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TSMエーペックスレジェンズ部門の試合動画が世界で一番おもしろい

Team SoloMid FTX(TSM)というゲーミングチームはForbes曰く世界で一番企業価値が高いらしい (企業価値は4憶1,000万ドル、推定売上は4,500万ドル)。『リーグオブレジェンド』、『フォートナイト』、『レインボーシックス シージ』といった幅広いタイトルの部門を有する名門チームだ。

で、そのTSMのエーペックスレジェンズ部門のゲーム配信が驚異的に伸びている。直近の公式大会Apex Legends Global Series(ALGS) Championship 2021北米戦において、チームでIGL(In-game Leader)を務めるインペリアルハルのプレイ動画配信の最高同接が9万を超えた。大会の結果は3位で残念だったが、視聴の記録はとんでもなかった。

日本ではVTuber界隈のApex動画が伸びているが、英語圏ではプロの競技者の動画が伸びている。Shiv、Sweet、Madness、Mande、RPR、Zach。配信メインで活躍しているプレイヤーもたくさんいるが(RogueとかStormenとかApex専門ではないがAceuとか)、ガチ勢の視点動画の人気がとにかく高い。

Apex視点動画の人気をけん引してきたのは間違いなくハルだ。死ぬほど口が悪く、チームメイトを怒鳴りつけ、高圧的な言葉でチームを引っ張るハルの動画の中毒性にファンは抗うことができない。

世界中が相手を傷つけないよう、炎上しないよう、言葉を丁寧に選んで生きている現代社会において、ハルだけが「Mother Fucker」を連呼し続けている。

重要なことはTSMは競技シーンで驚異的な結果を残していることだ。

絶対的王者として相手に研究されまくるという不利を抱えながら、ティアの高い大会で必ずトップランクに入賞する。あらゆるチームがTSMの動画を観て、どうやれば大会で良い結果を残せるか、TSMを退けられるかという"攻略の的"になっているにも関わらず、TSMの快進撃は止まらない。

TSMの始まり

TSMというチームの人気はアルブラレリーから始まった。

世界ナンバーワンのパスファインダー使いにして、世界最強プレイヤーの一人。今のようにグラップルのクールダウン時間が長くなかった時代、パスファインダーを使えるというのがApexが強いという証だった。ホライゾンもヴァルキリーも未登場だったので、アビリティーで縦の動きを駆使できるのはパスファインダーかオクタン。オクタンのジャンプパッドは今ほど使い勝手が良くなかったので、パスファインダー一択。

そしてアルブラレリーのパスファインダーは異次元だった

プレイスタイルは超攻撃的。エイムやキャラコンが凄いのは当たり前で、特にダメージレースで優位になってからのグラップルによる間合いの詰め方が鬼神のよう。相手にダメージを与えることを"溶かす"と表現するが、アルブラレリーの相手はものの見事に溶けていく。

2019年にApexがリリースされ、有名なゲーム配信者がプレイし始めた。Shroudがずっとプレイしていたし、バトロワ系ゲームをプレイしていた他の有名配信者もApexを触っていた。そこからApexに特化したAceuやDizzyやDiegoといった配信者が出てきた。Apexだけをプレイし続けているので、とにかく上手い。シューター、バトロワの一般教養的な技術ではなく、Apexならではのキャラコン、戦術を駆使できるプレイヤーたちが活躍していった。

で、アルブラレリーが出てきた。一人だけ別ゲームをプレイしているみたいだった。まだ大会フォーマットがしっかり固まっていないころのキル数を競う大会などで鬼のように活躍していた。

このころTSMのApex部門に加入したハルが2019年8月のEXP Invitational – Apex Legends at X Games Minneapolisに出場するためにチームを編成することになり、シーンで無双していたアルブラ、そしてテクニカルなうまさで群を抜いていたレップスを指名買いしてTSMに加入させ、TSM Apexチームが誕生した。

X Games以降、TSMは異常な強さで大会に勝ち続けた。ゲーム配信で人気のAceuやDizzyを有するNRGが強いのでは…と期待する人も多かったが、競技シーンは別物で、TSMが圧倒した。X Games、Twitch Rivals、Preseason Invitational、GLL、とにかくすべての大会で優勝した。

特にポーランドのクラクフで行われたPreseasonはすごかった。RasやMondoもいるし、Sellyもいる、ReptarもWiggも Monsoonもいる。世界中の異次元に強いやつらが一同に会してナンバーワンを決めていた。そこでTSMが頂点に輝いたのだ。

