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【第6話】業務提供誘引販売の闇|特定商取引法ストーリー

 駅前の家電量販店の前島電気は、週末ともなれば家族連れや外国人客で賑わっている。3階の情報機器売場で販売員として走り回っている押田健は、入社2年目の大柄な男性だ。インバウンド需要で外国人の来店者が増えているため、外国人への接客ができれば売上目標も容易に到達できる。
 もともと英語は得意なわけではないが、学生時代にアジアに長期旅行に行っていたことがあり、カタコト英語とジェスチャーで何となく意思疎通は出来るという自信を持っていた。専門的な語学力はなく、情報家電の商品知識も怪しいものだが、それでも外国人来店者のウケはよくて売上は絶好調だ。お客さんに教えてもらったのだが、どうやら日本旅行愛好家のSNSインフルエンサーが、家電を買うならミスター押田を訪ねるといいと推奨してくれているらしい。いつ接客をしたのか覚えていないが、会話の波長が合ったのだろうか、ありがたいことだ。
 ただ、売場の成績が良いといっても入社2年目のヒラ会社員だ。給料の手取りは多くないし、上司からは売れるときに売りまくれと檄を飛ばされる。残業続きの忙しさの割には合わない。日々の仕事に疲れて、帰宅後も趣味のアニメを観る時間もなく寝てしまう始末だ。欲しいアニメグッズや参加してみたいイベントはたくさんあるが、それほど自由になるお金があるわけではない。
唯一の楽しみといえば、売場にいる同期入社の南希美の笑顔に接することだろうか。背が低く可愛らしい希美に話しかけられると、いまだに緊張してしまう。できることならなんとか仲良くなりたいものだ。でも、その想いは全く叶いそうにない。
 
 その日の残業を終えて自宅に帰ると祖母のみねが寝室から顔を出してきた。
「健かい。いつも遅くまで頑張ってるね。」
「ああ。僕の頑張りをわかってくれるのは婆ちゃんくらいだな。」
「そんなことないさ。ちゃんと見てくれている人はいるものだよ。」
「それならいいけど。おやすみなさい。」
「ああ、おやすみ。」
 入浴後に自室のベッドに横たわると、これで一日が終わってしまうのがもったいなく感じる。アニメを観ようと思っても、途中で寝落ちしてしまうのがわかっていて、液晶ディスプレイを起動する気にはならない。スマートフォンを片手に何となくツイッターやインスタグラムの投稿を眺めるのが最近の習慣になっている。
 ツイッターでフォローしているアカウントはアニメ関連が多いが、不動産や株などの不労所得にも興味があって資産運用関連のアカウントも見ている。ただ、不動産や株式の投資はある程度の元手となる金額のお金があることが前提のため、その貯蓄をしている今の段階では出来ることは少ない。何か隙間時間で稼ぐ良い副業でもないだろうかとボンヤリと考えた。
 ふとツイッター検索で“副業”と入力をしてみた。すると副業関連の情報発信をするアカウントがズラリと並んだ。情報商材やアフィリエイト、暗号資産などのノウハウについての投稿が多いが、元手のお金が不要で休日や在宅時間だけで出来る副業はないかと探してみた。ネットで仕事の募集があって、空いている時間に資料作成をする感じなら理想的だ。
 いくつかの投稿を流し読みしていく中で、“一日に10分の作業で出来るアフィリエイト・ビジネス”というキャッチコピーが目に留まった。本当にそんな片手間で出来る作業で収入があるならやってみたいと思った。
 そのアカウントの投稿をいくつか確認すると、“確実に稼げる簡単アフィリエイト”という広告リンクが表示されていたので、そのURLをタップした。ジャンプした先にはビジネスマンがスマホ片手に満面の笑顔を浮かべる横で、通帳の入金履歴に10万円単位の金額が何行も並んでいるトップ画像が目に飛び込んできた。そしてキャッチコピーには“毎日10分の作業だけで10万円の入金がある夢のアフィリエイト・システム”と表示されていた。最初は半信半疑で本文を読み始めたのだが、次から次へと繰り出される成功体験談を読んでいるうちに自分でも出来る気になってきた。
 より詳しく知りたい人はラインの友だち申請をするように促されていたので、申請は無料ということを確認してスマホで手続を進めた。友だち申請を終えるとラインの友だちリストにヒロトという名前の男性の顔写真アイコンが加わった。
 
