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2023年におけるインターネット取引と消費者問題の5つの課題

※本文は筆者が著述した「インターネット取引と消費者法」(PDF文書)の”おわりに”を抜粋したものです。


おわりに

 本テキストでは、インターネット取引を巡る事業者と消費者間の取引について適用される消費者法の基本的事項について解説をしております。

 インターネット取引における消費者法という射程範囲では、契約面での規律である消費者契約法、特定商取引法、割賦販売法等の各種業法、広告表示規制に関わる景品表示法や薬機、情報法の個人情報保護法、競争法の独占禁止法等の様々な分野の法律が対象になってきます。電気通信事業法や独占禁止法等のように、本テキストでは触れていない分野でもインターネット取引への影響の大きな法律は数多くありますが、基本事項について概要をまとめることを主眼にして、こうした記載内容にしています。


 インターネット取引は産業基盤や生活基盤として定着し、日本経済や日常生活に多大な影響をもたらしています。消費者問題では、行政と事業者と消費者という三者の関係性に焦点を当てますが、この三者間は決して対立関係ではなく相互にメリットを提供する互恵関係として認識しなくてはなりません。その互恵関係に悪影響を与える者が生じた場合には、消費者法の規定に沿って規制や罰則を与えて、互恵関係を維持・発展させていくという視点持つ必要があります。

そのインターネット取引での規律を定めた消費者法について学び、事業者として適正な事業活動の指針とし、消費者として安定的なネット利用の知識を身に着け、消費者行政に関わる方には現状把握と法令の再確認に活用頂ければ幸いです。


 インターネット取引のトラブルや課題については、本テキストの各章で解説をしておりますが、筆者が強く問題意識を持つのは以下の事項です。


(1)不当表示の広告に対する取消権導入
(2)デジタルプラットフォーマーの管理責任強化
(3)CtoCやBtoB取引にも消費者性の拡張
(4)消費者の権利濫用の防止
(5)AI生成物への対応


 これら5つの事項について、以下に概要を示します。


(1)不当表示の広告に対する取消権導入

 広告の不当表示については第3章「広告と勧誘の規制」に書いた通りですが、不当表示への罰則としては景品表示法の措置命令と課徴金納付命令が主体となっています。この措置命令・課徴金納付命令の発出までには膨大な調査が必要となり十分な法執行が出来ているとは言えない状況です。

 何より問題だと感じるのは不当表示での事業者利得について、消費者が取消権を行使して被害回復を図る制度が貧弱なことです。特定商取引法の通信販売の規律では、返品条件を記載しなかった場合の法定返品権や最終確認画面での記載義務事項漏れについて限定的な取消権を設けていますが、これによる被害回復例は多くはありません。

 通信販売には不意打ち性が少ないという認識から、不当表示による契約については消費者の取消権はないという取り扱いが長年に渡り続いています。消費者が興味を示す広告を繰り返し表示するシステムである行動ターゲッティング広告や、閉鎖的なSNSコミュニティ内で外部情報を遮断して一方的に情報提供されるオンラインサロンなど、広告とされるものの中にも勧誘要素の強いものはあり、こうしたケースについては取消権を用いるのが妥当なところはありそうです。

 悪質な広告による事業者の不当利得が措置命令や課徴金納付命令のみでは没収することができず、消費者被害も回復できない状態が放置されているのは大きな課題といえるでしょう。

 そういいながらも不当広告への取消権導入については、消費者が権利濫用をすると大きな混乱が生じます。問題の多い分野に限定しての取消権導入など、きめ細かい制度設計が求められます。


(2)デジタルプラットフォーマーの管理責任強化

 デジタルプラットフォーマーについては、第5章「プラットフォーム取引と消費者概念の課題」にて解説をしました。デジタルプラットフォーマーへの規律は特定デジタルプラットフォーム透明化法と取引デジタルプラットフォーム消費者保護法に規定されていますが、両法とも近年に施行されたばかりの法律であり、事業者規制も民事効力も未整備の状態です。実質的には特定商取引法の通信販売規律と景品表示法の表示規制の適用範囲のみでしか対応できないのが現状です。

 デジタルプラットフォーマーは「取引の場」を提供するのみで、実際の取引には関与しないという前提のため、特定商取引法や景品表示法の適用は難しく、プラットフォーム関連2法の規律は未整備のため適用するところも限定的です。

 このような環境下で、プラットフォームに参加する事業者の管理が不十分であったり、顧客対応を放置している事例も多く見受けられます。デジタルプラットフォーマーに対して、参加する事業者の管理や利用者保護のルールを設けて消費者保護を図る必要性は高まっています。


(3)CtoCやBtoB取引にも消費者性の拡張

 消費者法は、事業者と消費者の“力の格差(非対称性)”を埋めて、適正な取引が推進できるように規律を定める法分野であるため、その適用範囲はBtoCに限定されています。

 しかし、フリーマーケットサービス等ではCtoCの取引が発生しており、取引に未熟な者同士でのトラブルが多発しています。また、フリーマーケットサービスに参加する消費者の中には、繰り返し取引を行ってビジネスに精通する者も出現しており、そうしたベテランの取引参加者を消費者扱いするのは不合理な場面もあります。