TSMの視点動画は『ブラックホーク・ダウン』である

2019年は世界のeスポーツ業界にとっても盛り上がりまくっていた時期だった。オーバーウォッチリーグではホームスタンド方式が導入され、1チームのホームスタジアムが試合をホストする形式が導入された。フォートナイトの世界大会であるワールドカップはArthur Ashe Stadiumで行われ、スタジアムに巨大なスクリーン付きの櫓が建設されて、最高峰のオフライン大会を見せてくれた。

eスポーツ大会が巨大なオフライン大会主体の興行に移行する…と思われていた矢先、コロナ禍がやってきた。

2020年、eスポーツイベントはオンラインに移行した。プレイヤーたちは自宅などの場所からリモートで大会に参加することになり、巨大な施設はいらなくなった。観客を動員して会場が熱気につつまれる、という体験は失われてしまった。

その代わりにオンライン大会に参加するプレイヤーが自分たちの視点でゲームを配信するようになった

選手視点の映像と神視点(ゲーム内を自在に動き回るカメラ)の映像を組み合わせ、実況を加えていくいわゆる大会動画と違い、プレイヤーの視点動画はカメラが1点に限定される。バトロワ系のゲームだと視点が固定されると、全体の戦況が全く分からなくなる(情報量がプレイヤーと同じになる)一方、チームメイトたちとの生のやり取りがすべて映像となって配信されるという生の臨場感が楽しめる。チーム内でのコミュニケーション、戦況に応じた指示、湧き出る感情、叱責、喜び、すべての様子が配信される。

ALGSがオンラインに移行し、Apexのファンたちも選手たちの配信動画をみるようになった。Preseasonで最強だったTSM、とりわけ配信者としても有名になっていったアルブラレリーの配信を皆が見に行った。

そこで度肝を抜かれた。

飛び交う怒号。叫び声。喧嘩一歩手前のやり取り。異常なテンション。なんだこれ…。

一番気になったのは、アルブラレリーの後ろで放たれるハルの怒号だ。レイスを使い、IGLを任されているというのはわかっていたが、ここまで叫んでコールする奴だとは思ってもいなかった。アルブラレリーも口が悪い悪童キャラだが、口の悪さが数段それを上回る。2人の叫び声に囲まれるレップスは気の毒でしかない。

オンラインに移行してすぐの大会でハルの配信を見に行く人はアルブラレリーのバーターとして、だった。「くっそうるさいあいつが配信しているらしい」というゲテモノ見たさでハルの配信に訪れる人が多く、筆者がコメント欄を見ていた限りでは嘲笑するようなコメントも多かった。アルブラレリーのファンがほとんどだったので、彼に罵声を浴びせるハルが許せなかったというのもあるだろう。

が、TSMはやっぱり強かった。オフラインで圧倒的だったTSMは、オンラインに移行しても強かった。ALGS Online #2 - North Americaの試合はいつ見ても心を揺さぶられるほどの名シーンぞろいである。もちろんTSMが優勝した。

ハルが叫び、アルブラレリーも負けじと叫び、二人の女房役として中立な立場をとり続ける気の毒なレップス、そして試合では圧倒的な力で勝ち続けるというTSMの動画に皆が中毒になり始めた。

弾が無い!

こっちは敵の射線が通ってる!

ラットを狙え!

バトロワという自分のチーム以外全員敵、秒単位で戦況が目まぐるしく変わる極限状態で発せられるコミュニケーションと、それがもたらす息をのむようなドラマが面白くないわけがない。試合とは戦場で、その中で少ない情報を頼りに生き残ろうとする部隊の叫びは生を希求する叫びにも等しい。

TSMの試合動画の中毒性は『ブラックホーク・ダウン』に近い。四方八方を敵に囲まれ、限られた資源で生き残りをかけて戦うという状況に見ているほうの血が沸き立ってくる。しかも、全試合で違うドラマと結末が待っているのだ。

ファンは次第にIGLをつとめるハルの口の悪さ、そしてテンションの高さは不確実性にまみれているバトロワというゲームで常にトップを取り続けるための必然である、と考え始めた。アルブラレリーのテクニック、レップスの中遠距離の支配力は、ハルのコールによって最大限の力を発揮していた。そして不慮の事故がいつ起きてもおかしくない試合で、常に最善の戦術を秒単位で提案し続けられるのはハルの能力あってのものだ。

時代とあまりにも逆行する鬼軍曹まがいのハルのコールは全て理にかなっていて、恐ろしいほど正確で、部隊が生き残るための唯一の光なのだ。今日に至るTSM人気、そしてApexのゲーム配信が日本を含め世界中でここまで盛り上がってきたのは、ハルのIGLとしての圧倒的なリーダーシップとコールが飛び交う試合動画だといっても過言ではない。

