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窪田製薬社長は研究者であって、医者でもある

こんにちは。
窪田製薬の広報の武藤です。

窪田製薬は、”世界から失明を撲滅する”ことをミッションとし、目に関わる創薬、デバイス開発を行っています。

今回は、窪田とはどんな人なのか、どのようにして研究者や医者から製薬会社の社長になったのか、など窪田についてお話させて頂きます。

ある時は研究者で、またある時は医者として、かたちを変えながらも目標に向かって進み続ける人間、それが弊社の社長、窪田良です。

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                      Kubota Vision Inc 設立当時

窪田製薬 挑戦の始まり 

“世界から失明を撲滅する” 
 
窪田のこんな思いから、窪田製薬ははじまりました。 
 
これは窪田製薬のミッションであり、窪田がこれまでの多くの経験を経て、もっと大勢の人たちを救うためにできることがあるのではないか、と考え導き出した答えでした。 
 
そして2002年、窪田はシアトルの自宅地下室にて会社(Kubota Vision Inc)を立ち上げます。
 
会社はその後、さまざまな困難をくぐり抜け、「エミクススタト塩酸塩」という新規化合物の発見、加齢黄斑変性やスターガルト病、緑内障などの眼科治療薬の開発を進めていくこととなります。 
 
2016年12月、本社機能を日本に移し、窪田製薬ホールディングス株式会社を発足し、現在のかたちになりました。 
 
窪田にはいつもやりたいこと、目標がありました。 
いつでもその目標のために、とにかくやって、やって、やってみてきたのです。 
 
会社を設立する前までは臨床医として活躍し、さらには研究者として大きな発見を成し遂げた過去もあります。 
 
そんな窪田のすべての始まりは、“世界を変える日本人になる”という幼い頃に抱いた思いからでした。 

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窪田社長 10歳の決意

遡ること1976年。 
当時10歳の窪田は父親の仕事の関係でアメリカへ渡ることになりました。それまで幾度となく転校を繰り返していた窪田にとって、“いつものこと”のだったはずの5回目の引越しは、今までとは何もかもが違いました。 
 
多くのカルチャーショックの中でも、自分が“日本人”というだけで差別をされた経験は窪田にとって忘れることのできないものとなります。
なかでも、少年窪田の心に深く刻まれたこの一言。 
 
「日本人は人のまねをするばかりで、自分では何も新しいものはつくれない」 
 
そして、窪田は決意しました。”世界を変える日本人になる”と。 
 
劣等生だった窪田少年は次第に、アメリカの学校で5年生を飛び級するほどに成長しました。そして帰国後も猛勉強を続け、慶應義塾大学の医学部へと進学します。 

研究者から医者へ 医者として人を救いたい

子どもの頃からとにかく眼が大好きだった窪田は、歴史に残る発見がしたいという大きな目標も相まって、眼の研究に没頭していきます。 
 
そして1995年、窪田29歳の冬に緑内障原因遺伝子「ミオシリン」を発見、1997年には論文発表、そして須田賞を受賞するという快挙を成し遂げます。 
 
それまで研究に明け暮れる日々を送っていた窪田ですが、だんだんと臨床眼科医への思いが強くなっていきます。 
 
医師免許を持つものとして、真に困っている患者を救うべきではないか。 
  
医者として人を救いたいという思いは、窪田を研究者から臨床医師への道へ向かわせます。そして窪田は、腕自慢の猛者たちが集まる虎の門病院の扉を開けました。 
 
窪田はその後、臨床眼科医として修行を積み、ついには映画界の巨匠今村昌平監督の手術も行うほどになりました。 

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医者から社長へ!? さらなる挑戦 

かたちにとらわれることなく、変化を恐れることのない窪田は、常に目標のためにいろんなことをやってきました。
研究者としても、臨床医としても成果を上げて実力をつけた窪田は2000年、新たな目標を掲げ、再びアメリカへ渡ることになります。 
 
窪田は、臨床医として患者さんたちと接する日々のなかで、さらに多くの人たちを救うために何かできることはないかと模索します。それはやがて、現在に至るまで窪田製薬のミッションとしてあり続ける、この想いに繋がったのです。

それが、“世界から失明を撲滅する”です。 


現在、窪田製薬は、創薬研究・開発はもちろん、遠隔医療眼科用機器やメガネのいらない世界の実現を目指すクボタメガネなど、新たなデバイス開発も行っています。
 
常にチャレンジし続ける弊社の社長は“世界を変える日本人になる”ため、そして窪田製薬は社長とともにミッションである“世界から失明を撲滅する”ため、現在も、そしてこれからもまい進していきます。 

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窪田 良(くぼた りょう)
窪田製薬ホールディングス株式会社 代表執行役会長、社長兼最高経営責任者 (CEO)
クボタビジョン・インク 会長、社長兼最高経営責任者 (CEO)
慶應義塾大学医学部客員教授
全米アジア研究所 (The National Bureau of Asian Research; NBR) 理事
NASAディープスペースミッションNASA HRP Investigator(研究代表者)


主なメディア掲載・受賞歴

2009年  『Seattle Business Magazine』誌にて、ワシントン州で25人のトップイノベーターである起業家の1人に選ばれる。
2010年  『Pharmaceutical Executive Magazine』誌により、「Emerging Pharmaceutical Industry Leaders for 2010」の一人に選出される。
2011年 『PharmaVOICE』誌により、ライフサイエンス業界で最もインスパイアされるリーダー100人の1人に選ばれる他、『日経ビジネス』の「次代を創る100人」に選出。
2012年 『AERA』の “現代の肖像” に掲載。
北カリフォルニア日本協会とスタンフォード大学日米技術経営センターが共同で実施した「Japan-U.S. Innovation Awards」で、Emerging Leader – Japanを受賞。
2013年 『ウォールストリートジャーナル』が「世界を変える日本人」と紹介。
『BSニュース 日経プラス10』、『BSフジLIVE プライムニュース』、『TBS 夢の扉+』に出演。
2016年 『日経ビジネス』の「次代を創る100人」に選出。朝日新聞の経済面の連載「けいざい深話」に連載。
2018年 『全米アジア研究所』(NBR;nbr.org) へ「Incentivizing Life Science Innovation in Japan and the United States」、「Japan’s Healthcare Strategy: In Support of a New Mandate for Japan’s Chief Medical Officer」、「Aspiration over Action in Japan’s Approach to Health Innovation」などの政策提言を寄稿。
『The Japan Times』(japantimes.co.jp) が「Time to empower Japan’s chief medical officer」、「Aspiration over action in Japan’s approach to health innovation」などの政策提言を寄稿。
『読売新聞』アピールコラムに執筆:「日本にCMO制度の早期創設を」。
2019年『モーニングクロス』にコメンテータとして出演

米国眼科学会(AAO)、視覚眼科研究協会(ARVO)、日本眼科学会、慶應医学会、在日米国商工会議所(ACCJ)、一般社団法人日米協会会員。ワシントン州日米協会理事。Forbes Japanオフィシャルコラムニスト、Japan Timesコラムニスト、慶應義塾大学医学部新聞編集委員。

著書『極めるひとほどあきっぽい』(日経BP社)、『「なりたい人」になるための41のやり方』(サンマーク出版)。

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