 ラインのタイムラインには、すぐにヒロトからのメッセージが届いた。
「はじめまして。ケンさん。ヒロトと申します。僕は32歳で商社勤務のサラリーマンです。簡単に出来るアフィリエイト副業で月に50万円を稼いでいます。同じように副業で頑張りたいという人を応援しています。ケンさんは副業に興味ありますか?。」
 簡単に稼げる副業の情報を探してたどり着いたのだから、興味あるに決まっている。素直にその思いを伝えた。
「ケンさんも副業で稼ぎたいのですね。アフィリエイト広告の仕組みはご存知ですか?。」
「はい。ブログやウェブサイトで商品の広告記事を書いて、それで売れたら報酬がもらえるシステムですよね。」
「お詳しいですね。その通りですが、今はブログやウェブサイトでの広告記事は競争が厳しくてレッドオーシャンなんです。でも、ツイッターやインスタグラムではやり方さえ間違えなければ簡単な手続きで月に10万円くらいの副業収入は余裕で稼げるんですよ。」
「そうなんですね。“一日10分の作業”と書いてありましたが、そんな短時間で出来るものなんですか?。」
「ええ。出来ます。ただ、何も対策をせずにSNS投稿をしても誰も気づいてくれないので、コツをつかんで頑張れば一日10分でも十分に稼げます。」
 半信半疑で問い合わせたことでも、すぐに出来ると断言されるとヒロトには特別なノウハウがあるのだと思えた。
「それが本当なら魅力的な話なんですけどね。」
「信じられないかもしれないですけど、僕らからすれば10分の作業で10万円なんて楽勝なんです。ただ、僕らのノウハウを知らずに真似をしても全く稼げないですよ。」
「そうなんですか。」
「僕がやっているのはSUNADAシステムというアフィリエイトのノウハウなんです。これは効果がありすぎて募集期間は7日間だけなんですよ。多くの人が始めたら、さすがにレッドオーシャンになってしまうので、期間限定にしているのです。」
「はあ。」
「試しに入門コースのテキストを買ってみませんか。これは期間限定ではないのですが。そのテキスト代だけなら9,800円です。それで効果を実感出来たらさらに稼げる上級コースもありますから。」
 そんなに簡単に稼げるウラ技のようなノウハウがあって、テキスト代が9,800円なら買えないわけではない。ダメであったとしても、そう痛くはない。
「わかりました。そのテキストはどうやって買うのですか?。」
 そしてヒロトに指示されたURLをタップして、SUNADAシステム入門コースの申込ページで購入手続きをした。支払い方法はクレジットカードの一括払いを選択した。手続を終えると購入完了を知らせるメールが着信した。送信元はSUNADAと記載されていた。購入完了のメールが届いたことをラインのヒロトに報告すると、一緒に頑張りましょうというメッセージがあった。
 
