アミノ酸含有加工食品の差止め及び廃棄の仮執行宣言
東亜産業は、物質特許侵害を理由とするアミノ酸含有加工食品の差止め及び廃棄請求を認容した東京地裁の判決に対し控訴していました。知財高裁は控訴を棄却し、仮執行宣言を付しました(知財高判令和6年3月27日、令和5年(ネ)第10086号)。
https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/864/092864_hanrei.pdf
5-アミノレブリン酸リン酸塩の物質特許(特許第4417865号、「本件特許」)の特許権者であるneo ALA株式会社が、5-ALAホスフェート(5-アミノレブリン酸リン酸塩)が含まれるアミノ酸粉末を含む加工食品を販売している株式会社東亜産業(「東亜産業」)に対する、差止め及び廃棄を求めた事案です。
東亜産業により、本件特許無効審判(無効2021-800078)が請求され、不成立審決が確定しています。審決取消請求事件の判決(知財高判令和5年3月22日、令和4年(行ケ)第10091号)もご紹介します。https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/964/091964_hanrei.pdf
本件特許の請求項1
「 下記一般式(1)
HOCOCH2CH2COCH2NH2・HOP(O)(OR1)n(OH)2-n(1)
(式中、R1は、水素原子又は炭素数1~18のアルキル基を示し;nは0
~2の整数を示す。)で表される5-アミノレブリン酸リン酸塩。」
差止請求控訴事件判決
本件控訴を棄却し、原審の認容した差止め及び廃棄請求について仮執行宣言を付しました。
特許無効の抗弁については、口頭弁論期日において、無効審判請求(無効2021-800078)で請求不成立審決が確定したため撤回したり、時機に後れた攻撃防御方法に当たるものとして却下されたりしたため、争点は、①技術的範囲への属否と②差止め及び廃棄の必要性のみになりました。
① 技術的範囲への属否
控訴人(東亜産業)は、本件特許の特許請求の範囲の記載に基づき、明細書の記載を考慮すると、本件発明の技術的範囲は純粋な物質に限定して解釈されるべきであると主張しました。
しかし、裁判所は、特許請求の範囲の記載は、化学物質の物質特許であることを示すものであって、その技術的範囲が単離された高純度の物質に限定されることを直ちに意味するものではなく、本件明細書には単離された高純度のものでなくとも発明の効果を奏することが開示されていると判断し、控訴人の主張は採用されませんでした。
また、控訴人は、本件特許の化合物自体は公知であり、その発明の技術的意義は当該化合物を製造できたことについて認められるものであるから、その技術的範囲は、発明者が現実に発明した製造方法によって製造された物か、単離された高純度の化合物に限定されるべきであると主張しました。
しかし、以下の理由で、裁判所は控訴人の主張を採用しませんでした。
(ア) 特許出願前に頒布された刊行物に物の発明が記載されているというためには、発明の構成だけでなく、当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、その技術的思想を実施し得る程度に開示されていることが必要であり、特に新規の化学物質である場合には、その製造方法を理解し得る程度の記載があるか、又は、当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、その製造方法その他の入手方法を見出すことができることが必要であるが、引用例には、5-アミノレブリン酸リン酸塩の製造方法の記載はなく、特許出願時の技術常識に基づいて当業者がその製造方法その他の入手方法を見出すことができたと認められない。
(イ) 本件明細書は新規の化学物質の発明である本件発明について、当業者が実施し得る程度の発明の技術的思想を開示するものであって、単なる製造方法としての技術的意義にとどまるものではない。
(ウ) 特許が物の発明についてされている場合には、その特許権の効力は、当該物と構造、特性等が同一である物であれば、その製造方法にかかわらず及ぶこととなる(最高裁平成24年(受)第1204号同27年6月5日第二小法廷判決)。
②差止め及び廃棄の必要性
控訴人は、現時点で控訴人が各控訴人製品の製造、譲渡及び譲渡の申出をするおそれはない旨主張しました。
しかし、裁判所は以下の理由で本件特許権を侵害するおそれがあると判断し、控訴人の主張は採用されませんでした。
(ア) 控訴人は、少なくとも令和元年3月から令和5年12月25日頃まで控訴人製品を日本国内で製造し、譲渡し、譲渡の申出をしていた。
(イ) 控訴人は控訴人製品が本件発明の技術的範囲に属することを争っている。
(ウ) 控訴人が製造、譲渡等の能力等を有しないことが客観的証拠により的確に裏付けられているとはいえない。
(エ) 控訴人は令和6年1月までに控訴人直営オンラインショップ又は控訴人公式ショップ注文を受け、うち1件はキャンセルしたが、残り4件は控訴人製品の譲渡を行っている。
