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それってパクリじゃないですか?第6話

それってパクリじゃないですか?』の第6話が放送されましたので、このnoteでも取り上げたいと思います。

 月夜野ドリンクには、緑のお茶屋さん以外に、「ジュワっとフルーツ」というドリンクがあるようで、今回は、月夜野と共同研究開発をしていた研究室の学生3名が、その炭酸飲料版である「ジュワッとフルーツスパークリング」なるドリンクに関し学会発表をしようとしていたところ、特許出願前に学会発表はしないで欲しいという立場の月夜野との間で揉めてしまう、という内容でしたね。

 この共同研究開発は、月夜野が100パーセント出資をして行われており、契約上、特許出願前の公開はできないという内容になっていました。
共同研究契約、共同研究開発契約で、対外発表について規定するのは当然のことであり、たとえば「本研究の成果について対外発表を行う場合、事前に協議の上、その発表者、時期、内容、方法につき合意しなければならない」とか「本研究の成果は、他方当事者の承諾を得ることなく、文書または口頭発表のために供してはならない」などといった文言として、勝手に発表することができないようにするのが通常かと思われます。

 昨今のアカデミックポストの厳しい就職事情を踏まえれば、学生目線では、学会で発表できないのは非常に大きな問題だろうとは思われます。しかしながら、むしろ共同研究している内容を相手方の同意なく、しかも出願前に学会で発表できると考える方がおかしいような気もします。

 まず、ドラマでは、新規性喪失の例外(特許法第30条)が出てきましたね。
 本第6話では、新規性喪失の例外の場合、公開から月夜野の出願までの間に第三者に先に出願されてしまう可能性があるため新規性喪失の例外に頼るわけにはいかないという旨の説明がなされ、基本的には学会発表は出願をしてからという話になっていました。新規性喪失の例外に頼るのは避けるべきというのはその通りだと思われます。
 なお、この点については、第1話の解説記事でも紹介しておりますので、ご興味があれば、そちらもご参照ください。上記リスクに加え、外国(欧州・中国)で権利取得を考える場合は避けた方がよいといった内容を記載しています。

 また、カメレオン・ティーについては営業秘密として保護すべく敢えて特許は出願しないという戦略のお話も出ていましたね。ドラマ中ではケンタッキー・フライド・チキンの例が出ていましたが、自社独自の技術として秘密のままにするというのは、常に多くの企業が実践していることです。
 一昔前、いわゆる、オープン・クローズ戦略というフレーズも流行しましたが、そこでは、市場を活性化させるために他の会社にもある程度の参入を促す必要があり、そのためにはある程度のところまでは敢えて技術を公開する、他方で、高い付加価値をもたらすような核心的な部分については技術を秘密のままにする、ということが説明されていました。
 営業秘密は不正競争防止法により保護されますが、そのためには、「秘密として管理されている」(秘密管理性)、「事業活動に有用な技術上又は営業上の情報」(有用性)、「公然と知られていない」(非公知性)ことが必要です。例によって根拠条文を見てみましょう。

「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。

不正競争防止法第2条6項

 この「秘密管理性」について、営業秘密保有企業の秘密管理意思が秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示され、従業員等の認識可能性が確保される必要があると考えられています。
 また、「有用性」については、その情報が客観的にみて、事業活動にとって有用であることが必要とされているものの、「秘密管理性」と「非公知性要件」を満たしていれば、基本的には、要件を満たすと考えられています(ただし、例えば、会計上の不正等公序良俗に反する情報が保護されないことは当然です。)。
 最後の「非公知性」では、一般的には知られておらず、又は容易に知ることができないことが必要であるとされています。特許法における新規性のように、秘密保持義務を負っていることまで必要はなく、事実上秘密として維持していれば、非公知と考えられる場合もあり得ます。

 ところで、話をドラマに戻しますが、今回、本当に特許出願は2週間では間に合わないのでしょうか?
 前提として、特許出願に必要な書類は、特許法第36条に定められています。

第36条(特許出願)
 特許を受けようとする者は、次に掲げる事項を記載した願書を特許庁長官に提出しなければならない。
一 特許出願人の氏名又は名称及び住所又は居所
二 発明者の氏名及び住所又は居所
2 願書には、明細書特許請求の範囲必要な図面及び要約書を添付しなければならない。
3 前項の明細書には、次に掲げる事項を記載しなければならない。
一 発明の名称
二 図面の簡単な説明
三 発明の詳細な説明
4・・・(以下略)

特許出願に必要な書類や記載要件を規定する特許法第36条

 特許請求の範囲は後から明細書・図面に基づいて補正ができますので、大事なのは明細書・図面ということになり、たしかに後々の権利行使まで考えてしっかりしたものを作成するのは大変です。
 通常であれば1ヶ月くらいかけますし、足りない資料・データを補充するためにそれ以上の時間を要することも普通です。とはいえ、必要なデータがあり、追加打合せ等が必要ないのであれば、特急で仕上げて1日で何とかなるものではあります。
 ただ、残念ながら今回はデータ自体が足りないという設定でしたので、特急で明細書を書くわけにはいかないようでした。

 また、一応、日本版仮出願と呼ばれている特許法第38条の2という規定もあり、たとえば、研究論文が公表されてしまうというような場合に、その研究論文の原稿(外国語でも良い)に基づいて仮ということで出願することも、一応は、できますが、大きなデメリットがあります。というのも、研究論文と特許出願明細書とは方式が全く異なるため、後に方式を整えるための補正が必要となります。また、もし仮に実験データは研究論文に記載されていたとしても、(広めの)特許請求の範囲を基礎付けるような概念(中位概念、上位概念)の記載がない等特許出願という観点からは記載が不十分であることが多く、補正される内容によっては当初明細書としての研究論文に記載された事項から自明な事項とは言えなくなり、結果的に新規事項の追加(特許法第17条の2第3項)と判断される可能性もあります。ですので、特許法第38条の2の日本版仮出願は非常に差し迫った緊急事態の場合においてすら使われるかどうか、という程度の制度であり、少なくとも私は実例を担当したことがありません。