 入門コーステキストのPDFは、SUNADAのメールアドレスより添付されて送られてきた。購入完了から2時間程で送信されてきた。30ページ程度のマニュアル文書だが、スマホでは一覧性が悪いため大画面のデスクトップパソコンで読むことにした。
 ざっと流し読みしたところ、ツイッターとインスタグラムで複数のアカウントを作成し、広告主の商品について投稿をして、それが成約につながれば報酬をもらえるというものだ。マニュアルではアカウントの作成方法から解説されているが、その部分は既にわかっている内容なので読み飛ばした。
次にアマゾンなどのASP(広告代理店)にアフィリエイト契約の申込をする方法が書かれていて、お勧めASPと紹介されていたMEGAMIに登録をした。MEGAMIの登録申請はすぐに承認されたので、MEGAMIの広告案件ページを確認したところ5つの商材があった。その中で成果報酬が1万円になっている電気温水器の広告案件が気になった。ここまでの作業で3時間はかかったが、この初期作業を終えれば日々の作業は10分程度で出来るそうだ。
 それからアフィリエイト広告用のSNSアカウントを作成したら、SNSプラットフォームでトレンドにあがっているキーワードについてコメントをして、そこにアフィリエイト広告のコードを記載するらしい。マニュアルに従ってトレンドのツイートに便乗してコメントを書き、そこに電気温水器のアフィリエイトコードを挿入した。これだけの作業なら確かに10分で出来る。
それならツイッターとインスタグラムに5個づつ、合計10個の投稿をすれば10倍の効果があるかもしれないと思い、期待感全力でやってみた。“電気代高騰”のキーワードについて、“このまま電気代が上がったら困るな。節電効果のある電気温水器に交換するといいかも”と書いて、MEGAMIの電気温水器のアフィリエイト広告コードを貼りつけた。これなら完璧だ。半分の5件も成約があれば報酬は5万円だ。明日の反応を見るのが楽しみだ。
 
 3日ほどアフィリエイト広告コードを貼ったトレンド・キーワードに関するSNS投稿をやってみたが、成果報酬は1件も発生しなかった。投稿の閲覧数も大したことなく、ほとんど見てもらえない状態だった。それどころか投稿のリツイートに“黙れアフィカス”とか“アフィリエイト貼るなアホ”といった抗議の反応があり人格否定された気分になった。
 これでは稼ぐことは出来ないと思い、スマホを持ってラインでヒロトに相談をしてみた。
「パソコンでマニュアル通りにツイッターとインスタに投稿してMEGAMIの広告案件を貼ってみましたが全く成約しません。」
「MEGAMIの広告案件をツイートすることはできているのですね。何も質問なしにそこまで出来るのはサスガですね。スマホだけの人はもっと時間がかかっています。」
「ええ。マニュアル通りにやっただけです。でも、ほとんど反応はありません。苦情のリツイートはありましたが。」
「アフィリエイトを嫌う人はいますからね。それは放っておけばいいです。無視してください。」
「そういうものですか。」
「そうです。反応が少ないのはアカウント影響力がないことと広告案件の魅力がイマイチってところですね。」
「ええ。MEGAMIの広告案件は5つしか選択肢がないですし。」
「ああそうですね。新会員で実績がないうちは選択肢も少なくて、報酬単価も低いです。」
「実績が出来ればMEGAMIの条件が良くなるのですか?。」
「そういう仕組みになっています。僕くらいのクラスでは、案件数は300件以上あるし、報酬単価も5倍くらい上がっています。」
「うらやましいです。」
「このクラスになるには、さすがに一日10分の作業では無理ですが、それでも2~3時間かな。期間的には2年はかかりました。」
「先は長いってことですか。」
 スマホを見下ろしながら、思わずため息をついた。そこでヒロトから思わぬ提案があった。
「ラインのメッセージではうまく伝わらないこともあるので、通話してみませんか?。」
 