TSMを中心に物語は動く

TSMが最強という高みへのぼりつめた矢先、長らくTSMの顔であったアルブラレリーがチームを抜けると発表した。

パブリッシャーのEAの対応の悪さからApex競技シーンの持続性に疑問を持ち、違うタイトルで活躍したいと思うようになった、というのが理由だった。

余りにも急な発表。ストライカーの喪失。3人という少ない編成のゲームにおいて、1人のメンバーが欠けてしまったのである。残されたのはIGLのハルとレップスの2人だけになった。

TSMは解散せずに新たにメンバーを加入させた。スナイプだ。

パッドプレイヤーで、プラウラーをもたせたら右にでるものはない、タイマン勝負で世界最強のプレイヤー。PreseasonではReciprocityでプレイしていた。

スナイプの加入は賛否両論だった。アルブラレリーというスタープレイヤーが去り、その代わりを埋めるというのはとんでもなくタフな仕事だ。

パッド使いというのも物議をかもす要因だった。キーボード&マウス vs. パッドの論争は血で血を洗う戦いである。エイムアシストが入ったパッド勢をPCプレイヤーは忌み嫌う傾向があり、スナイプもその批判の矛先に立たされた。

スナイプはハルやレップスよりも年上で(スナイプ30歳、ハル22歳、レップス26歳)、自我が強すぎるというのも課題だった。IGLのコールを聞かずに単独で飛び出しがちなスナイプのプレイは、極端に良い結果極端に悪い結果を呼び込んでしまう。悪い結果になった際の批判は、推して知るべしだろう。

自我の強いスナイプに対してコール通りに行動させるために、ハルの怒号は更に強くなった(そしてそれを宥めるレップスの苦労も更に強くなった)。ハルがスナイプを叱責しすぎているせいで大会のMCが苦言を呈する、という事態になったこともある。↓の動画はハルが4分間スナイプを叱り続けるという動画である。胃が痛い。

ハルとスナイプ、レップスの過激なコミュニケーションのなかで少しずつ、TSMは機能し始めた。スナイプがIGLとしてのハルを信じるようになりチームの連携が取れるようになってきた。ハルもまた、スナイプの単独行動を織り込みながらコールする、スナイプの意見を尊重するという意識の変化がみられてきたからだ。

新しいTSMに魔法をかけたのはレップスだ。レップスはハルのIGLとしての能力を信頼し、スナイプの接敵時のスキルを信頼した上で、ジブラルタルというコントロール能力の高いキャラクターを駆使して、チームの穴をふさぐような立ち回りができる。

そしてもっとも重要なこととして、レップスは褒める。感謝する。それを言葉にする。チームメイト全員に声をかけ、あのプレイが良かった、あのプレイのおかげで助かったと積極的にコミュニケーションをとる。レップスの気遣いがあるからこそ、TSMの3人の間に次第に化学反応が生まれてきたのだ。

新生TSMになって最初に優勝したALGS、その最終試合のあとにスナイプが放った「I'm not the scapegoat(俺は足手まといじゃなかった)」の言葉は胸に刺さる。アルブラレリーという大きな穴が開いて、パッド使いとして批判を浴びながらTSMでプレイしてきたスナイプが活躍し、チームは最高の結果を残した。そんなスナイプの言葉に対して、レップスとハルの言葉もまたやさしさにあふれている。

メンバーが抜けるという苦境に立たされて、それを見事に覆すように新しいチームを創りあげる。ファンのだれもがスナイプはあわないのでは…と思わせてからの、以前にもましたチーム力・連携力を見せ、圧倒的な力で勝利をもぎとる。

そんなドラマを何度もみせてくれるTSMに誰もが夢中になる。こんな主人公みたいなやつらは他にいない。

世界最高のIGL

あらゆるプロプレイヤーが「ハルが世界最高のIGLだ」と口をそろえて言う。鬼軍曹のような調子で発せられる怒号の中に、試合を勝利へと導く完璧なロジックがあるからだ。

Apexというバトロワゲームの競技シーンでは試合順位とキル数がポイントとなり、そのポイントの合算によって大会の勝者が決まる。

順位を気にしすぎると保守的なプレイになってキル数が取れないし、キルをとりにいこうとアグレッシブに動きすぎると、狙っているのとは別のチームから狙われる。

自分たちが被弾しない(ヘイトを買わない)ポジションからキルを稼ぎ、結果として順位もあげるという行動が競技シーンでは最適だ。

ハルがIGLとしての能力を見せつけた有名な試合がある。最終安置が間欠泉、ラウンド5で洞窟の北側から西の収縮の際まで移動し、キルを狙おうとしていた局面だ。

スナイプがスキャンを繰り出して、東側の安置に敵がいることを確認。射線を切れる位置で、交戦しても悪くはなさそうに見える。自分たちの後ろの敵のシールドが割れた音が聞こえているので、ダメージレースとしても有利だ。ラウンド5の収縮は始まっている。

