悲しみが怒りに勝る瞬間

※ 同性愛者に対する差別発言の引用を含みます。

 わかってはいる、頭でわかってはいるけれど、自分の置かれた環境内で攻撃的な疎外感を抱くと悲しい。久しぶりに些細で強烈な差別と強烈で些細なアンコンシャスバイアスに直面して帰宅してから落ち込んだ。

 今年働き始めた年下の後輩と一緒に仕事をする時間があって、無駄話も含めていろいろな話をしたのだけど、たまたま映画やドラマの話になったときに彼が「最近母がBLを見てるんですけどやめてほしいんですよね」と言った。嫌な予感を抱きながら理由を聞くと「男女だったらいいけど同性のいちゃつきは嫌だ」と言う。ピキッと身が凍るこの感じは正直かなり久しぶりだった。
 咄嗟にうまく言えずどうしてそう思うのかをまず聞いてみると、でも実際嫌じゃないですか? と返されたので「同性愛者は実際にいるし男女のいちゃつきと何が違うのか。男女がいちゃつく映画やドラマだって大量にある」的なことを言うと「実際にいる人に対して偏見とかはないですけど、嫌だ」とのこと。笑って話すので私も嫌になり「私は男女のもの(映画やドラマ)のほうが見ない」とぶっちゃけると、「人間に興味ないですよね?(笑)」と言われた。

 いい子なのだ。一生懸命で意欲もあるし仕事もよくこなす。
 ようは私が若い世代に託しすぎていたのかもしれない。新しい世代に属しているからといって思考や意識がアップデートされているとは限らない。これは私のアンコンシャスバイアスだ。ああ。こういう子から差別発言が飛んでくることのない社会に私達先代がしておくべきだった。でも間に合わなかったのだ。

 私だってバイセクシュアルだよと怒りに任せて言いそうになってやめた。怒りはすっと収まって悲しみが湧き上がってきていた。
 男性と女性の恋愛を描いた映画やドラマを好んでは見ませんというだけで「人間に興味がない」に繋がってしまうとは突拍子もなさすぎて驚いたが、多分これは、普段の私のドライ(?)な部分を含めての言い方なのだと思う。この話の前にも、ディズニーランドに行くときにカチューシャとかは絶対にかぶらないタイプみたいな話もしていたし。
 私だってバイセクシュアルだよと怒りに任せてなどどうして言えよう、後輩に対して? 何が足りなかった。法整備。それに向けて何をしている。もっと声が必要ということ。それと、民の声を聞かない現政権をぶち壊すこと。
 悲しんでいる暇などない。こんな世の中で私は仲間を探すことに必死である。政治の話や読んだ本の話ができる友達が大切で恋しい。

 ……。あとその子に「自民党のどこが支持できないんですか?」と言われたのもかなりの衝撃だった。支持できるところなんかひとつもないよ。周りがみんなミニーのカチューシャをつけていようと私は私でありたい。

人が宣う地獄の先にこそわたしは春を見る

米津玄師 - さよーならまたいつか!

(2024/5/10)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?