 その流れでヒロトとライン通話をすることになった。ヒロトは思っていたよりもソフトな声色で安心できた。
「それでね。通常は2年はかかる下積み期間を3ヶ月に短縮するウラ技がありますよ。」
「前におっしゃっていた期間限定のコースですか?」
「そうです。SUNADAシステムの上級コースがあって、これに申し込むとMEGAMIの取引条件が僕のクラスと同じになります。しかもSUNADAからインフルエンサー広告のあっせんがあって、毎月の広告報酬保証があります。」
「なんか想像がつきません。」
「そうかもしれません。SUNADAの上級コースは動画でノウハウを学びながらスキルを上げて、試験に合格すると毎月の広告報酬保証がされる仕組みになっています。アフィリエイトのスキルを上げて販売力を身に着けてもらえば、SUNADAもMEGAMIも儲かるので誰も損をしない素晴らしいシステムなんですよ。コース修了者のほとんどは月に100万円以上のアフィリエイト収入があります。」
「すごいですね。試験とか厳しいのですか?。」
「いえいえ。動画とオンラインサポートが充実しているから、ちゃんと動画のとおり作業が出来る人なら100パーセント合格しますよ。テキストだけでここまでの作業をしているケンさんなら問題ないです。」
「そうですか。」
「それで上級コースの講座料金は80万円になっています。」
「えっ。絶対に無理です。そんな金額を用意できません。」
「そうなんですか。せっかくのチャンスなんですけどね。募集期間が終われば、もう申し込みはできないですよ。」
「でも、無理です。」
「そうですか。でも、せっかく知り合ったのですから中級コースについてもお話ししますね。こちらはMEGAMIの報酬金額やSUNADAのインフルエンサー広告報酬が半額になりますが講座料金は30万円というコースです。」
「30万円ですか。」
「ええ。でもね講座で学びながらアフィリエイト広告のスキルを上げていけば30万円なんて余裕で稼げます。30万円をクレジットのリボ払いにして、月々2万円くらいの返済額にすれば大丈夫。3ヶ月で講座を終えて試験に合格すれば、SUNADAのインフルエンサー広告報酬だけでも月に10万円はありますよ。」
「はあ。その講座を速習して試験を1ヶ月後に受けることも出来ますか?。」
「ええ、出来ます。ケンさんは優秀だから、それでもいけるかもしれないですね。試験に合格すればインフルエンサー広告報酬ももらえるようになります。」
 月々2万円の返済額で講座を早期に終えて試験に合格すれば、翌月から10万円以上の広告案件が保証されるということなら悪い話ではない。そう思えた。
「それなら中級コースの申込をしたいです。」
 それからラインでSUNADAシステムのウェブサイトURLを送信してもらい、システムについての説明を読んでみた。中級コースは30万円でクレジット払いも可能であることを確認した。講座受講後のオンライン試験に合格すればインフルエンサー広告のあっせんが始まり、月に10万円以上の報酬が保証されることも明示されていた。
聞いた話と同じであることを確認して、中級コースの申込フォームに必要事項を入力した。支払い方法は月々2万円のリボ払いを選択した。
 
 中級コースの動画はSUNADAのウェブサイトにログインして閲覧する仕様だった。驚いたことに中級コースも上級コースも閲覧できる動画は同じものだった。これならコースの価格差と学べるスキルに区別はないことになる。アフィリエイトの報酬条件が異なることが講座料金の価格差の理由ということか。
 休日で一気に速習をしようと動画の倍速視聴を始めたが、内容は最初に購入したマニュアル文書のPDFとほぼ同じ内容であった。これでいいのだろうかという疑念から各動画を掻い摘んで視聴したが目新しい情報は見当たらない。マニュアルでは画像で説明されていたものが動画に置き換わっているだけだ。既に知っていることを動画で再確認するのはなかなかの苦痛であったが、試験に合格しないとインフルエンサー報酬が発生しないのでやるしかない。でも、この内容を覚えたとしても、インフルエンサーと呼ばれるほどの集客力が身につくとは思えなかった。
 一週間かかって全ての動画の視聴を終えて受験することができるようになったので、オンラインで50問の二択試験を受けた。手応えとしては8割以上の正解率だったと思ったが、判定は不合格であった。試験は月に一度しか受けられないため、次の機会は来月になる。納得のいかない結果になりSUNADAシステムに対する不信感が湧いてきた。
 憤慨する気持ちを抑えてSUNADAのサポートダイヤルに電話をしたところ、試験の合否基準は非公開で正答数も教えられないという。全くのブラックボックスだと感じた。こんな不透明な試験に挑み続ける気はしない。しかも覚える内容がSNS集客スキルの向上につながるとも思えない。解約について尋ねたところ、ネット通販の申込になるので解約はできず返金もできないとのことだった。これはやられたかもしれない。
 