 一方で事業者であっても、零細規模のところから大企業まで規模のグラディエーションがあって、零細な事業者と大企業の一度きりの取引(売買契約等)をBtoBだからといって消費者法の適用除外とするのは零細事業者にとって酷な場面もあります。

 外形的にはCtoCやBtoBの取引であっても、実際には力の格差は歴然と存在するケースは多く、消費者性の概念を拡張して弱者保護の規定を整備する必要性を感じます。


(4)消費者の権利濫用の防止

 近年、モンスターカスタマーによるカスタマーハラスメントが問題視されています。ハラスメント問題は労働法分野と捉えられるところですが、店頭での消費者と店員という関係性では消費者法分野の問題となる部分もあります。

 力の劣る消費者を保護するために消費者法の内容は拡張されてきた歴史がありますが、特に情報面では十分な情報強者の消費者が台頭している事実があります。そうした情報強者の消費者が過剰な理詰めで事業者の店員やカスタマー担当者に執拗な苦情行為を行い、それが業務妨害や担当者に精神疾患を負わせるほどの問題を引き起こす事態も生じています。

 そうしたカスタマーハラスメント行為について規制する法律はなく、刑法の業務妨害や暴行(精神的損害含む)、強要などの規定で対応することになりますが、いきなり警察対応を行うのは事業者にとっても敷居が高いものになっています。

 消費者法は、消費者保護を主眼にする法分野ではありますが、過剰な苦情行為を行い事業者の事業活動を妨害する消費者の行為を規律する規定を導入することも必要かもしれません。


(5)AI生成物への対応

 AI生成物の著作権対応は、ChatGPT等のツールの急速な普及によって、その取扱いをどのようにするかが問われて混乱が生じています。第7章「個人情報と知的財産権」でAI生成物について解説していますが、これはごく基本的な事項についてのまとめであり、現在生じている技術的な問題に対応できるものではありません。

 AI生成物は、産業的な利用がされていく場面とSNS等で消費者個人が利用する場面がありますが、デジタル著作物の著作性をどのように認定するかは難しい問題があり、それがSNSでの炎上につながるケースも予見されるところです。AI生成技術の進歩に合わせて、ガイドライン整備や法改正の対応が急務の分野になっています。

 これらの5つの事項の問題を今後の課題と捉えていますが、消費者法分野の法律は法改正の頻度は高く、国民生活センターのPIO-NETデータで抽出される問題の対応は早期に実施されています。PIO-NETデータに反映されるのは全国の消費生活センターに持ち込まれる相談内容であり、その相談件数が多い事項は優先的に法改正の対応がされるという関係性にあります。

 ただし、消費生活相談の対象とされるのは原則的にBtoCの問題であって、CtoCやBtoBの問題は集約しきれていない実態があります。消費者性の拡張、消費者の権利濫用、AI生成物への対応等はPIO-NETデータには含まれない問題ですが、SNSのトレンドを精査すれば把握できることもあります。そうしたトレンドによる消費者の声も法改正に活用する必要性があるように思います。

 誰もがインターネット上のツールを自由に使える時代になっており、幅広い情報を収集することが可能になってきました。公的機関がインターネット上に公開する資料も豊富になっています。そうした情報資産を活用し、消費者は知識を高め、事業者はコンプライアンス向上に努めることが重要になります。

 柔軟な法改正を進めて新たな消費者問題に対応し、適正なビジネスを行う事業者が順調に成長し、それが消費者利益にもつながる好循環をもたらすことが必要です。消費者法分野でのガイドライン追加や法改正のスピードは速く、2~3年で新たなルールが登場して従来の運用を変更しなくてはならない事態が続いていますが、今後もそのスピード感は変わらないでしょう。
 3年後には本テキストの内容も改訂が必要になるはずです。特にインターネット取引に関わる事業者の方々には、法改正内容のキャッチアップが欠かせません。
 そうしたインターネット取引における消費者法を理解するための一助として本テキストを活用頂ければ筆者としての本望になります。

<参考>
「インターネット取引と消費者法」(著者:行政書士 遠山桂)の目次

はじめに
第1章 消費者トラブルと消費者法
 インターネット取引の普及と消費者トラブル
 インターネット取引と消費者法の概況
第2章 消費者取引の一般法
 民法(契約法)の一般原則
 消費者契約法と消費者保護
 電子消費者契約法によるインターネット取引の消費者保護
第3章 広告と勧誘の規制
 広告と勧誘の違い
 景品表示法の広告規制
 薬機法等の業法の広告規制
 特定商取引法の広告規制
第4章 業法による規制
 特定商取引法の性質(行政規制・刑事罰・民事効力)
 特定商取引法の電話勧誘販売
 特定商取引法の通信販売
 特定商取引法の連鎖販売取引
 特定商取引法の特定継続的役務
 特定商取引法の業務提供誘引販売取引
第5章 プラットフォーム取引と消費者概念の課題
 プラットフォーム取引の3類型
 プラットフォーム関連法
第6章 決済方法と法規制
 キャッシュレス決済の普及と規制法
 割賦販売法
 資金決済法
第7章 個人情報と知的財産権
 個人情報の保護と利活用
 GDPRと自己情報コントロール権
 インターネット上の著作物の保護と利用
 AI生成物と著作権
おわりに

※上記目次の内容のテキスト(PDF)を販売しております。
詳細は以下のテキストリンク先のページをご覧ください。

インターネット取引と消費者法」(PDF)


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