同い年の誰かの活躍に、心臓の奥底が疼く

最近、SNSなどで同い年の人たちの活躍を目にすることが増えた。

光る作品を生み出すクリエイターや、勢いのある会社でめざましい成果を出しているビジネスマン、すでに一苦労も二苦労もしてきたような起業家のプロフィールに「1994年生まれ」と書いてあるのを見ると、心臓の鼓動が速くなるのを感じる。


スポーツ界には、既に破竹の勢いの活躍を見せている同年代の有名人が多い。
彼らは幼少期からその道一筋の生活を送っていて、自分とはそもそも違う世界の人間なのだと認識していた。
純粋に「すごいなぁ」と感心し応援すると同時に、背負うものの大きさやそのプレッシャーを想像し、大変だよなぁという気持ちにさえなる。
(もちろん、わたしのような凡人に哀れまれるような存在ではないことは承知している)

けれど、自分と同じように普通の学校を出て、大学生活を送り、社会人になった同年代の活躍は、純粋に感銘を受けると同時に、心に刺さる。
この世に生を受けてから大体同じくらいの年月を生きてきたのに、彼らと比較して大して何も生み出せていない自分を情けなく感じてしまうのだ。
自分らしくいることが結局一番よいのだと頭ではわかっていても、どうしてもその思考を完全に排除することができない。


「比べた時点で負けてる」というのは、わたしの好きな嵐の楽曲『ファイトソング』の歌詞の一節である。
言うのは簡単だけれど、これを本気で実行するのは案外難しい。
いつか、心の底からそう言える日がくるのだろうか。


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