【前に進み、後ろに戻る】3

夜勤のバイトまで、寝ていて、目が覚めた。
喉がカラカラだ。
床に置いていたペットボトルのコーラをラッパ飲みして、ベランダに出て煙草を吸うと、隣の部屋でカラカラ、ピシャッと窓を閉める音が聞こえた。ごめんなさい、と心の中で謝って、でも閉まったのだからと2本目に火をつける。オエッ、えずいてしまった。隣の住民に聞こえないように口を閉じたまま。排水溝に唾を垂らして、部屋に戻った。

家を出る時間まで、あと30分か。シャワーを浴びたかったが、そんなことをしていては遅刻するということは分かっている。顔だけ洗って、今出れば余裕があるのに、ついテレビをつけてしまう。自分がコントロールできていない。と、夜のニュースをやっていた。世の中のことには常にアンテナを張っていなければ、いい本は書けない。ローカルニュースの時間らしく、街の再開発で長年親しまれてきた商業施設の最後の日を報じていた。「子供の頃から通ってきたので寂しい」とおばあちゃん。「街が新しくなっていくのはいいなと思います」と若いカップル。店長が感慨深そうに語るのを背に、ワンデーのコンタクトレンズを交換して、仕事着に着替えていると、次のニュース。「河原で死体が。女性に何があったのでしょうか。視聴者のカメラが捉えていました…」

うそだ動機動機が高鳴る。いや、落ち着け。違う。CMになった。スマホで検索する。「○○市 河原 死体」。検索中であることを示すバーがじわじわと伸びる。遅い。一度消して、また入力する。○○市、河原、死体。遅い。また消して、WiFiをオフにして、また入力。落ち着け。深呼吸して、○○市、河原、死体。バーが伸び切るのと同時にCMが終わって、スマホで撮影されたらしき横画面の動画が始まった。真っ赤に燃えるような夕焼け。逆光では橋が真っ黒だ。川のそばに佇んでいた黒い影が、見慣れた草だらけの河原に飲み込まれた。そして走り去った。俺か。うそだろ。寒気がした。大丈夫だ。緊張してるだけ、深呼吸して、立ち上がったらめまいがした。四つん這いになる。テレビの音が遠くに聞こえる。そのまま床に突っ伏して、深呼吸を続ける。汗が止まらない…

ニュースでは、きれいな夕焼けを撮影していた視聴者が警察に通報したと言っていた。たぶん。救急車を呼んだのだったか、どちらでも一緒だ。目が覚めたら、スマホに何件も着信が入っていた。何時だ。午前3時、本来の出勤時間から4時間、つまり半分が経過していた。どうしよう。とりあえず、シャワーを浴びた。もういいか。今度はベッドに寝転がって、目を閉じた。もう何も考えたくない。

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