審決取消請求事件判決
本件発明の技術的意義として以下を認定しました。
5-アミノレブリン酸は、様々な用途に有用であることが知られ、また、塩酸塩としてのみその製造方法が知られていた。
本件発明は、塩酸を含む5-アミノレブリン酸塩酸塩よりも、低刺激性の5-アミノレブリン酸の新規な塩の提供を目的とする発明。
本件発明の5-アミノレブリン酸リン酸塩は、臭気が感じられない上、皮膚や舌に対して低刺激性であり、皮膚等への透過性も良好であるなどの効果を有する。
取消理由
新規性の有無に関する判断の誤り
裁判所の判断
引用文献には、組成物が5-アミノレブリン酸の誘導体を作用物質として含有する旨、この作用物質として「5-アミノレブリン酸またはその塩またはエステル」が特に有利である旨が記載された上で、この「塩またはエステル」の有利な例として22種類の化合物が挙げられ、その中に「5-ALAホスフェート」(注:5-アミノレブリン酸リン酸塩と同義)が記載されていると認定しました。
引用文献には、化合物である5-ALAホスフェートが記載されているといえるものの、その製造方法に関する記載は見当たらず、5-ALAホスフェートを引用発明として認定するためには、引用文献に接した本件優先日当時の当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、本件優先日当時の技術常識に基づいて、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を見いだすことができたといえることが必要であると判示しました。
5-アミノレブリン酸単体の製造方法は周知であったことを示すために原告が提出した文献には、細菌を培養して発酵液中にALA(5-アミノレブリン酸)を産生させる技術は開示されているものの、5-アミノレブリン酸単体を得る技術は開示されておらず、引用文献にも「5-ALAは・・・化学的にきわめて不安定な物質である」、「5-ALAHClの酸性水溶液のみが充分に安定であると示される」と記載されていることから、本件優先日当時において、5-アミノレブリン酸単体を得る技術が周知であったとは認められないと判断されました。
引用文献に接した本件優先日当時の当業者が、化合物である5-アミノレブリン酸リン酸塩を製造する方法として、培地成分等と混合した状態で5-アミノレブリン酸が存在する発酵液にリン酸を添加する方法(又はこの発酵液をリン酸溶液に添加する方法)を、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮することなく見いだすことができたものとはいえず、本件優先日当時の当業者が、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を容易に見出すことができたというべき事情は存しないから、引用文献から5-ALAホスフェートを引用発明として認定することはできないと判断されました。
引用発明は本件発明のように5-アミノレブリン酸リン酸塩ではないから、本件発明及び引用発明は、相違すると判断され、請求は棄却されました。
(コメント)
審決取消請求事件判決では、「刊行物」に「物の発明」が記載されているというための「判断基準」が示されています。そして、同内容が、差止請求控訴事件判決にも示されています。
刊行物に化合物名のみが記載され、製造方法が記載されていなくても、「当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその製造方法その他の入手方法を見いだすことができる」場合は、引用発明となりえます。
この点を考慮したうえで、引用発明を認定して、特許性を判断することが必要となります。
判断基準(判決抜粋)
「刊行物」に「物の発明」が記載されているというためには、同刊行物に当該物の発明の構成が開示されていることを要することはいうまでもないが、発明が技術的思想の創作であること(同法2条1項参照)にかんがみれば、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその技術的思想を実施し得る程度に、当該発明の技術的思想が開示されていることを要するものというべきである。
特に、当該物が新規の化学物質である場合には、新規の化学物質は製造方法その他の入手方法を見出すことが困難であることが少なくないから、刊行物にその技術的思想が開示されているというためには、一般に、当該物質の構成が開示されていることに止まらず、その製造方法を理解し得る程度の記載があることを要するというべきである。そして、刊行物に製造方法を理解し得る程度の記載がない場合には、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその製造方法その他の入手方法を見いだすことができることが必要であるというべきである。
(文責:矢野 恵美子)
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