 視聴している際は、これは、とりあえず出願をしておいて、あとから官能試験等で国内優先権主張出願をすれば良いのではないか?と感じましたが、ドラマでは「国内優先」の話は出てきませんでした。
 「国内優先」とは、一言で言えば、後から特許出願の内容を追加できるということです。分かりやすく具体例を挙げると、まず、「発明α」という内容の特許1を出願しておき、そこから1年以内に特許出願1の優先権を主張して、「発明α」と「発明β」という内容の特許出願2をします。そうすると、先に出した「発明α」の部分については、特許2を出願した時点ではなくてその前の特許1を出願した時点を新規性・進歩性の判断基準時にしてもらえる、という制度です。(このような場合だけではなく、Aとの要件であった発明を先に特許出願して、後からA+Bを要件とする発明として国内優先するパターンや、上位概念としての発明自体は変更せず実施例を補完するパターンなどもあります。)
 今回は、上記の具体例のような別の発明ということではなく、後出ししたいのは実施例の評価結果や効果だけだと思われますので、むしろ実務家的には、国内優先が第一感であるとは思われます。
 しかしながら、もし、サポート要件(発明が明細書自体に書いてあるか?発明が、明細書と技術常識から、当業者が発明の課題を解決できると認識できるか範囲内のものか?)等の記載要件を満たすための実施例ないしその評価の追加が必要ということなのであれば、国内優先をしてもサポート要件を満たしていなかった当初出願部分につき優先権が効かない可能性があり、そのような場合にあっては国内優先を採りづらいことにはなります。(なお、食品特許のサポート要件については後掲トマトジュース事件が、国内優先とサポート要件の関係については人口乳首事件[東京高裁判決平成15年10月8日・平成14年(行ケ)539号]旋回式クランプ事件[知財高裁判決平成24年2月29日・平成23年(行ケ)第10127号]などが参考になります。)

 本第6話では、学生との対話の様子、共同研究開発が終了するとしてもデータはまとめておきたいという学生の発言のシーンなどがあり、きちんとした状態の特許を出すという方向で進みました。
 その後の亜季の「やばい」で権利が取れればというような発言を受け、北脇弁理士が「官能試験」のデータで特許性を基礎付けられる可能性がある、と説明し始めましたね。
 個人的には官能試験を始めとする試験自体は終わっていて、そこで良い結果が得られておらず、効果の差異が出る試験方法を模索している最中なのかと思って視聴していたので、そこで初めて、「え、官能試験まだやってなかったのか!」と感じました。
 官能試験とその分析が学会発表までに間に合うのであれば、たしかに国内優先しないに超したことはないと思います。
 というのも、仮に月夜野が、学会で発表される内容を出願しておき(出願1)、そこから1年以内に国内優先権主張出願(出願2)をするとしても、他社が、出願1の明細書の内容には含まれず、出願2の明細書に含まれる内容を、月夜野が出願2を出すより前に出してしまう、というリスクは存在します(同様のリスクについて、私どもの方ですでに第1話の解説に記載済みですので、ご参照ください。)し、上述のサポート要件の問題も生じ得るためです。

 ここで、「飲み物」で「官能試験」と聞けば,、個人的には、トマトジュースの事件[知財高裁判決平成29年6月8日・平成28年(行ケ)第10147号]がまず頭に浮かびます。
 この事件では、伊藤園が有する「トマト含有飲料及びその製造方法、並びに、トマト含有飲料の酸味抑制方法」に係る特許に対し、カゴメが特許無効審判を提起しましたが、特許庁に受け入れられず有効とされた判断が知的財産高等裁判所で覆ったという事件です。その根拠としては、前記のサポート要件違反というものでした。
 この特許は、含有量等の範囲を規定した特許、いわゆる「パラメータ特許」でしたが、本判決では、「濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制されたとの風味を得るために、糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量の範囲を特定すれば足り、他の成分及び物性の特定は要しないことを、当業者が理解できるとはいえず、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された風味評価試験の結果から、直ちに、糖度、糖酸比及びグルタミン酸等含有量について規定される範囲と、得られる効果というべき、濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制されたという風味との関係の技術的な意味を、当業者が理解できるとはいえない。」と判断しました。
 また、当該事件においても、今回のお話のような風味の評価試験が12人のパネラーによって行われたようです。しかし、この判決では、「甘み」、「酸味」又は「濃厚」を点数をつけるとしても基準からの加点、減点の幅は人それぞれであるため、正確に評価することはできないなどとして、当該試験評価から、実際に、濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制されたという風味が得られたことを当業者が理解できると はいえない、としました(詳細は判決文をご確認ください)。
 一言で言ってしまえば、(含有量の)変数が示す範囲と得られる効果(味)との因果関係が分かるように試験していないといけないというものであると理解しております。

 話は戻りますが、本第6話では、めでたく、官能試験とその分析が学会発表までに間に合い、学生達と月夜野ドリンクのメンバーも良い雰囲気となって話が終わりました。
 北脇弁理士の人間らしさも垣間見えるようになり、ますますこの先の展開が気になります。
 次回の第7話は、特許侵害警告がテーマになるようで、切った張ったが大好きな私どもとしては大変楽しみです。

文責:鈴木佑一郎山田康太


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