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ストラップが切れた

最近「風呂入らなさすぎ症候群」のせいで膀胱炎になった私は、泌尿器科に治験協力に行くために雨の中京橋を歩いていた。
京橋は京阪とJR間が「混沌」で有名だが、今日も「キリストの意図とは違うと思うよその布教の仕方」「いつみてもO型たりてへん献血」「シンプル物乞い」で賑わっていた。
そんな中、キレ散らかしてるホームレスの横を、「なんとも思ってへんで〜、私はなんもしてへんで〜」という空気を出しながら通り過ぎたタイミングで、足元でプツンと音がした。
「え?」と声を出して立ち止まり、足を見ると、サンダルのストラップが切れていた。
あぁ、ついにか、と思った。
最近かなりボロボロになってきていたし、そろそろダメになるかもな、とは思っていた。
私が大学1年から履き続けていたサンダル。
勝った日も負けた日も月曜一限の日も、
留年した日も「クボちゃんって雨の日でもサンダル履いてるよな、靴ないん?」って言われた日も「11月やで」って言われた日も履いていたサンダル。
お父さんに初めて買ってもらったサンダルの、ストラップが切れた。
靴屋なんて周りにはないし、あいにく靴なんぞ買う金があれば泌尿器科には向かっていない。
混沌の間で立ち尽くしてしまうのは、危険である。
聖書を持ったおばさんも、ブチギレホームレスも、す・またんのカメラも、今か今かと自分の話を聞いてくれる人を待ち構えている。
とりあえず女将みたいに歩いて泌尿器科に向かった。
このサンダル、長いこと履いたなあ。
待合室でケータイを開くと、父親からメッセージが来ていた。

怖すぎ

タイミング嫌すぎる。


母親が死んで、5年経っただろうか。
それまで一緒に暮らしていなかった父親と暮らした5年間は、今思えばなかなか楽しかった。

墓参りに行って違う墓をお参りしちゃったあの年の夏も、厄払いに行ったら落石に合うわナビは壊れるわ落雷には合うわで無理やりたどり着いたら神主にドン引きされた日も、俺の地元ヤンチャやねん話を3時間聞かされた夜も、晩御飯にちゃんと4品作らないとブチギレられたのが納得いかなくてキレ返したら猫と亀ごと家から追い出された大晦日も、今思えばなかなか楽しかった。

今私が家を出て、父は一人で、あの広い家で、
何を考えているんだろう。
泌尿器科を出て、父に電話をかけた。

ク《もしもし?どうしたん?》
父《あ!?あのさ、俺のクリーニングのカード持ってない?》
ク《あー、持ってるわ、ごめん、返すわ》
父《おん、また持ってきて、それだけやわ》
ク《おん》
父《あと、元気?》

笑ってしまった。やっぱり寂しかったんだなと思った。

なんだかんだ、私と父は血が繋がっていて、険悪な時もあったし姉と父はいまだに仲が悪いしめちゃくちゃ金で揉めてるけど、なんだかんだ、切っても切れぬ関係だ。
金で揉めようが墓で揉めようが、誰かが死ぬまでに寄り添い合う気持ちを持っていれば、また3人で母の墓参りにでも行けるだろう。
ゆっくりでいいし、私たちのペースで家族になればいい。


「きっと苦労するやろうけど、家族やから大丈夫やで」


いつの日にか母に言われた言葉が頭をよぎる。
一緒に暮らしていないけれど、
5年前から、考えても仕方ない「もし、あの時」にいまだに悩まされるけれど、
サンダルのストラップは切れてしまったけれど、
家族だから大丈夫。
きっと、何があろうが家族になれるから、戻れるから、大丈夫。

ク《元気やで、いま泌尿器科の帰りやわ》
父《あぁ?!泌尿器科?!?きったねーお前!》

私たちのペースで家族になればいい。

父からもらった壊れたサンダルを引き摺りながら混沌に着き、先ほどのホームレスを横切ると、おしっこみたいな匂いのせいで鼻の奥がツンと痛くなった。

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