制作された、名実ともに「怒り」がテーマのアルバムだ。

様々な要因で不満が蓄積し、鬱屈した雰囲気が蔓延して誰もが怒りを抱えている。まさに万人に共通する怒りの要素が、世界的成功を収めたバンドの内部で静かに、着実に広まっている。そんなブチ切れ待ったなしのメンバーが小出しにブチ切れながら作った作品は、ボルドーで飲むワイン、豊洲で食べる寿司みたいに本格的な怒りを味わうことができる。

1音2音下げは当たり前、ギターソロがない、スナッピーはオフ、MVは刑務所で撮る。既定路線から外れまくり、随所に不機嫌さを感じさせてとにかく全方位に向けて尖り散らかしている。削り立ての6H鉛筆1万本に突き刺されるかのごとく切実な痛みに溢れているのだ。

そのヒリヒリした怒りが、今は心地良い。

雲の上にいるメタリカという存在も人を呪うような怒りの衝動に駆られることがあるんだ。年収数億ドルでもプリプリ怒るんだ…というような勝手な想像をしたり、そもそも怒っていてもそこはプロ。曲もカッコいい。繰り返しが多くて冗長だと言われるけど、長いリフはいつまでもグチに付き合ってくれる友達なんだ。20年前はよく分からなかったけど、今となってはメタリカの中で3番目くらいに好きなアルバムになっている。

これを作ったときのメンバーはアラフォーだったけど、自分もアラフォーになったからこそ分かり始めたのだろうか。老人の道理は途半ば、若者の衝動も燻り残る。そんな両面を持つ中年初心者というセカンド思春期の心情の発露に共感したのかもしれない。

サウンド面ではスナッピーのないスネアの音が気に入らないというレビューがあるけど、そんなに悪くはない。むしろ好きだ。空間系という概念が蒸発した荒々しいギターサウンドに食いつく無機質さが、一層な虚無感・荒涼感を際立たせて他とは一線を画すこのアルバムの方向を決定づけている。

あるメタルドラマーによればライブ本番前に緊張しているとスナッピー入れ忘れて、大事な一発目が「ポコン」になることもしばしばある。つまりそれだけ気が昂っている証拠であり、その昂りを表現するためあえてのスナッピーオフという解釈もできるのではないか。もしくはうっかりさん。

【余談】スネアにおけるスナッピーは、中世〜近代のヨーロッパにおいて軍隊を規律正しく統率する目的で、太鼓の音量を大きくするために裏面に乾いた羊の腸を張って共鳴させたのが起源と言われる。規律を求めて備えられた装置なのだから、それを取っ払うのも規律という名の抑圧からの解放という怒りの一要素になるのではないだろうか(諸説あり)。


そんなアクの強いスネアもかっこいいが、ずっと強キックをお見舞いしてる音圧のバスドラも見逃せない。強迫に強キック、弱拍に小キックを絡めながら相手を翻弄して、筐体の向こう側にいる相手が舌打ちを連発してるのが見えるようだ。なんの話だ。


St. Angerに戻る。

このアルバムは11曲75分で構成されているが、聴いてると一枚で一曲のコンセプトアルバムという感じがする。75分ノンストップトイレ休憩一切なしで付き合ってくれる怒りカウンセラーだ。アンガーマネジメントでは最初の6秒をやり過ごすのが大事らしいが、そんなのより最大音量でこれを75分間聴かせたほうがいい。怒りの対象に。

とにかくこの作品は効果あった。自分の敵が80〜100Hzの狭間で圧死する姿が見えるわけではないが、少なくともストレスはこの荒削りサウンドがゴリゴリこそぎ落としてくれるだろう。


・Train Of Thought / Dream Theater (2003)


train of thoughtとは熟語で「思考のつながり」を意味する。そんな思考のつながりを探究し続けた結果、辿り着いた結論がなぜか「音圧」と「速弾き」になったとんでもなくマッチョな作品だ。奇しくも発売はSt. Angerと同じ2003年。911の尾をいまだ引く、暗いアメリカ史が影響しているのかもしれない。していないのかもしれない。

Dream Theaterはプログレメタルなので、変拍子やメトリックモジュレーションなど人を惑わせる要素も満載だ。そういった面を曲の展開や流麗さ、メロのキャッチーさなどの高度なアレンジで複雑に感じさせないことに定評があるバンドだが、今作ではプログレ要素をブン殴って従わせているとてつもないダークさを秘めている。全編を生々しい暴力性が支配しており、しかも無秩序な暴力ではない一糸乱れぬシンクロナイズド暴力だ。

