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不適切なKPIの設定がDX推進を阻害する

事例で読み解く「間違いだらけ」のDX、第12回は「不適切なKPIの設定」について取り上げます。

コスト削減と業務効率化を目標に掲げ、新たな提案書を作成したDX推進チーム。

2回目となる岩崎役員への提案は、無事に承認されるのでしょうか。

(前回までのエピソードはこちら↓)

このマガジンでは、さまざまな事例から「間違いだらけ」のDXを読み解いていきます。

自社に当てはまる事例がないか、DXの認識にずれがないか、チェックする上で役立つでしょう。

ぜひ参考にしてください。

【当コラムの登場人物】
加賀:中堅メーカーY社に新卒で入社して3年目。新設されたDX推進チームに抜擢された。
吉田・松井:DX推進チームの先輩社員。2人とも30代半ばの中堅社員。
岩崎:加賀の勤務先で執行役員を務めている50代男性。DX推進チームの意思決定権を握っている。

本日の事例

岩崎役員への2回目の提案に際して、DX推進チームは次の対策を講じました。

  • 事前に岩崎役員と接触する機会を設け、提案の方向性を根回しした

  • 顧客管理と電話利用に課題を抱えている社員の声を収集し、まとめた

  • 他社の事例を参考に、提案内容を実行した場合の効果を数値で示した

いよいよ迎えた2回目の提案。

岩崎役員は、DX推進チームにある条件を提示します。

吉田のプレゼンを聞いている岩崎役員の表情は、普段と大きく変わらなかった。
大きく失望した様子も見られなかったが、特に感心するような素振りを見せたわけでもない。
加賀は、今回の提案も岩崎役員にとっては期待外れだったのだろうと察していた。

だが吉田と松井は違った。
岩崎役員が平然とプレゼンを聞いていることを前向きに捉え、反対される余地はないものと踏んだようだ。

「……という提案です。いかがでしょうか?」
プレゼンを聞き終えた岩崎役員は、しばらく無言だった。

ようやく重い口を開いた岩崎役員はこう言った。
「聞いていた話の通りだね。しかし……」
「しかし……?」
吉田と松井は、身を乗り出すようにして岩崎役員の次の言葉を待った。

「前回も言った通り、この提案を通してあなたたちは何を実現したいのだろう?手段はともかく、そこが気になるな……」
加賀の脳裏に、「ビジョンがない」という前回の岩崎役員の言葉が生々しく蘇った。

岩崎役員は、提案を積極的に後押しすることもなかったが、あえて反対とも明言しなかった。
何を実現したいのかがはっきりしていれば問題ない、と念押しするに留めたのである。

岩崎役員が退室してから、吉田の高揚ぶりは傍目に見ていて気恥ずかしくなるほどだった。
「やはりコストだよ、コスト。役員の興味関心はそこなんだって」
おおかた、自分の考えが正しかった、予告した通り岩崎役員を納得させたと言いたいのだろう。

加賀には、岩崎役員が本音ではこの提案を承認しかねていることが分かっていた。
「岩崎役員は、何を実現したいかはっきりさせるように、とおっしゃっていましたが……」
「ああ、あれは要するに、KPIを設定しておくようにってことだよ。まあたしかに、目標値は設定しておかないとね」
「先日の営業部の状況を見る限り、利用率の目標値と実際の経過は見ていく必要がありそうですね」
松井がすかさず口を挟んだ。

DX推進チームが発足して間もなく2ヶ月半。
思い返せば、吉田が暴走するきっかけを作ってきたのはいつも松井だったような気がする、と加賀は思い始めていた。

「利用率ね。それは現場にヒアリングすれば集計できるから、計測可能な数値だと思う。他には?」
「定性評価として、社員の満足度も定期的に確認していったほうがよいかと」
「なるほど。じゃあ利用率と満足度を大きな柱にして、KPIを設定しよう」
どちらも社内の問題に過ぎないではないか、と加賀は思った。

しかし、吉田と松井が当初から主張してきたことを踏まえれば、筋が通っているのかもしれなかった。
中堅社員の2人は、そもそもツールを導入することをDX推進の目標に掲げているらしい。
もしそうであれば、ツールの利用率が高まり、社員の満足度が高まれば目標を達成できたことになる。

ここはDX推進チームではなく「ツール普及促進チーム」だったのだな、と加賀は人知れず自嘲気味に皮肉っていた。

事例の解説

岩崎役員から「何を実現したいのか」を明確にしておくよう言われたDX推進チームは、次の対策を講じることにしました。

  • ツールの利用率の目標値を決め、時期ごとに実態を把握すること

  • ツールに対する社員の満足度を定期的に調査していくこと

上記はいずれも「ツール導入」の状況を把握するための指標といえます。

仮に利用率が100%に達し、社員のうちほぼ全員がツールに満足していると回答しても、事業の発展につながるとは限りません。

KPIを設定すること自体は目標達成に向けて有効な対策といえるでしょう。

しかし、設定したKPIそのものが不適切だったとすれば、その数字を追いかけても根本的な課題解決には役立たないのです。

加賀さんが考えている通り、岩崎役員は1回目の提案時と同様「ビジョンがない」ことを懸念していると考えられます。

吉田係長も松井さんも、すでに「顕在化している手近な課題」に囚われているため、本質を捉えていない発想しか出てきません。

加賀さんが疑問視しているように、形だけツールを導入して「目標達成」と結論づけられてしまう可能性が高いでしょう。

事例の間違いポイント

この事例の間違いポイントは、本質的な目的が曖昧なままKPIを設定している点です。

CRMツールをなぜ導入したいのか、クラウドPBXによって事業をどう変えたいのかが見えていません。

その状態でKPIを設定しても、「ツールを導入する」という手近なゴールを達成するための目標値しか出てこないのです。

しかも、加賀さんが口に出せずにいた通り、このKPIは極めてドメスティックな、身内の論理で成り立っています。

もし利用率が想定よりも低くなることが予想されたら、その時点で利用を促せば意図的にKPIの達成度を操作できてしまうでしょう。

社員の満足度に至ってはさらにタチが悪く、アンケートの質問項目によっていくらでも印象操作が可能です。

つまり、これらのKPIはどちらも「達成することが既に約束されている目標値」といえます。

KPIを設定する目的は、最終的な目標を達成するための小さなゴールを設けておくことにあるはずです。

出来レースのようなKPIを設定して、表面上プロジェクトが成功したように見せかけても本質的には何ら意味を為しません。

まとめ

・ビジョンが定まっていなければKPIを設定することはできない
・身内で調整可能なKPIを設定すると、努力が間違った方向に進みやすい
・不適切なKPIの設定はDX推進を妨げることさえある

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