 騙されたという思いが本業にも悪影響が出た。前島電気での仕事でも、発注数量を間違えたり顧客への連絡を失念したりするミスが続き、販売課長から大目玉を喰らった。食堂で休憩中に希美から元気ないねと声かけをされる始末だ。いや、希美から声をかけられるのは嬉しいのだが、自分の状況が情けなくなった。30万円と分割手数料をドブに捨てたようなものだ。ため息しか出ない。
 それでもいつまでもこんな精神状態に留まる訳にもいかない。踏ん切りをつける意味でも次の休暇日に消費生活センターで相談してみようと思った。
 
 消費生活センターを訪問すると相談室に通された。机が1つとイスが4脚の簡素な部屋だが、ブラインド越しの陽光が白壁に差していて柔らかな雰囲気だった。大学の後輩の長尾颯太から消費生活センターに行くときは契約書やパンフレットを持参した方がよいとアドバイスを受けたが、全てオンラインの手続だったためにSUNADAからもらった書類は何もない。そこでSUNADAのウェブサイトに表示されているシステム概要と利用規約を印刷した用紙を持参した。念のためにヒロトとのラインの会話内容もスクリーンショット撮影をして印刷しておいた。それらの用紙をめくりながら、どのように説明をしようかと考えていた。
 ほどなくドアをノックする音がして、ブラウス姿の目の大きな女性が入ってきた。
「消費生活相談員の林明美です。今日はどうされましたか?」
「押田健と申します。ネットの副業についての講座料金を支払ったのですが、どうやら騙されたようです。」
「ネット副業の情報商材とかでしょうか?。」
「最初は9,800円のアフィリエイトの情報商材を買ったのですが、ヒロトという人から簡単な作業で稼げるように教えてくれる講座があると言われて30万円をクレジットカードで払いました。」
「そうですか。クレジットは一括払いですか?」
「いいえ。月々2万円のリボ払いです。」
「なるほど。ヒロトさんとは知り合いなのか、カフェで会ったのか、電話で誘われたのか、どういう形でお話をされたのですか?。」
「ラインで話しました。」
「ラインでのお話は、メッセージ交信だけなのかライン上で通話をしたのか、どうでした?」
「最初はメッセージのやり取りでしたが、後からライン通話で話しました。」
「そのライン通話はヒロトさんから誘われたのですか?」
「はい。」
「ちなみに9,800円の情報商材は、押田さんがネット検索をしてウェブサイトから自主的に購入したのか、ヒロトさんから勧められて購入したのかどちらですか?。」
「えーっと。9,800円のマニュアルですよね。これもヒロトさんに勧められて販売サイトで買うよう指示されましたね。」
「なるほど。それも通話で?。」
「いえ。マニュアルのPDFはラインのメッセージだけだったと思います。」
「マニュアルの販売会社はどちらですか?」
「えっとSUNADAという会社です。」
「ああ、SUNADAですか。いろいろ問題がある会社ですね。ヒロトさんはSUNADAの社員って名乗っていましたか?。」
「いいえ。ツイッターの副業に関するアカウントが紹介するページで、ラインの友だち申請をしたらヒロトさんとつながったのですが、社員とは言ってなかったです。アフィリエイトについて詳しい人で、SUNADAシステムがいいと言われました。」
「では、ヒロトさんとSUNADAの関係性はわからないということですね。」
「はい。」
「マニュアルはどんな内容だったのですか?。」
「アフィリエイト広告で稼ぐためのSNSアカウントの作り方とASPのMEGAMIの登録の仕方とかです。」
「アフィリエイトの初期設定とASPの登録方法なんですね。」
「はい。」
「マニュアル通りの作業は出来たのですか?。」
「はい。書いてある通りにやったのですが、全く稼げなかったです。」
「そうなんですね。それでどのようにして30万円の契約になったのですか?。」
「ヒロトさんにマニュアル通りやっても稼げないと伝えたらライン通話で話そうと言われたのです。」
「それで?。」
「SUNADAシステムの講座をやればMEGAMIの報酬額が上がるとか、試験に合格すればインフルエンサー広告報酬として毎月10万円が保証されると言われました。最初は80万円のコースを勧められて、そんなお金はないと言うと30万円のコースを勧められました。」
「講座には試験があって、それに合格したら広告報酬が保証されると言われたのですね?。」
「はい。早く10万円の広告報酬がもらえるように講座は一週間で終わらせて、試験を受けたのです。試験の内容は最初のマニュアルが理解できていれば楽勝でした。8割以上は得点できたはずですが、試験結果は非公開で不合格にされました。納得がいかないです。」
