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年明けのクリームパスタ

ちょうどコロナが流行り出す直前の4年前のこと。
大学3年も終わろうとしていた12月の私は、マイナビとマッチングアプリの併用で忙しかった。

その時の私はさまざまな縁を切り疲れ果て、飲み会に誘われるたびに実家に帰ると嘘をつき、アリバイ工作のために部屋の電気を消して過ごす夜などがあった(LINE見返して爆笑した、追われてんの?)

とにかく、明るい未来に向けてヤケクソだった。


年末からはじめたアプリは会うまでに短気を起こし、なかなか続かなかった。しかし逆にいろんなアプリを転々としたことで、「あれ、こないだもマッチしましたよね?」という彼に遭遇した。
今だったら、「ああ、どこにでもいて大変ですね」と思って即切っていた。でも初心者だった私は「こっちでもマッチしてくれるなんて!よっぽど相性がいいんですね〜!」とバカ素直に喜んだ。
そして年明け、はじめてアプリの人に会おうと決めたのだった。


その日はたまたま1人でライブハウスに行く日だった。車を持っていなかった大学生にとっては、ちょっと行くのが面倒くさい場所のライブだったので、私はアッシーついでにその人に会うことにした。そうでもしないと会わないだろうなあと思ったからだ。


家まで迎えに行くよと言ってくれたのを制し、近くのコンビニに来てもらって車に乗り込んだ。
当時私は21歳。彼は6つ上の27歳だった。
別にかっこよくもなんともない。だけどなんとなく危なくなさそうな雰囲気があったので、はじめて会うのには良さそうだなと思って会っただけ。

私がライブハウス付近の場所を指定すると(最悪)、彼はおすすめのパスタ屋さんがあると言い車を発進させた。


そして、車に乗ること1時間。
1時間?本来だったら20分もかからない距離のはずだった。彼は極度の方向音痴だった。

いや、方向音痴というべきか、運転が下手というべきか、プライドがバカ高いと言うべきか。

確かに一通の多い繁華街だし2、3本道を間違えてしまうのは分かる。パーキングしかないから安いところを探してぐるぐるしたいのも分かる。車を持つようになって私も頻繁に行くようになり、その気持ちは痛いほど分かるようになったし同じこともした。

だけど坂を乗り越えて海に出たり、大きな川を越えて駅前にまでたどり着くなんてこと私でもしないよ。パーキングも人を乗せていたら3個くらい探して諦めて駐車できるよ。どうしても行きたいなら、調べる?って聞いてくれた助手席の人間に頼るよ。

イライラしながら1時間ぐるぐるしている彼の隣で、私は静かに酔った。


「ここ!ウニのクリームパスタ絶対食べて欲しいんだよ〜」

やっとついたパスタ屋で、その一言で私はもう帰りたかった。悪い人じゃない。酔ったのも私が寝不足だったせい。でももう体調が悪すぎて、彼のジーンズのポケットの財布に繋がる銀色のチェーンも、この真冬に全く意味をなさない丈のベストにもイライラし始めた。財布そこならその小さいバッグには何が入ってるんだ、あぁん?

同じ大学の先輩だったこと、父と母と同じ6歳差だったこと、理系だったこと。私が彼と会おうと決めたポイントはどこだったか思い出しながら頑張って会話をした。

でももうだめだ、彼は何にも悪くないが話が入ってこない、断りきれなかったウニクリームパスタの匂いだけでもう、


結局私は、洒落た老舗イタリアンのトイレで嘔吐した。

その後もスッキリせず、真っ青な顔で戻ってきた私の状況をいろいろ察した彼に残りを食べてもらって店を後にした。パーキングまでの道中でも再び吐き気をもよおし、喋ったら吐く!というあの状態になったので無言で彼を置き去りにし近くの百貨店に競歩。またトイレで吐いた。その時が私の百貨店デビューだった。


時刻はまだ13時。ライブは17時からなので本当はその時間まで遊んでライブハウス付近に置いて行って欲しかったけど、もうだめだった。

頼りの友達に連絡し駅で合流することにし、そこまで送ってもらった。

「あの、うん、お大事にね」

最後に彼はドン引いた顔をしていたけどそれももうどうでもいい。とにかくアイスが食べたい。真冬だけど。

駅ビルの中の冷たい大理石のベンチに突っ伏していたら友達が来てくれた。当時のLINEを見返すと、こんな意味のわからない状況で会いに来てくれた友達はなんて徳が高い奴なんだろうと思う。

ライブをやめるか悩み、17時までに回復したいと散々喚き、肩を揉んでもらい、少し良くなったので結局また駅前からバスで向かうことにした。二度手間どころの話ではない。友達ほんとにあの時はありがとう。


道中も若干えづきながらライブハウスにたどり着いた。その日参戦する予定だったのは、よりにもよって恋を歌う同世代シンガーソングライターの弾き語りライブ。若干のおじさんファンと大勢の女の子2人組の中で、私はなんとか呼吸を整えながら開演を待っていた。すると、

「あれ、先輩?」

そしてよりのよりにもよって、大学時代の大半を費やした、大好きだった彼の妹と遭遇したのだった。


「妹ちゃんと会ったよー。」久しぶりに連絡を入れ、返信を見る前に機内モードにした。もうすぐライブが始まる。ちなみにもうアプリは消していた。


彼の妹は私と彼が付き合っていたことは知らない。彼も私がマッチングアプリで人に会ってゲロ吐いてるなんて知らない。そして目の前で歌う彼女は私のすべての奇行を何も知らない。

だから「私はずっと恋の歌を書き続けています。みなさんも、恋愛だけじゃなくて趣味だったり仕事だったり、好きなことがきっとあって、何かに恋をしてると思います。だからどこか共感できるところがあるんじゃないかと思って歌ってます」というMCを聞いて、意味も分からず爆泣きしている私の真意を誰も知らない。恋に恋した私はどの歌詞にも共感できず、一体何をしてるんだろうと思って泣いていた。


それから私は4年間でアプリでも数人には会ったし、合コンにも相席屋にも行ったし、よく分からないモラハラおじさんたちに振り回されたりしたし、大学時代の彼にも3回くらい会った。それでも誰も好きになることはなく、付き合ってみることもなく25歳になっていた。


そして今回の年末、もう何度目か分からないアプリ活動を性懲りもなくはじめて、またどうせ1週間でやめてしまうんだろうな〜と思っていたけど、例の彼に出会うことができた。

会って早々運転が苦手だと打ち明けられ、私が目的地までナビをした。2回目のデートは私が運転すると言うと、助手席を楽しむね!と言った。

食べ過ぎ飲み過ぎてライブハウスに行き振動で気持ち悪くなり、バラードパートを見計らってトイレで吐いた話をしてくれた。

そして明日の夜は3回目のデートで、彼が頑張って調べてたであろうイタリアンで、私たちは蟹クリームパスタを食べる。

うーん、もし気持ち悪くなっても一緒に吐いてくれるかな。その前にこれを書かずに早く寝ろと言う話。


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