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【DX失敗例】ツールに夢を見過ぎてしまう

事例で読み解く「間違いだらけ」のDX、第7回は「ツールに夢を見過ぎてしまう危うさ」について取り上げます。

岩崎役員に提案を一蹴されてしまい、振り出しに戻ったDX推進チーム。

中堅社員の2人は、今度こそ提案を通そうと急ピッチで準備を進めていました。

果たして、どのような提案をするつもりなのでしょうか?

このマガジンでは、さまざまな事例から「間違いだらけ」のDXを読み解いていきます。

自社に当てはまる事例がないか、DXの認識にずれがないか、チェックする上で役立つでしょう。

ぜひ参考にしてください。

【当コラムの登場人物】
加賀:中堅メーカーY社に新卒で入社して3年目。新設されたDX推進チームに抜擢された。
吉田・松井:DX推進チームの先輩社員。2人とも30代半ばの中堅社員。
岩崎:加賀の勤務先で執行役員を務めている50代男性。DX推進チームの意思決定権を握っている。

(前回のエピソード↓)

本日の事例

岩崎役員に「ビジョンがない」と言われてしまった2日後、吉田係長は再度DX推進チームを招集します。

2日前の憔悴しきった吉田係長からは想像できないような、自信に満ちた表情でした。

一体、吉田係長は何を始めようとしているのでしょうか。

電話対応が長引いたらしく、松井は打ち合わせ開始予定時刻すれすれに会議室へ駆け込んできた。
松井が着席し終わらないうちから、吉田は自身のアイデアについて話し始めていた。

「CRMだよ。CRM導入なら、営業部からも企画部からも歓迎されるはずだ。それに、岩崎役員も説得しやすい」
CRM(顧客関係管理)ツールを導入しようと言うのだ。
「なるほど、業務効率化に役立つ可能性が高いですし、他社での導入事例も豊富だから稟議も通りやすそうですね」
「さすが松井さん、その通り。クラウド型なら導入のハードルも高くない。無料トライアルを活用すれば現場を説得できるだろう」
どうしてもツールの導入ありきで話を進めたいのだな、と加賀は内心苦笑した。

「今の顧客管理方法との兼ね合いはどうしますか?現状、共有のExcelファイルで顧客管理をしていますよね」
現状から話し始めたほうが2人との会話が成立しやすいと悟った加賀は、あえてそう聞いてみた。
「CRMのほうが多機能だから、Excelを使い続ける理由はとくにないでしょう」
「社内サーバーにファイルを置いていると、社外からアクセスできないからね。クラウドで共有できれば営業部も助かるはず」

こうして、話は急ピッチでまとまっていった。
より正確に言えば、吉田と松井が「CRMなら提案を通せる」という前提に立って話を進めていた。
提案を1日でも早く通すことが、当面の目標になっていたのだ。

驚くべきことに、吉田はこの翌日にはCRMツールのトライアル版に登録し、営業部にアナウンスしていた。
CRMツールを導入すると今朝聞かされたばかりの営業部員が、興味深そうにPCを操作している。
「本当に大丈夫でしょうか?CRMツールに対する理解度が、人によってまちまちのような気がしますが……」
加賀は(大丈夫なはずがないよな)と思いつつ吉田に尋ねた。

「この手のものは実際に使ってみたほうが早い。実務で役立っていることが既成事実化すれば、岩崎役員も承認せざるを得ないよ」
CRMツールを活用すると簡単に言っているが、そもそも顧客セグメントをどう設定するつもりだろうか?
大口顧客がメインの営業部一課と、中小の商店も管轄の二課では、セグメンテーションが大きく異なるはずだが……。

加賀の不安をよそに、トライアル版は急速に浸透していった。
顧客管理に役立つツールとあって、営業部での評判は上々のようだ。
企画部も関心を寄せ始め、DX推進チームがこれまでになく社内で注目されるようになった。
社内を歩けばCRMツールについて質問されるので、吉田はすっかり気を良くしている。

だが、加賀はすでに不穏な兆候に気づいていた。
CRMツールが便利だと言って受け入れている社員の多くが、従来のExcelと大差ない使い方をしている。
従来のExcelファイルからCRMツールに顧客データを自動でインポートできたことが、現場に受け入れられた大きな要因のようだ。
実際のところ、CRMツールを導入する目的や得られる効果はほぼ理解されていないのではないか。
加賀の懸念は、まもなく現実のものとなる。(次回へ続く)

事例の解説

CRMとは、本来「顧客関係管理」を表す言葉です。

紙ベースの顧客台帳であっても、取引先や顧客の管理に活用されていれば広義のCRMに含まれます。

ただし、近年では顧客関係管理のためのツールそのものを「CRM」と呼ぶことも少なくありません。

ちょうど吉田係長と松井さんのように、「CRM=ITツール」と捉えるケースが増えているのです。

たしかに、CRMツールを導入することで顧客管理を多面的に行うことができます。

ある属性の顧客を抽出したり、セグメント別にDMを配信したりといったことが可能になるでしょう。

しかし、こうした施策を実行するには顧客管理方法を十分に検討しておく必要があります。

ツールの機能は、あくまでも運用の利便性を高めるためのものに過ぎません。

運用方法まで自動的にツールが構築してくれるわけではないため、機能を使い切れない状況に陥りがちです。

加賀さんが心配している通り、ExcelがCRMツールに置き換わるだけであれば、有効活用されない可能性が高いでしょう。

事例の間違いポイント

今回の事例での間違いポイントは、ツールに夢を見過ぎてしまっていることです。

CRMのように多くの企業が活用しているツールの場合、「導入すれば便利になるに違いない」と錯覚しやすい傾向があります。

しかし、前述の通りCRMツールは顧客関係管理の利便性を高めるための、いわばサポートツールに過ぎません。

どれほど高機能であろうと、使い手しだいで有益なツールにも無駄なツールにもなり得るのです。

では、実際にCRMツールを活用するとどのようなことが可能になるのでしょうか。

CRMツールごとに異なる部分はあるものの、一般的には次の機能を備えたものが多く見られます。

  • 顧客管理

  • メール配信

  • 問い合わせ管理

  • 進捗管理

  • 外部サービス連携

  • ファイル共有

  • 分析レポート出力

たとえば、営業部が抱えている顧客情報を有効活用して商談に繋げる場合を考えてみましょう。

従来であれば営業担当者ごとに行っていた案内メールの送信や顧客分析を、CRMツール上で一括して行えるようになります。

これにより、営業活動の段階に応じて統一したアプローチが可能となり、取りこぼしを最小限に抑えられるのです。

さらに、成功・失敗事例を共有することにより、営業部全体の活動精度を高めることにも繋がるでしょう。

こうした効果を見越してCRMツールを導入するのであれば、ツールを営業活動に役立てられる可能性が高まります。

単に「多くの企業が導入しているのだから、便利なツールに違いない」といった理由で導入するのはおすすめできません。

Y社のDX推進チームは、まさしく「他社での導入事例が豊富なツールだから」という理由でCRM導入を決めてしまいました。

ツールに夢を見過ぎたまま、走り始めてしまったのです。

まとめ

・他社での導入事例が豊富なツールだからといって、自社でも効果的とは限らない
・ツールが多機能であるほど高い効果が得られるとは言い切れない
・ツールは万能ではないので、夢を見過ぎないようにすることが重要

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