「頑張って受講されたのですね。」
「ええ。それでSUNADAに電話して、納得いかないので返金してほしいと言ったのですが、通信販売の契約だから解約や返金は出来ないと言われました。」
「まあ、通信販売ならそういうことになるけれど、お話を聞く限り単なる通信販売ではなさそうですね。契約書はもらっていますか?。」
「実はSUNADAからは書類は何ももらっていません。それでウェブサイトのシステム概要やライン会話のスクリーンショットを印刷して持ってきました。」
「それは用意がいいですね。見せてもらえますか?。」
 林明美は大きな目を見開きながら鼻をフンフンと鳴らして用紙をめくった。そして独り言で、一日10分の作業で10万円以上稼げるとか断定しちゃってるわねとか、試験に合格したらインフルエンサー広告報酬を保証って書いてるわねと呟いた。しばらく沈黙が続いた後、林明美が顔を上げて話し始めた。
「SUNADAのウェブサイトに書かれているシステム概要では、契約者がスキル学習のための講座に30万円を支払うこと、試験に合格すれば月に10万円の広告報酬が支払われることが表示されています。このように消費者に講座料金等の負担をさせ、報酬・利益を支払うことを約束するビジネスを内職商法とか副業商法というのですが、特定商取引法という法律では業務提供誘引販売取引と指定されているんです。」
「何だか舌をかみそうな長い名前ですね。」
「そうですよね。その業務提供誘引販売取引では、消費者に対して概要書面と契約書面という2つの書面を渡すことが事業者の義務とされているんですが、そうした書類はもらっていないということですね?。」
「はい。もらったのはマニュアルのPDFと動画を見るための案内が書かれたメールだけです。」
「それなら事業者の義務違反になりますね。恐らくSUNADAは押田さんがウェブサイトで自主的に申し込みをした通信販売の契約だから、契約書の交付義務はないと主張すると思いますが。でも、システム概要に講座料金の負担とアフィリエイト広告業務のあっせん報酬の保証が記載されているので、この仕組みは業務提供誘引販売に相当するという指摘をして、書面交付の義務違反を理由とした解約を主張することを検討できそうですね。」
「そうなんですか?。」
「ええ。外形上はウェブサイトで申込操作をした通信販売なんだけど、実際にはラインでヒロトさんから勧誘を受けて申込フォームに誘導されていますよね。ヒロトさんはSUNADAの社員ではないと言い訳されそうですが、利害関係が濃厚ですから無関係とはいえないでしょうし。そうした関係者からの勧誘行為があったこと、システム概要が業務提供誘引販売取引に相当することについての経緯を押田さんが文章化する必要があります。ちなみに講座契約をした日から今日で何日くらいになりますか?。」
「えーっと、今日で丁度2週間だから14日ですね。」
「なるほど。業務提供誘引販売取引のクーリングオフ期間は20日間なので、書面不交付とクーリングオフの両方を主張することが出来そうですね。」
「最初の9,800円のマニュアルは自分も納得して買ったのでいいですが、30万円の講座には納得がいかないので、返金をしてもらえるならお願いしたいです。」
「わかりました。ただ、消費生活センターが出来ることはあくまで消費者と事業者の間のあっせんですから強制力はありません。事業者があっせんを拒否するようなら、それ以上の関与は出来なくなります。それから経緯書という書類を押田さんが作成しなくてはなりません。その経緯書をもとに私がSUNADAにお話をすることになります。経緯書の書き方はここで助言しますが、作成されますか?。」
「はい。お願いします。」
 そして林明美の助言をメモしながら、経緯書の骨子を書いてみた。契約までの流れ、業務提供誘引販売取引の要件、本件の不当性などを文章化する作業を黙々と行った。この内容を清書してSUNADAに郵送することになった。
 一時間を超える相談を終えて、相談室を出る頃には頭がフラつく気がした。慣れない分野の文書作成と緊張からの解放で脱力したようだ。でも、これで解決できるかもしれないと思うと帰りの足取りは軽くなる。
 待合スペースの前を通るときに聞き覚えがある声がした。
「あれ?。」
 声の主は希美だった。どうして希美が消費生活センターにいるのかわからないが、自分が変な悪質ビジネスに引っ掛かってしまったことはバツが悪く、おう、としか返事が出来なかった。希美も何か事情があるのだろうか、明日聞いてみよう。今の自分は経緯書をキッチリ仕上げることが最優先課題だ。
 
