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ヤングケアラー? 私のことだ!(新しい言葉を知って、膝を叩いた私)その2

「ご飯できたよ」
 2人を台所の食卓へと招く。席につくや否や、かっこむように食事を進め、2人の視線は冷蔵庫の上のテレビに釘づけ。
 「おいしい」とも「まずい」とも言わず。まるで義務であるかのように、ただ食べ物を胃に詰めこんで、そそくさと席を立ち、テレビの続きを居間で見るために、去っていく。
 残された私は、キッチンに一人。
 食べ散らかした食器を流しに運び、無力感でいっぱいになった心に鞭を打ち、今度は後片付けの作業に入るのだった。
 不良少年の更生、と言っても実際にはどんなことをしていたのか。放課後その少年を呼んで話し合い? 保護者も来校して、話し合いが長引いたのか。夜の8時9時まで? 具体的なことはまったくわからない。
 遅くに帰宅すると、いつにも増してむすっとして機嫌が悪そうなので、詳しいことを聞くこともできない。
 ある時いつもの通り、父がヒステリーを起こしていたので、急いで食事を作ろうと、自分の背丈より高い棚に置いてあった中華鍋を取ろうとしたら、揚げ物をした残りなのか、大量の油が入っていて、それが床に全部こぼれてしまったことがある。
 急いでいるのに。
 余裕のない私は、ここでも泣きそうになった。誰も助けてくれないことは、知っているので、古新聞を使って始末をした。いつも以上に疲れた一日となった。
 帰宅した母にそのことを報告した。
 その時私は、このヒトは、本当に気が違っているのかもしれない、と思ってしまった。
 私の言葉を聞いて、
「床が掃除できて良かったじゃない」
 と真顔で言ったのだ。
「そんなとこに油入れておいてごめんね」
 でも、
「一人で大変だったね」
 でもなく。
 はぁ?!
 何、その言い草。私は、いつものように絶句して、しばらく言葉が出なくなってしまったが、母はさっさと台所から出て行ってしまった。
 本来ならやる必要のない家族の世話をしているヤングケアラーは、大変だ。けれど、そこに誰かからの労いの言葉があるか否かは本当に重要なポイント。
 母がここで、何か一言でも寄り添うような言葉を発したならば、私もこんな気持ちにはならなかったに違いない。
 結局は。
 そういう心のコミュニケーションが取れていないのだ。まごうことなき機能不全家族だった。
 父だって、おかしいだろう。そんな文句を私たち子供にぶつけるなんて、父親としてどうなのか。
「俺一人なら、お茶漬けで済ませられるのに」
 とまで言っていたけれど、それは子供がいるから良くないという意味? 作っているのは私なのだから、そんな言い草は通用しない。
 大体私が受験期であることへの認識が薄かった。遡って高2の秋、これからの進路についてどうするか家族で話し合うように、と担任の先生に言われた日のこと。
 帰宅して父に伝えたところ、
「今日は20年ぶりに、ヤクルトが優勝しそうだから、そっちに重きを置いて」
 と拒否されてしまった。
 え。
 娘の将来より、野球? しかも別にヤクルトのファンでもないのに。
 今自分が子供を持ち、同じような岐路に立った時、この日のことを思い出す。
 ありえない。ひどい。
 私と夫の広大は、どんな時でも子供が話があると言われた時には、時間を作るようにしたし、耳を傾けてきた。それは、夫婦で確認するまでもなく、当然のことで、それ以上に優先することなどないと思っている。
 父に言われた一言があまりにショックだったので、数年経ってからその時の気持ちと共に本人に伝えた。
「そういう意味で言ったんじゃないのに、すぐ稀沙は悪いように取るんだから!」
 と逆切れされた。
 他にどんな意味があるというのだ。どちらにせよ、心ない言葉で娘を傷つけたことは事実じゃないか。                           また、結婚して初めての新年。夫の実家で両家が集まって新年会をやることになった。1月2日の予定だった。
「その時間、ちょうど箱根駅伝やってるんだよな。見られなくなっちゃう」
 と父。ヤクルトの時と何が違うのだ。やはり、娘よりテレビの方が大切なのかと思われても仕方ないだろう。
 翌年から、父は来なくなってしまった。義母は、お節介なタイプで自分の作った料理を、
「もっと食べてください」
 などと強要していた。その攻撃が嫌だから、来なくなったと母から聞いた。
 一人やって来た母が、
「今日主人は、学校の方でどうしても抜けられない新年会があって・・・」
 とウソをついているのも、なんとも悲しく情なかった。真相を私に告げる母も母だけど。
 このような両親だったから、毎日を転がしていくだけで精一杯の私だった。人様の子供の更生にかまけていて、もし私がぐれたり家出したりしたら、とは思わなかったのか。                                               思わなかったのである。

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