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『完全な真空』

まーちゃん🖌️
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「時間になるまでは億劫だけど、始まってしまえば最高なんだよな~」というイベントが人生の中でいくつかある。私にとってその最たるものが、『映画を観ること』だ。
最近はやることが山積みで、「あ~!なにも終わってやしないのに!」と言いながら眠りにつく毎日を送っている。あまりに自分がかわいそうなので、現実逃避をするために映画を観ることにした。テスト前日に部屋の掃除をはじめてしまうようなタイプの私にとって、忙しくて身動きがとれないこんな日は、絶好の映画チャンスである。
とはいえ、映画館に行く時間もお金もないので、自宅でネットフリックスのお世話になることにした。前から気になってブックマークをしていた映画たちをたどって、一番見やすそうなものを開く。

60分くらいの短い邦画。日本のとある私大に通う、どこにでもいるちょっと怠惰な大学生・隼人が、その“ちょっと”の怠惰をきっかけに、どんどん悪い方向へ足を踏み外していってしまう様子を描いた作品だった。
隼人は、ノリではじめたパチンコで、ある日大金を失ってしまう。家賃や生活費の支払いがままならなくなってしまった彼は、恋人や友人に金を借りながら生活をするが、とうとう金に困って、いわゆる「闇バイト」に手を出す。ちょっとした作業で大金が手に入ってしまう楽さに身を委ね、闇バイトから離れられなくなってしまった隼人。回ってくる仕事は次第にどんどん悪いほうにエスカレートして……と、あらすじはこんな具合である。
大変安っぽそうだと思われるかもしれないが、この映画の面白いところはその“演出”にある。
この映画で私たちが観られるのは、最初から最後まで、隼人の見えている世界だけ。カメラは隼人が観たものだけを映し、鏡をみている時以外は、スクリーンに隼人は映らない。私はあまり見たことがない変わった手法が使われた作品だったのだが、これがとにかくすごかった。

隼人以外の視点を描く描写がないので、隼人のことを周りの人間がどう思っているかや、隼人が知らない間に起きていた出来事はこちらにも一切分からない。なので当然、観ている私たちも、隼人と同じタイミングで全てを知る。
パチンコで大負けし、何もなくなってしまった財布の中、恋人に振られる時の唐突さ、黄色に赤字で書かれた督促状が入ったポストを開けた瞬間の手、闇バイトで取り返しのつかないところまで来てしまったと察する瞬間。映画を観始めたはずなのに、いつのまにか「隼人の人生」を生きているような気分になって、全部自分のことみたいに、ぐわわわと「ヤバさ」が押し寄せてくる。隼人と同じように冷や汗をかき、動悸を早め、涙を流し、そして、絶望する。
この60分間で、彼に救いは訪れない。
都合の良いタイミングで現れるヒーローや救世主は存在しない。堕ちるところまで堕ち、もう後戻りはできないところで、ブラックアウトするようにこの映画は終わりを迎える。

観終わって、しばらく立てなくなった後、「確かに、人生ってこうか」と思った。

私が隼人と一緒に冷や汗をかいている時に起きている出来事って、唐突ではあるが「ハプニング」ではない。全て彼の怠惰が引き起こした、いわば想定内の出来事ばかりだった。
不幸で不運なように見えて、実は全ての原因は彼にある。
お金がないと思った時にパチンコ屋から出たり、支払い伝票が届いたタイミングで誰かに相談したり、闇バイトだと知った瞬間にその場から離れたり。
「あ、ヤバイかも」と思ったその時に、逃げずに向き合ったり、対処したりすれば、ラストシーンのような最悪の事態は起きなかったはずだ。

スクリーンの中で起こる出来事は、彼と私たちにとって、全てが突然で、でも確かに必然だった。

なんかこれ、痛いとこつかれた気がする。
私はすぐにスマホをおいてPCを開き、作業に戻った。私もちょうど、隼人と同じように「あ、ヤバいかも」から逃げていたからである。

このnoteもそうである。隔週金曜日にアップすると分かっているんだから、前々から書いておけばいいものを、「まあまだ時間あるし」と先延ばしにし、すでに21:30。もうかなりヤバイ状態だ。それもこれも、全て「ハプニング」ではない。全て自分の怠惰に起因するものだ。

ああ、反省した。
もう二度と、この世に存在しない映画の感想文を書かなくて済むように、次からは前もって書き進めようと誓った。




※これは『完全な真空』(スタニスワフ・レム著)という作品から着想を得た、架空の映画批評文です。


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