 経緯書をSUNADAに郵送してから一週間が経過したころ林明美から電話があり、この契約のクーリングオフが成立し、クレジット契約も解除されるということが知らされた。
SUNADAからも後追いで解約に関する通知文書が郵送されてきた。
 悩みの種は一つ解消したが、希美との関係性は進展なしだ。希美は英会話教室の契約トラブルについて相談したらしい。互いにバカだねぇと話をしたが、こんなことは繰り返さないようにしたいものだ。
 
 
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【解説】
 
 通信販売も業務提供誘引販売も特定商取引法によって事業者の守るべきルールが定められています。
 通信販売は、消費者が自主的に購買行動を行うものだとされており、通販事業者には契約書の交付やクーリングオフ制度を設ける義務は設けられていません。(特定商取引法の通信販売ルールに関する詳細は、本ストーリー第2話【解説】をご参照ください)。
 
 外形上は通信販売であっても、副業あっせんのビジネスで一定の要件を満たすものは特定商取引法の業務提供誘引販売取引のルールに基づく必要があります。
 
 同法第51条では、業務提供誘引販売取引の定義は、「物品の販売または有償で行う役務の提供の事業であって、その販売の目的物たる物品(商品)またはその提供される役務を利用する業務に従事することにより得られる利益(業務提供利益)を収受しうることをもって相手方を誘引し、その者と特定負担を伴うその商品の販売またはその役務の提供に係る取引(取引のあっせんを含む)」とされています。
 つまり、消費者に対して副業等をあっせんすることを約束し、その条件として何らかの商品(教材等)やサービス(講座等)を購入させる契約が業務提供誘引販売取引の対象となります。
 
 業務提供誘引販売取引では、勧誘時(=契約締結以前)には業務提供誘引販売業の概要について記載した書面(概要書面)の交付が義務づけられています。また、契約締結段階には契約の内容を明らかにする書面(契約書面)の交付が義務づけられています。これらは訪問販売とは異なり、概要書面と契約書面の両方を確実に交付することが義務づけられています(第55条)。
 
 業務提供誘引販売取引については、契約書面の交付日から起算して20日以内に、消費者が書面により契約の解除の趣旨を事業者に通知した場合は、その通知書面を発送した日(発信主義)をもってクーリングオフによる契約解除が成立します(第58条)。
 
概要書面と契約書面を交付しなかった場合は書面不交付という扱いになり、クーリングオフの起算が始まらずにいつまで経ってもクーリングオフが可能という状態が継続します。(どちらか片方の書面の交付を怠った場合も書面不交付という扱いになります。)また、これらの書面が記載義務事項を満たしていない場合は書面不備という扱いになり、同様にいつまで経ってもクーリングオフが可能という状態が継続します。
 
 書面交付の義務違反(不交付、虚偽記載、不備記載)に対しては6月以下の懲役または100万円以下の罰金(併科あり)が科せられる(第71条)ほか、第56条および第57条の行政指導や業務停止命令の対象になり、こうした行政処分により規制が図られています。
 


※筆者が書いた特定商取引法等の消費者法について解説するテキスト(PDF)を販売しております。
詳細は以下のテキストリンク先のページをご覧ください。

「インターネット取引と消費者法」(PDF)

 

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