そのダークさはSt. Angerの荒削りなサウンドでストレスが削ぎ落とされるのと対象的に、Train Of Thoughtでは軍隊が侵略者を蹂躙し、駆逐していく。破壊的ながらもある種の爽快感を感じさせてくれるのだ。ヘヴィネスに次ぐヘヴィネス、速弾きに次ぐ速弾き。これがストレスに効かないわけがない。

この作品は各帯域で音圧が渋滞している。主にチョコレートケーキのような重厚かつ胃もたれ寸前のジューシーさを目指したギターと、かのコージー・パウエルを越えたなと感じた極太レーザー音圧スネアあたりのせいだが。そんな機敏すぎるデブみたいな音の塊は正直EQかけないと心地良く聴けないけど、上手く調整することで、具体的にはややドンシャリにして100Hz辺りをカットすることで、この軍隊は更に機動性を増してストレスを撃破してくれることだろう。重ねて言うが個人の意見です。


またも余談だけど、オーディオマニアはそれぞれ自分のリファレンスというものを持っている。長年聴き込んだお気に入りの音源(CDなど)のことで、それをオーディオショップに持参していろいろなオーディオセッティングで聴き、自分好みの機材を探すというものである。そしてぼくが使うリファレンスは大抵このTrain Of Thoughtである。オーディオなんて買えないのでイヤホン選定のときにだけど。

As I Amのギターソロと、Honor Thy Fatherの2回目のサビが美味しく聴けるイヤホンに出会えることは最上の喜びである。


・Lateralus / Tool (2001)


前二作がサウンド面を中心とした効能があったのに対し、この作品はそれに加えてスピリチュアルな話になる。怒りを音圧で殴る方式だったのに対し霊圧で浄化するタイプになった。


ヴォーカルのMaynard James Keenan。あの虚ろなようで全てを見透している神秘的目ヂカラを持つ稀代の表現者であり、ステージに乱入してきたオーディエンスを投げ飛ばして抑え込みながら歌い続ける柔術黒帯である男(実話)が、あなたの顔先30cmまで迫る。近いと思って若干距離を取るが彼は更に近寄り、顔先15cmまで迫ってくる。そしてあなたの顔を優しく掴み、こう呟くのだ。一度目は諭すように切々と、二度目は激昂しながら。


This body, this body holding me
Be my reminder here that I am not alone in
This body, this body holding me
Feeling eternal, all this pain is an illusion

私を包み込むこの肉体が、
私が孤独でないことを思い出させてくれる。
私を包み込むこの肉体が、
永遠の存在を感じさせてくれる。
全ての苦痛など幻想に過ぎない。

Parabolaという曲の歌詞。
洋楽聴いてて歌詞が気になることはあまりないんだけど(そもそも英語ワカラン)、このアルバムを包み込む圧倒的な神秘性のおかげで、まるで人生に顕現した神々しい啓示を受けたように感動してしまった。我ら魂の存在、肉体は容れ物に過ぎず、苦痛など幻想に過ぎない…。

ちょっと自己啓発に心酔した人になっていることは自覚してるけど、この言葉がすんなり受け入れられるのは、シンプルに曲がすげえかっこいいからである。

Parabol(前編)〜Parabola(本編)の二曲は、丁寧に3分かけて聖水たるホーリーペトロを振りまいて、いざ本編で火炎放射のギターサウンドが曼荼羅の如く脳内に広がり、こびりつく「怒り」を燃やし尽くして一帯を焦土と化してくれる。この流れが瞑想・開眼・昇華といった精神の向上を促しているのである。

そしてこのParabolとParabolaの間に広告を挟むのは人類に対する罪である、というYouTubeのコメントに100回うなずいた。

また、このアルバム自体全米ビルボードチャート1位になっているくらい、音楽性の素晴らしさは言うに及ばず。怒涛の怨嗟:The Grudge、永遠の円錐:Schism、一大叙事詩:Lateralus(いずれも勝手なイメージ)などなど名曲が目白押し。皆んなでモッシュを楽しむ健全メタルというより、自分の内面と向き合う形の内省型メタルともいうべきこの傑作。心に手を当ててメイナードの魂の語りかけに耳を傾け、己に巣食う憤怒を浄化していくのである。


*****

いろいろ書いてきました今回のテーマ、
「2000年代のメタルは最高だ」

他にもPanteraやLamb Of God、Opethなども良かった。アナログとテクノロジーが交差してるあの時代だからこそのパワーもあるのかもしれない。しつこく言うが、個人の意見です。

ま、元気が出るならMaster Of Puppetsでも檄・帝国華撃団でもなんでも聴けばいい。そんな心のダメージ軽減をいっぱい見つけて少しでも朗らかに生きたいですね。

こんな乱文書いててもちょっと気が休まったし。

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