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「現場の意見」はDX推進の障壁になり得る

事例で読み解く「間違いだらけ」のDX、第4回は「現場の意見を取り入れること」について考えていきましょう。

現場の意見を取り入れると聞くと、良いことのように思えますよね。

しかし、実は現場の意見こそがDX推進を阻むリスク要因になり得るのです。

このマガジンでは、さまざまな事例から「間違いだらけ」のDXを読み解いていきます。

自社に当てはまる事例がないか、DXの認識にずれがないか、チェックする上で役立つでしょう。

ぜひ参考にしてください。

【当コラムの登場人物】
加賀:中堅メーカーY社に新卒で入社して3年目。新設されたDX推進チームに抜擢された。
吉田・松井:DX推進チームの先輩社員。2人とも30代半ばの中堅社員。
岩崎:加賀の勤務先で執行役員を務めている50代男性。DX推進チームの意思決定権を握っている。

本日の事例

DX推進チームが発足しておよそ1ヶ月半。

これまでに出された案は次の3点です。

  • パッケージ版のアプリをクラウドサービスに移行する

  • ペーパーレス化に向けてクラウドストレージを導入する

  • スマホで会社の電話番号を使うためにクラウドPBXを導入する

どれも加賀さんにとっては違和感しかない案でした。

(前回のエピーソードはこちら↓)

しかし、中堅社員2人を説得して再検討を促すことはできませんでした。

3案が挙がったところで、吉田係長は「現場にヒアリングをしたほうがいい」と言い出します。

ここでも、加賀さんは中堅社員2人の会話に疑問を感じたのでした。

現場の意見を聞くという提案について、松井は異議を唱えなかった。
「ツールを使うのは現場の皆さんだから、事前にヒアリングしておくのがベターでしょうね」
異議を唱えるどころか、吉田の提案を歓迎しているらしい。
翌週、さっそく各部署にヒアリングを実施することになった。

加賀が担当したのは営業部一課。
主に法人営業を担当する部署だ。
若手・中堅・管理職の3層に分けて2人ずつヒアリングを実施したところ、以下のような意見が挙がった。

・今の仕組みは変えず、既存のツールを使いこなすための研修会を開催してほしい
・システムが入れ替わって不具合が発生し、お客様に迷惑をかけないか心配だ
・紙の伝票でやり取りするお客様が多く、ペーパーレス化は非現実的だと思う

後日ヒアリング結果を持ち寄ったところ、吉田と松井が担当した部署からも否定的な意見が数多く挙がったことが分かった。
「皆さんが言うように、既存のツールが活用し切れていないのに、さらに新しいツールを導入しても混乱するのは明らかですね」
「そう思う。お客様の実態に合っていないというのも、もっともな意見だよね」
加賀がヒアリングした営業部一課と同様、総務部や企画部、制作部からも「お客様の都合を優先すべき」との声が複数挙がっていた。

加賀は、ヒアリングの案が挙がった時から抱いていた違和感を2人にぶつけてみることにした。
「現場の皆さんは、今回のDX推進の目的や目標をご存知なのでしょうか?」
吉田は相変わらず冷ややかな態度で加賀をあしらった。
「DX推進チームって名前なんだから、何をするかぐらい誰でも分かるでしょ。そんなの当たり前だと思うけど」
しかし、加賀はひるまなかった。
「私が担当した営業部一課の皆さんは、ツールを入れ替えるのが煩わしいとしか感じていない様子でしたが」
「そりゃそうだろう。事実、ツールの入れ替えを予定しているのだから。ベテランほど仕事のやり方を変えたくないのは仕方がない」

2人が険悪になりかけているのを察した松井が、この話はもうやめようと言わんばかりに割って入った。
「でも、加賀くんが聞いてきてくれた『研修会を開催してほしい』っていう意見は建設的だと思ったよ」
「ああ、たしかに。研修の場を設けることが前提なら、現場の受け止め方もかなり変わるかもな」
思いのほか好意的な吉田の反応に、加賀はむしろ驚いた。
研修会の件は、ヒアリングした中でも群を抜いて的外れな意見だと思っていたからだ。
松井の発言によって、DX推進からますます話が遠ざかっているように感じていた。

こうして、DX推進チームの提案内容はいったん固まった。
もともと挙がっていた3案に「ツールの操作方法に関する研修会の開催」を追加する、という提案内容である。
加賀は、もはや根本的なずれを修復する手段はないように感じていた。

事例の解説

新しい施策を実行に移す前に、現場の意見を聞くのは一般的に良いことと思われがちです。

しかし、既存の仕事の進め方を変えたくないというのが現場側の自然な反応といえます。

現場サイドとしては、直近の業務に支障をきたすことを最も危惧しているからです。

実際、新たにツールを導入した結果、不便になった・以前のほうが使いやすかったという意見が出るケースはめずらしくありません。

現場の担当者がDX推進を歓迎するとは限らないのです。

加賀さんが担当した営業部から挙がった意見は、いずれも「現状」を基準に考えているものばかりでした。

DX推進チームが何をしようとしているのかが分からないため、多くの人は「急激に変えないでほしい」と感じるはずです。

ヒアリングの対象を広げれば広げるほど、現場寄りの無難な意見に集約されていくでしょう。

DX推進は先に目的を掲げるからこそ有効であって、現状を基準に考える限り根本的な改革から遠ざかってしまうのは避けられません。

事例の間違いポイント

この事例の最大の間違いポイントは、現場の意見に振り回されていることです。

現状ありきで議論を進めてしまうと、結果として現状維持に傾きがちになるのは避けられないでしょう。

DXは既存の事業モデルや仕事の進め方自体を変革する可能性があるため、現場から反発されることも少なくありません。

極端な話、DXによって不要となる部署やポジションが表面化することも想定できます。

もし現場の意見を聞くのであれば、現状抱えている課題を抽出する際の参考資料に留めるべきでしょう。

DX担当者は現場からヒアリングした事柄を真に受けるのではなく、抽象度を高めて課題を深掘りしていくことが大切です。

DXは事業企画や経営企画とも関わりの深い施策といえます。

Y社のDX推進チームのように「現場の不便を解消する」ことがミッションに掲げられているうちは、DXは実現しません。

自社が今後進むべき方向性や、将来的に達成すべき経営課題を解決することこそがDXの役割なのです。

まとめ

・現場を意見を聞くことがDXを阻む原因となる場合もある
・DXによって部署やポジションごと不要になることもあり得る
・DXの目的は現場の不便を解消することではなく、経営課題を解決すること

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