ハルはこの状況で敵がうじゃうじゃといる北側(自分たちがもといた方向)にポータルを引く。この状況で敵がいる場所にところにポータル…?そしてスナイプとレップスに「Take my portal(ポータルに入れ)」と声がかれるまで叫ぶ。目の前の敵と交戦するつもりだったスナイプとレップスだったが、ハルの怒号を察知してポータルに入る。

全員がポータルに入った直後、TSMが元いた場所にジブラルタルのウルトが飛んできて、更に西側からうじゃうじゃと敵が湧いて出てきて、自分たちが接敵しようとした相手と交戦を始めた。カオス状態だ

ラウンド6に向けて残っているのは8チーム。小さな安置にあらゆるチームが入り込んでくる。TSMが接敵しているチームとは別のチームが、全くの視覚外から襲い掛かってくるのは可能性は極めて高い。

なので、接敵している相手と自分たちの後ろからやってくる相手を戦わせ、自分たちは接敵していた相手の後ろに回り込むことで、第三者のポジションからキルが稼げる。さらに激戦のカオス状態から抜け出し、順位を上げることもできる。

論理的に考えればこうだ。情報があり、考える時間を十分に与えられれば、同じ結論に至ることは可能かもしれない。

しかし、試合中の極限状態で目の前の敵を倒すという最も神経を使う状況に、視界の外の敵がどう動くのか、どこが激戦区になるのか、それは何秒後かを瞬時に判断し、最も安全な場所へとポータルを引くというのがどれほどの神業か。

↑の動画で解説しているNokoはIQ200の完璧なポータルだと絶賛した。その通りだ。これだけ完璧に戦況を頭に描いてチームを導けるIGLは他にいない。

ハルのコールのネガティブな側面、きつい言葉と怒声は実は理にかなっているということもわかる。試合中で誰もが自分の視界内のことに集中し、交戦するということに全神経を集中させている中で、2手3手先の戦術を駆使してチームメイトを動かすには、叫び声によって脳に介入し、指示を叩き込むしかない。試合という特殊な状況化では、ハルの罵声が必要だ。

筆者含めてTSMの試合動画を愛している世界中のファンは、軍神として最前線に立ち、チームを率いて勝利に導くハルの知性とカリスマ性に、心底ほれ込んでいるのだ。

チームの関係性が化学反応を生み出す

TSMの能力を誰しもが認め、試合中の異常なテンションにファンは中毒のようになっているわけだが、TSMの愛すべきポイントはそれだけじゃない。

ハル、レップス、スナイプ、そしてTSMの競技チームからはずれて今はLiquidのメンバーと共に大会に参加しているアルブラレリーとの関係性に正直参っている。

試合以外ではTSMのメンバーが和気あいあいと一緒にプレイする配信を観ることができる。スナイプは一番年上だが、試合中ではハルに怒鳴られるというキャラが既に完成されている。いじられキャラであることをスナイプは自覚していて、それをくさしたりもする。こんなにいい男なのに、なんてチャーミングなんだ…。

現メンバー全員はアルブラレリーの実力を認めていて、「もしApexを四人でできるとしたら」という話題に彼の名前を真っ先に挙げている。

反対に、アルブラレリーも自分が抜けたあとの新生TSMを絶賛している。スナイプやハルの能力はもちろん、レップスがどれだけ偉大な選手で、彼がどれほどチームに貢献しているかを語っている。

TSMは今はシェアハウスに一緒に住んでいる。配信や試合はもちろん、一緒にメシを食べに行った、スナイプはちょっと買い物に出ている、といった情報が発せられるたびに「こいつら…尊いな…」という思いしかない。推しが幸せそうに生活しているだけでファンは幸せだ。

ハルの配信中にレップスが部屋に入ってきたときの、このハルの笑顔を見てほしい(7:07~) お前ら付き合ってんだろマジで。一生同じチームでプレイしろよ。

TSMは最高のチームだし、TSMエーペックスレジェンズ部門の試合動画が世界で一番おもしろい。最強のIGLがスナイプとレップスというチームメイトとプレイすることでとてつもない熱量は、他のどんな大会動画よりも血が沸き立ってくる。

世界中のApex配信動画が人気になったのは、誇張なしでTSMの人気によるところが大きい。皆がIGLとしてのハルの強烈な活躍から目が離せないのだ。

直近のALGSでは残念な結果になったが(マッチポイントの大会形式はほんとに崩壊しているので早く変えてくれ)、次の大会では絶対に良い結果を残してくれると信じている。

いやぁ、eスポーツって本当にいいもんですね。

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