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『幸せ』に気づけるように。

こんにちは、こんばんは。
最近の休日は家で気になる映画を観たり、本を読むことがほとんどだったのですが、なぜか「幸せ」という言葉に触れることが多く、「幸せって何だろう?」としばしば考えたりしていました。
これについて書くのは、ありきたりで何だか気恥ずかしいのですが、せっかくの機会なので文字に残してみようかなと思います。
※ここから先はあくまでも自分の考えなのであしからず、、

『幸せ』ってなにもの?

「幸せになりたいっすね。」


大好きな映画のワンシーンで1人の青年がこんなセリフを放つ場面があります。
一体幸せってなにものなのか?なるもの?それとも自分でつくりだすもの?
もちろん人によってその定義は様々だと思います。

結論からいうと、自分の定義する『幸せ』は形の定まらない普遍的なものだと考えています。

『しあわせの保護色』

『幸せ』=形の定まらない普遍的なもの。

自分の好きな歌にこんな歌詞があります。

しあわせはいつだって近くにあるんだ 
保護色のようなもの気づいてないだけ

乃木坂46 『しあわせの保護色』より


※保護色=周囲の物に似た体色。動物が外敵から身を守ったり、獲物を待ち伏せるための隠蔽色。(Wiki参照)

保護色とは、※にもあるように動物の生態の一種とされていてカエルやトカゲ、バッタなどがその代表例なのだそう。

しあわせ=保護色。
自分の思う「幸せ」の定義はまさにこの歌詞に近いものだなと感じています。
きっとそれは、自分が望んで成るものでも、創り出していくものでも、世間一般的に定まったものでもない。それぞれに合った形や大きさですぐそばに落ちているものではないか。
そう思っています。

『幸せ』に気づけるように。

すぐそばにある「幸せ」に気づけるために大切なこと。
それはきっと無理をして探すことでも見つけようとすることでもなくて。

「ありがとう。」と感謝すること。

きっとこれが「幸せ」に気づくカギなのではと思っています。

人はどうしても、忙しない日々が続くと忘れてしまいがち。
「空が綺麗だな。」とか、「このご飯美味しいな。」とか。
「友達が掃除手伝ってくれた。」とか、「上手くいかなくて悔しい。」とか。
ほんのすこしの景色や感情がつくる毎日は、些細でありきたりで当たり前にみえてしまう。
だけど本当は、ありきたりでも当たり前ではなくて。
1つ1つに「ありがとう。」と感謝すること。その小さな積み重ねが「幸せ」に気づくことに繋がっていく。そう信じています。

すぐそばの「幸せ」に気づけるように。
すぐそばの「幸せ」を見失わないように。
すぐそばの「幸せ」を守れるように。
「ありがとう。」

P.S
最後まで読んでくださってありがとうございます。
少しでもあなたのためになれていたらとても嬉しいです。
北海道で1番大好きな焼き鳥と感謝を添えておしまいにします。

大大大好きな焼き鳥


それではまた。




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